~2010 | ナノ




 俺の人生を書籍化するというのならたった一ページが好ましい。生まれた月日と命日を余白の中に沈めてくれればそれで良い。この際大阪に生まれたという情報は俺を語るうえではとても役に立ちそうにないしテニスに青春を捧げたという事も無意味に等しいだろう。しかしそこに敢えてもう一文付け加えるとするならば俺は「芥川慈郎という男に気をつけろ」と記載するかも分からない。

「忍足は死んだら絶対ブサイクに生まれ変わるね」

 まるで本当にそうかのように妙に説得力のある言い方をしたジローは強い風の煽りを受けて白い制服のシャツをバサバサと揺らしていた。それに伴い彼の個性とも言える派手な頭もしっちゃかめっちゃかに乱れ狂い額が露になっている。彼の小さな体では飛んでいってしまいそうな程に、この屋上の風は強かった。

「それでも俺ん事好きになったりするん?」
「やだよ。それ別に忍足じゃないじゃん」
「確かに、せやな」

 強すぎる風はお互いの声も削りとって結構な声を出しても相手には僅かしか届かない。それも良いかも知れないが、屋上のフェンスをよじのぼるとそれはますます悪化してしまった。

「ジローは死んでも成仏しそうにないな」
「ずっと思ってたんだけど成仏するとなんか良い事あんの?ジンギスカンの割引券くれるとか?」
「貰えたとしてもジンギスカンなんてあっちにあらへんやろ」
「うっそ、たかがジンギスカンもないなんて天国はなんともしみったれたところだね」

 忍足の家の方がまだマシだよ。と可笑しそうに笑うジローは、『死』というものに恐ろしく無知なのだと思う。この世から消えてしまう事はおろか、喋りも動きもしなくなるという事を理解出来ていないのだ。だからやつは屋上のフェンスをよじのぼりいざ飛び降りんとしている俺を止めようとはしないし何故死ぬのかを問いただす事だってしようとしない。
 ジロー、俺の部屋へはもう行けないんやで。

「お土産何が良いやろか」
「バッカだなぁ忍足、帰って来れないんしょ?」
「そうやで。じゃあジローがこっち来る時に何かお土産持って来てや」
「良いよ。何が良い?」
「サゴシキズシ」
「知らねーから無理」

 納豆なら良いよ。そうに言ったジローにアホかと苦笑すればジローはより可笑しそうに笑った。風が強い。そろそろ落ち時だ。
 俺は風の音に掻き消されぬよう、大きな声でジローに言う。

「俺なぁ、願いが叶ったら死ぬって、決めててん」

 そうしたらジローはきちんと聞こえたらしく一瞬きょとんとした表情を見せてからニンマリと笑った。

「叶ったんだー?良かったねぇ」

 俺もそうしたいなぁ、でもそうしたら俺いつになっても死ねないよねぇと続けざまに笑う。そんなに大きな声ではなかったのに妙に鮮明に聞こえた。

「じゃあそろそろ行くわ、じゃあな、ジロー」
「うん。あ、ねぇ」
「ん?」
「最後に聞かせてよ」
「なにを?」

 ジローと会話を交わしながら俺はフェンスを降りて位置につく。フェンス越しに遠くにいるジローはなんだかより一層小さく見えた。風が強くてさすがの俺も気をつけていないと今すぐにでも落ちてしまいそう。

「その願いって、なんだったの?」

 スッと耳に届いたジローの言葉は風に乗って空に消えた。俺はジローに音もなく笑いかけて風へと一歩足を乗せる。
 ジローとは多分恋仲だった。けれど俺らは性交はおろかキスさえもした事はないしお互いの距離も恋仲というには酷く遠い。それでも彼を恋人だと言い張った俺は相手を尊重し過ぎていた。

 俺はコンクリートを蹴って完全に宙へと身を投げる。落ちる寸前、視界に入ったジローの顔は少し驚いたような表情をしていて俺はその時一瞬だけざまあみろと思った。ああ、俺は今まさに浮いている。

「ジローが――」

 今日はジローの誕生日だ。その時の青い空にはこいのぼりがのぼってた。果たして俺の言葉がジローに届いたかは定かではない。

(俺の人生を書籍化するというのならたった一ページが好ましい。生まれた月日と命日を余白の中に沈めてくれればそれで良い。この際大阪に生まれたという情報は俺を語るうえではとても役に立ちそうにないしテニスに青春を捧げたという事も無意味に等しいだろう。俺の事を少しでも分かっているやつは俺が5月5日に死んだというそれだけでおおよその出来事を予想出来てしまうほど俺は同情されてしまうぐらいまさにジローに哀れな恋をしていたに違いなかったのだ)


夢のように幼いきみに哀れな程恋をしたぼくのどうしようもないものがたり。

終100505
夢のように幼いきみに哀れな程恋をしたぼくのどうしようもないものがたり。:flickers.
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