~2010 | ナノ




 時刻は昼飯時。自販機の前に気だるげに立っているあいつを見付けて駆け寄った。名前を呼ぶとそいつはきょとんとした顔で振り返り、そんな様子に俺は内心ほくそ笑む。
 さあ喜べ!お前は俺様のお眼鏡にかなった人間だ!唯一俺の隣にいる事を許された幸運の持ち主である!さあ、だから、ジローお前は一体

「いくら欲しいんだ?」

 そうに言ったらジローは依然きょとんとしたまま呆けると目をパチクリさせながらボソリこう答えた。

「120円」






 跡部は時折物凄く馬鹿だ。世間知らずというかなんというかとりあえず俺にまで馬鹿って言われちゃうぐらい物凄い馬鹿だ。
 自販機の前でジュース代が足りないと嘆いていた俺は咄嗟に跡部にそう問われて一瞬なんの事か理解が出来なかった。いくら欲しい?金?なんの金?ああ、ジュース代?と巡り巡ってそう思考展開した俺の頭は跡部が足りないジュース代を払ってくれるんだと思い、「120円」と答えた。なんだよ跡部マジマジ優しいなぁとか思った俺は眠たいながらも少々浮かれたのだが、しかし見上げた先の跡部の顔は酷く驚いた顔をしていて目がこれでもかとかっ開いている(それはもうまさに驚愕と言ったような)

「跡部?」

 そんな跡部を不審に思わない筈もなく俺は跡部の顔を覗き込みながら名前を小さく呼んだ。それにピクリと反応して跡部は俺の肩を思いっきり掴む。その勢いに俺は結構驚いて(なにせ勢いがあり過ぎて背を向けていた自販機に思いっきりぶつかった程だ)何事かなんて理解するのは不可能で、痛い!と認識した時には既に俺は跡部に唇を奪われていた。

「っ!」

 突然そんな事をされた日にゃあさすがの俺も眠気吹っ飛ぶってもんで、当然暴れたけれど跡部が舌でベロリと唇を舐めてきたせいで俺の体は完全に萎縮してしまう。頭の中はクエスチョンマークで埋めつくされていて、ここが人の多い食堂近くの廊下だとかそんな事は眠気と一緒に頭からすっ飛んでしまった。そんな事よりなんで跡部にキスされてんだろうとかなんで跡部はキスしてんだろうとかそんな事がぐるぐると回る。一言で言うなら、意味が分からなかった。

 長く感じたようなただ押し付けるだけの口付けが終わると急に息の仕方を思い出したかのようにドッと一気に呼吸が始まる。整わない呼吸も苦しかったがそれ以上に口から飛び出しそうなぐらいうるさく脈打つ心臓がなによりも痛く感じた。事態を把握したくて跡部を見上げるが跡部は依然として変な事を言ってくる。新手のイジメだろうか、これは。

「お前、安過ぎる」

 ジュース代なんてたかだか数百円、別に安くも高くもないだろう。

「まぁ、遠慮なく買わせて頂くが」

 パニックに陥った俺はもうマジでなにがなんだか分からない。そもそも自販機に遠慮なんていらない。

「これでお前は俺様のもんだな。しかしお前、やっぱりその額は安過ぎる。まぁ、お前らしくて悪くはない」

「は?」

「俺様が直々に買ったんだ。光栄に思えよ」

 そう言うと跡部は今度は思う存分抱き締めてきた。その行動と跡部の言葉を死に物狂いで噛み砕いて俺はやっと理解する。つまり、俺が、買われた?


 跡部の「いくら欲しいんだ?」の一言は俺のジュース代の事では毛頭なく、いくらあれば俺様のもんになるんだ?という意味合いだったのだと俺は気が付いた。そんな馬鹿みたいに簡潔に問われて分かる筈がないだろう。素直に「何が?」と問い返しておけば良かったものをどういう訳か俺は答えてしまったのだ。恐ろしく安い「120円」という答えを。それなら跡部が驚愕した理由だって頷ける。

 ていうか120円って自分で言っておきながら物凄くショックだ。俺のファーストキスが120円どころか俺自体が120円ってジャ○ネットたかだもびっくりの安さだよ。ガチャポンも満足に出来ない。跡部も納得すんな馬鹿。

「ちょ、ちょちょ、ちょっと待った!」

 そもそも、金で解決しようとするあたり跡部は正気なのだろうか。

「跡部、俺ん事好きなの?」

「ああ」

 だからなんだ?みたいな顔であっけからんと頷かれさすがに俺は恥ずかしくなった。
 跡部は時折本当に馬鹿だ。俺をも疲れさせる相当なお馬鹿さんである。だからそうなった時は俺がしっかりしなければならない。

「120円はいらない」

 物凄く至近距離にある跡部の顔を睨みながら俺は言った。そうすると跡部はきょとんとして見当違いな事を相変わらず言ってくる。

「もっと欲しくなったのか?」

 この問題に対して根本的に間違っている跡部はそれでも瞳はピュアだった。

「跡部、タダ程高いもんはないんだよ」

 跡部が俺を好きだと言ってくれた時恥ずかしい中にも死にそうなぐらい嬉しい気持ちがいっぱいあって、でもだからってそう易々と頷いてなんかしてやれない。跡部、俺は金で買われた愛なんかくれてやる気はないんだよ。跡部のお馬鹿さんな脳みそでは分からないかも知れないけどね。

「愛とマネーは別次元って事」

 金なんて下世話なもんにはこの世界はあまりに敷居が高すぎる。そうに言って今度は俺から跡部の唇に噛み付けば跡部は目を見開いてただただされるがままだった。跡部、これは覚えといて損はない。

「気持ちは心と体だけで表すもんなんだよ。俺みたいにね」

 金になんてさせたら荷が重すぎてペシャンコさ。

「俺も好き。だから金はいらない」

 どうしてもくれてやるって言うならジュース代をちょうだい。そうに続けざまに言ったら跡部は見た事もないような顔でそれはそれは幸せそうに笑った。

「笑うなよ、馬鹿」


comodo baggiano



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