~2010 | ナノ




「うおわ!何じゃこりゃ!」

 少し遅れて部室に到着した謙也くんはみんなにおちょくられながらも俺の隣にある自分のロッカーを開けた。それと同時に喧しく叫び声を上げた謙也くんにうるさいわぁとそちらを見れば謙也くんは顔を真っ赤にさせながら口をパクパクさせている。謙也くんの視線をたどって下を見やればバサバサと雑誌が数冊落ちていた。
 「なんすか」と言って一冊ひょいと拾いあげると謙也くんはバタバタとひとり落ち着きなく動いては俺を制止する。まぁ、無視したけど。

「うわ、謙也くん部室にエロ本持ってくるとか頭沸いてんとちゃいますか」
「ちゃ、ちゃうわボケ!多分これは白石が勝手に」
「へぇ、ロリが好きなんすか、へぇ」
「ちゃう言うとるやろが!お前人の話聞いとんのか!」

 依然として顔をまっかっかに染めながらそう叫んだ謙也くんは俺の手からエロ雑誌をひったくると落ちている雑誌も全て拾って近くにいた千歳先輩に押し付けた。エロ本騒動の主犯(謙也くんによればだが)である白石部長はとっとと着替えて今頃コートの上である。無駄のないイタズラとはまさにこの事や。

「ふーん、謙也くん案外マニアックっすね」
「やからちゃう言うてるやん!」

 ぎゃあぎゃあと喧しい謙也くんの後ろでは半ば強引にエロ本を託された千歳先輩がユウジ先輩と一緒になってエロ本を繰っている。それは欲というよりもただ単純にエロ本への純粋な興味のように思えた。証拠に二人からは「大胆ばい」やら「ポロリどころの話やないな」といったような茶化しともとれる言葉がポロリポロリと漏れている。

「ちゅーかそんな言わんでも普通見るもんやろ。お前やってどうせ見て抜いとんのとちゃうんか」

 しかしエロ本に夢中だったユウジ先輩は謙也くんのその言葉を耳にするとぴくりと反応してこちらへと顔を向けた。ていうか、千歳先輩にくっつき過ぎや。

「……」

 ユウジ先輩はこちらの様子が気になるようでおずおずと耳を傾けている。恐らく俺がなんて答えるか気になるんやろうけど、ユウジ先輩は聞くのが少し怖いのか千歳先輩の大きな体に自分の体をぴったりとくっつけていた。その行為はユウジ先輩の癖と言っても良い(不安な事があるととりあえずくっつくのだ。主に小春先輩にだがその小春先輩がいない時はそれはもう手当たり次第)
 エロ本見るふりして神経はこっちに集中させて、ってのは可愛いかも知れないがあまりにぴったりし過ぎていて無意識なんだろうそれにだいぶ俺は不愉快になる。

「見ますけど、それがなんですか」

 だからかは分からないが俺は謙也くんにそう答えていた。

「でも俺別にエロ本を部室に持ってくる謙也くん程じゃないっすわ。あそこまでマニアックとちゃうし」
「んなっ」
「千歳先輩かて見ますでしょ」

 そうに急に自分達の方に話を振られ肩をびくつかせたユウジ先輩を横目に確認しながら千歳先輩に問うと、千歳先輩はのんびりとした口調で「せやね」と頷く。

「ユウジ先輩やって」

 そしてスッと音もなくユウジ先輩へと視線を送るとユウジ先輩は目をぱっちりと見開いて俺を凝視した。

「エロ本見て抜いとるでしょ」

 見てるでしょのみならず抜いとるでしょまで言うあたり自分の意地の悪さを自覚するが、ユウジ先輩からすぐに返ってきたのは問いの答えではなくやはりあからさまな動揺だった。何故そんな事を恋人である自分に聞くのかと少しショックを受けているようにも見える。

「なっ、そんなんせぇへんわ!」

 そのせいなのかはたまた心外であったのか大きな声でそう否定した先輩は少し顔が赤いようにも見えた。その反応には満足したけれど更に千歳先輩のジャージを握る拳の力を強めた先輩に不満を覚え頭や胸の内がごちゃごちゃとしてくる。だからかは俺には判断しかねるが、ちょっと意地悪をしてしまった。

「え、まさかユウジ先輩、小春先輩で抜いてんのとちゃいますよね」
「ああ!?」
「ユウジならあり得る……とか思ってもうた」
「ゴルァ謙也!死なすど!」
「顔真っ赤ですよ、図星なんや」
「っ……」

 更に傷付けるような言葉を俺は吐き出すと案の定先輩は少し泣きそうな声で俺の名前を呼んだ。その表情をちらりと見やればユウジ先輩は声の通り本当に泣きそうなぐしゃりとした涙目で俺を見ている。目まで真っ赤でうさぎみたいやと思った。
 あーあー、その千歳先輩を掴んでいる手を離して少しでも俺に伸ばせばすぐにでもごめんなさいって言って抱き締めて嘘ですよって言ってあげれるのに。

(アホや、俺)

「ざいぜ、財前の、アホ!」
「アホはユウジ先輩やろ」
「なんやと!」
「急にケンカすんなやお前ら!なんやねん」
「黙っとけや!元はと言えば謙也のせいやろ!」
「エロ本なんか仕組まれよってからに」
「待て待て待て、俺は被害者っちゅー話や!」
「騒がしかぁ」

 結局ユウジ先輩はそのまま部室を飛び出して小春先輩に泣きついた。やっと千歳先輩から離れた事に俺は満足して、現金な事にさっきまでのイライラも綺麗さっぱり消え去ったのだけれどその時俺はふと思った。
 千歳先輩に抱くようなガキくさい嫉妬や警戒をいつの間にやら小春先輩には抱かなくなっている。むしろ小春先輩にユウジ先輩がくっついているとこれでユウジ先輩が他のやつらに構う心配もないやろと安心しきっている自分がいた。うわ、なんやこれ、複雑。

 なんだかそれにちょっと嫌になった俺はユウジ先輩の後に続いて部室を飛び出し、小春先輩に泣きついているユウジ先輩の元へと走って「ごめんなさい嘘です。俺本当はエロ本なんて見てへんしユウジ先輩しか見えてません。最低なからかい方してごめんなさい。ユウジ先輩が小春先輩をそんなふうに見てない事ちゃんと知ってます。そんな対象に出来んぐらい大切な存在なんだって事分かってます。ごめんなさい、ユウジ先輩、嫌わんで」と強引に抱き締めた。そうするとユウジ先輩は半べそになりながらも俺の背中に腕を回して「アホ!死ね!」と抱き着いてきたので俺は胸を撫でおろす。これで仲直りも小春先輩からひっぺがすのも成功や。ユウジ先輩ほどこうも扱いやすく動いてくれる人なんてそうそういない。だから俺は言った。そのアホな頭も切れ長な一重も単細胞な思考回路もぜんぶぜんぶ引っくるめて「大好きです」って言ってやった。
 そうやってユウジ先輩が「俺もやぁ」って泣いてすがるのを俺は愉快な気分でいつもいつも聞いているのだ。



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