~2010 | ナノ




 跡部から超良い匂いがする、とジローが言ったので仕方なく俺は自分の腕を匂ってみたがこれといって良い匂いは感じ取れなかった。今日は香水つけてねぇぞ、と言うとジローは先ほどまでの眠気はどこへやら、犬のようにくんくんと俺の身体を嗅ぎ回ってはその原因を突き止めようとしている。体臭を思う存分嗅がれるというのは気持ちの良いものではなかったが俺はとりあえずされるがままになっていて、そうしたら先日忍足に言われた一言がふと頭をよぎっていった。――跡部はジローに関しての許容範囲が広すぎる。ジローの性格やら性質が関係しとんのやろうけどとりあえず跡部は例え不可解な行動でもジローのやる事なす事を見届ける癖があるよな――ああ、こういう事を言っていたのか。と俺が自覚したのと同時にやっとジローは口を開いた。

「シャンプーだ」

 ジローは香水を好かない、というよりも自然体な匂いを無意識のうちに好んでいる。家柄なのか判断しかねるが石鹸や洗剤の匂いを嗅ぐとどうにも安らぐらしいのだ。
 ジローは匂いの根源が分かるやいなやくんくんとせわしなく鼻を動かしてはそのくすぐるような香りにひとり酔いしれていた。その様子に俺はつい、くつくつと噛み殺したような笑い声を溢すがジローはお構いなしである。

「まるで犬だな」
「シャンプー変えたっしょ。なんか甘くなってる」

 何故ジローがうちのシャンプー事情を知っているのか、などという野暮な質問は置いといて、ジローの言った言葉に俺は頷くとジローは「やっぱり」と言ったように誇らしげににんまりと笑った。その様子に俺は再び笑いが込み上げてきて、どうにも耐えられそうになく俺は思わず吹き出してしまう。

「俺他人のシャンプーには敏感なんだよ。気遣ってるやつが大半だからさ、みんな良いの使ってっし」

 確かに俺らの周りには髪に気を遣っているやつらが多い。宍戸は髪を切ってからあまり関心がなくなったようだが、向日や滝は相変わらずだった。鳳や日吉なんかは特別気に掛けてはいないだろうが使っているのは上物だと窺える。

「おい。嗅ぎ過ぎだ、ジロー」
「んー、もうちょい」
「物好きだな」
「俺ぇ?」
「お前以外に誰がいんだよ」

 会話をしながらなおも鼻を動かしているジローは更に俺との距離を詰めてきて今更ながらにその距離はとても近かった。生憎俺の視界からは顎しか見えないが、さすがに焦れた俺は僅かに高い位置にあるジローの頭をガシッと思いのままに鷲掴む。そしてジローが何事かを理解する前に力の限りその軽そうな頭をぐいっと下へと押し沈めた。「うおあっ」といううめき声には聞こえなかったふりをして。

「痛っ、ちょ、跡部」

 俺の顎の下にまで一気に到達した愉快な色した頭はヒヨヒヨと楽しげに揺れていた。すん、と息を吸うとどこか落ち着く石鹸の香りが鼻孔をくすぐって、それに吸い寄せられるかのように俺はその香りを確かめるようにこいつの髪に鼻先を近付けては呼吸を試みる。深く息を吸って、戻して。必然的に唇にはそよそよとしたジローの癖っ毛がくすぐるように当てられていて妙に心地が好く、ジローの頭を抱えているようなその様にこいつじゃあるまいしと俺は静かに苦笑した。
 俺も大概、物好きだ。


触れたらおしまい:Aコース
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