~2010 | ナノ




 俺は考えていた。

「嫌悪を憐れみで許すようなお人好しは殺したくなるほど嫌いだ」

 と言う彼を前にして、俺はただひたすらに考えていたんだ。




 ジローと俺は必要以上に曖昧で微妙な絆で繋がれている。言葉では形容し難いがとにかく健全な男同士の友人とは到底呼べないような間柄だった。親友でもなく友人である事すらないのかも知れない俺達はお互いをさほど好いている訳でもなく、ましてや尊敬し合ってる訳でもない。それでも離れようとしないのは単に離れたいと思う程お互い気にしちゃいないのだ。言うなればお互いに無関心なのだがどうやっても縁が切れないあたり俺らはどうにも腐れ縁らしい。
 無関心とは言うものの、実のところそれも曖昧だったりする俺達は何だかんだで一番の理解者同士だった。ジローの傷心をいち早く察するのは俺だし、それを癒すのも実のところ俺である。今では後ろ姿を見ただけでジローの心境の変化を感じ取れてしまう程俺はジローの内側を理解し尽くしてしまっていた。だから俺はジローが人知れず傷心している時は決まってこう声を掛ける。

「俺、跡部なんてどこがいいんか全く理解出来へんねんけど」

 そうするとジローは薄ら笑いを浮かべている俺の顔を睨み付けては大層怒気のこもった声色で「死ね」と吐き捨てるのだ。
 ジローが傷心する理由なんて聞かずとも手に取るように分かる。見掛けによらずジローはそれはもう強靭なメンタルを持っていてちょっとやそっとの事じゃへこたれない。ショックよりもまず怒りを露にする彼は喧嘩のスキルも上々であるし、キレたら手が早い。そんな彼を落ち込まそうなんてそんじゃそこらの人間じゃ到底無理な話だ。ジローを落ち込ませるだけでなく悩ませられる上に更には泣かせられる人間なんてこの世にはたった一人しか存在しない。その人物こそが、跡部景吾だった。
 ここだけの話、ジローは跡部景吾が好きであるが、それは報われる事のない恋情だった。

「やめられるんだったらこんな片想いとっくにやめてるよ」

「ちゃうな、やめられたとしてもお前はその恋をやめへんよ」

 まぁ結局はやめられないのだからそんな論争はどうだって良いのだが。そうに考えて俺はじっとこっちを見据えるジローをただただ見据え返した。
 ジローは良く俺を突き放すような言葉を吐くけれど実際素直に俺が距離を置いてみたらで縋ってくるのは奴なのだ。多分ジローは俺がいないと死んでしまう。と、言うのも……

「お前は跡部にちょびっと突き放されただけでも死ぬような奴やし、そんな奴がホイホイやめられるかっちゅー話や、ボケ」

 ジローは普段負の感情と無縁だからか、傷を持て余し過ぎると精神がこれでもかと崩れやすくなる。そんなジローの宿り木が俺という訳で、俺が散々ストレス解消してやらなければ恐らくジローは手首を切るか身を投げるかして死んでいる。そうやって俺は何だかんだとジローに干渉してやっているのにジローはそれを感謝する事はおろか有り難く思う事すらしやしないのだ。我ながら全く損な役回りである。

「なに、忍足、殴られにきたの」

「慰めにきたんや」

「あはは、それ殴りたくなる程ムカつく」

 ジローはそう力なく笑うと俺から目線を外してみせた。
 思えば、こんな情緒不安定な状態をジローは三年も続けてきたのだと思うと良く生きてこれたものだなと半ば感心する。それと同時に、それを支えてきた自分に賞賛を与えたくなった。
 報われないと分かっていてもなおこうやってズルズルと苦しむのだったら思いっきり拒絶されてフラレてしまえば良かったのに。そうすれば慰めてやったしジローも立ち直れたと思う。だが、それももう手遅れだ。

「ジロー、あんな」

 ジローは俺がいないと死んでしまう。と、言うのも……

「俺、大阪帰んねん」

 ジローには俺以外に汚い部分を見せられる人間がいないからだ。

 中等部を卒業すれば跡部は留学するし(この情報は跡部の親友であるジローが直接彼から聞いた話である。そんなジローは笑えるくらい可哀想だ)俺だって昨日急に決まった事だが今週いっぱいで氷帝を離れる。そうなると懸念されるのはやはりジローの精神状態だった。

「だから、ジロー」

 ジローは同情されるのを異常なまでに煙たがる。鈍感そうに見えて人の感情に敏感なジローは俺の言わんとしている事をいち早く察したのか静かにせせら笑うと俺を見据えてはっきりと言った。

「愚問だね、忍足」

 俺はジローといてメリットなんてなかったしむしろ振り回されてろくに学園生活を満喫出来なかったのも事実だ。ジローとの縁なんていっそなかった方が幸せだったし出会わなければ良かったのかも知れないと何度思ったか分からない。

「おめぇみてぇなお人好しは人に騙されて死ねば報われるってもんだよ」

 ジローだってそんな俺の心を知っていて素直に嫌悪を露にしていた。しかしそうであってもジローは跡部に関する傷に対して俺以外に拠り所がありやしなかったのだ。俺に特別ジローを気に掛けてやる義理なんてない。ないというのに

「俺が嫌いなら素直に離れて俺を殺せば良かったのに」

 それでも俺はお前が死なずにいる方法をずっと、考えていたんだ。


(嫌悪を憐れみで許すようなお人好しは殺したくなるほど嫌いだと彼は泣きながらに言った)
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