~2010 | ナノ




 彼は基本的に偏食だと思う。今のようにコーヒーに角砂糖を一個、二個、三個と戸惑いもなくボチャボチャと立て続けに八つ入れた彼は「だって苦いんだもん」と口にした(だったらコーヒーなんて最初から注文しなくて良かっただろうに)
 彼が甘いものを好むのは前々から知っている。彼はコーヒーと砂糖を馴染ませるようにスプーンでぐるぐるとコーヒーをかき回しながら興味無さげに店のメニューを眺めた。そこには彼が好みそうな多種多様なケーキと女子校生に人気らしい大きめのパフェの写真が載せられている。正直、彼がコーヒーしか頼まなかった時は必要以上に驚いてしまい、聞けば「気分じゃない」の一言。ならばその砂糖味のコーヒーはどういう事だと問いたいところだが問うたところで答えは「苦いから」だ。

 彼は酷く偏食だと思う。いわゆるデートの最中である今だが、趣味事にしか基本興味のないお互いは相手の話すマニアックな話題に耳を傾けるとかそんなんばかりで、けれどつまらないなんて事はなくて、それはそれで楽しくて。何せ睡眠の為の裏技なんてなかなか知り得ない事だろう(見たい夢を見る方法、なんて夢みたいな裏技であろうか)
 それにテニスという共通の話題も多いから飽きる事は決してなかった。そして今、自分の趣味について色々と述べている最中な訳だが、どうにもこの部分が彼を偏食と思わざるを得ない由縁である。

「キモくあらへんの?」

「ふん?なんで?」

 このタイミングで話を振られるとは思っていなかったのか彼は油断していたようで多少眠たそうな表情をしながらも不思議そうに返事を返した。
 誇れる事ではないが、自分は多少普通の人間よりも気持ち悪い人間だと自負している。

「ああ、オタクな忍足がって事?」

「ストレートやな……」

「全然平気」

 少し落ち込んだ俺に彼はお構いなしにそうさらりと言ってのけ、歯が溶けてしまいそうな程に甘いであろうコーヒーをすすった。俺はその戸惑いも躊躇も何も感じない即答に柄にもなく心をときめかせてしまう。自分を全て受け入れてくれる存在がこんなにも嬉しいとは、世の中捨てたものではない。
 このご時世、メディアによりオタクという存在が公になり幾分か世間に受け入れられるようになったもののやはり普通の人とは多少思考などが異なる部分がある為、引かれてしまう事なんてもう日常茶飯事だ。
 自重、という言葉がもはや座右の銘である。そんな俺を好きだと言う彼は少し変と言うか変わっているというか、普通ではない。まあ、いわゆる、そんなところが偏食たる由縁だと俺は言いたかった。食べ物も人間も彼は好き嫌いが激しいうえに好きな物しか口にしない。それも妙な物を彼は好む。
 そう考えると今の立場にいる自分は相当気に入られているんだなあと実感して俺はうきうきと心が躍り、口角を僅かながらに上げ嬉しさがむくむくと膨れ上がっていった。肝心の彼はと言うと良い感じに冷めたコーヒーを一気に飲み干していて、ぷはあ!と全て飲み終えると手の甲で不躾に口を拭う。にこにこと機嫌の良い俺に向かって、しかし彼は何とも雑に言葉を言い放ってみせた。

「キモいと思っても好きに変わりないから平気」

 ああ、俺はこの言葉を喜ぶべきだったのだろうか。



(複雑化した愛の言葉)
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