~2010 | ナノ




 一週間ほど前だろうか。氷帝学園はでかいが故に在籍している生徒も多い。その為一人一人の言葉を耳にするには少々苦しく、生徒会が目安箱を各校舎内に数個設置したのだ。
 一週間毎にそれらは回収され生徒会が目を通す訳だが、真面目にそれらを利用してくれる生徒がいるのかどうかが生徒会にとってはとりあえず気掛かりだ。そんな心配を僅かに抱えながらも生徒会は今日、目安箱の回収に時間を費やしている。

「よし、回収は終えたな。では随時担当の目安箱をチェックしろ」

 生徒会、で気付かれた人も多数いるだろう。そもそも目安箱の発案者は生徒会長である跡部だ。“跡部が発案者”という事を今一度よく理解して欲しい。それはすなわち、“彼ら”にとって滑降のからかいのネタに大いになりうるという事である。
 思いの外数が入っていた意見用紙に密やかに感喜しながら跡部は一枚、その紙を開いた。

“隣のおばちゃん家の猫が見つかりません”

 しかし開いた途端に跡部は知った事かとその紙を破る。
 確かにこの目安箱の目的は生徒の悩み等を聞く為に設置した部分多々だがそれは学校内での話であって、決してこんなプライベートな悩みまで解決してやる義理はない。
 探偵にでも依頼しろ。と金持ち特有のアドバイスを心の内で吐き捨てて跡部はまた次の用紙を手に取り開いた。

“食堂の食い物もっと安くしろよ”

 ……高いのか?
 これがこの用紙を開いた跡部の率直な疑問である。彼は生粋のお坊っちゃまだ。通常の中学生の財布事情など知る由もない(といっても氷帝生の普通は一般より遥か上だ)
 とりあえず保留として跡部はその用紙をそっと横の空箱に置いた。用紙には一応名前記入欄が存在しているが記入の有無は任意にしてある。先程の二枚は匿名であったが跡部には何かが引っ掛かっていた。その何かが分からないまま跡部はまたも次の紙を手に取り開いてみる。その用紙を見た瞬間跡部はその何かの正体に気が付いた。

“跡部のアホー”

 確認の為もう一枚、二枚……いっそのこと全て開いてみる。

“アホベー”
“「ジャイアンは生徒会長」近日公開”
“何で俺こんなちっさいんじゃ!←フェアリーだからやで”
“俺様の美技、プライスレス”
“羊持ってこいよ”
“AHOBE!”
“上は洪水、下は大火事これなーんだ?答えは跡部です”
“焼肉食いてぇ”
“跡部オブザイヤーは俺”
“下剋上”
“宍戸さん”

 跡部は額に青筋を立てながらなるほどと納得したように目安箱をひっくり返した。突然の事に目を丸くして驚いている生徒会の奴らには目もくれずただ沢山山積みになった用紙を睨み付ける。最初に開いた二枚もよくよく見れば岳人と宍戸の字だと跡部は確信した。つまりこの用紙は全て彼らのイタズラだったのだ。未だ跡部の様子に驚いている他の生徒会の奴らに目線を送れば彼らはハッとした表情をした後おずおずと跡部の名前を呼ぶ。彼らが確認していた目安箱の中身も同じだったそうだ。中にはきちんとした真面目な意見もあるにはあったが半分以上が彼らのイタズラだった。

(なめた真似をしくさりやがって)

 今は放課後。彼らは部活を行なっている筈。と跡部はイタズラをしたであろうエセメガネご一行に制裁を与えるべく窓から僅かに見えるテニスコートをキッと睨んだ。しかしそこで跡部ははたと考えを改める。
 ここでテニスコートに突っ走ってしまっては生徒会の仕事を僅かと言えど放棄する形になるのではないだろうか。それに、奴らの思い通りになってしまいそうで癪だ。しかしだからといって野放しになんてするのも癪だし何より腹の虫がおさまらない。ううむ、と悩む事が面倒になってきた跡部はふと机の上にまだ開かれていない一枚の意見用紙を発見した。よし、これを開いて中身がまた奴らのどうしようもないイタズラであったならテニスコートへ全速力で向かおう。真面目な意見であったなら制裁はまた後日にへと後回しだ。
 跡部はそう自身の中で決定付けるとその用紙へと手を伸ばす。高い確率でイタズラだがまぁ迷いを打ち消すのには十分だろう。どうせまた低俗な悪口やからかいに違いない。“跡部の鬼”だとか“ホクローズ”だとか“アホン薔薇”とかその程度だ。考えれば考える程イライラと跡部は勝手に機嫌を損ねた。
 テニスコートに行ったのならまず逃げまどうであろう憎きあいつらを捕まえてコート脇の花壇に膝まで埋めてやろう。メガネは特大サービスで肘までだ。そしたら次は気が済むまで説教を垂れてついでに脳天にチョップでも食らわせて後は……そうだな、言い訳でも少しは聞いてやるか。フィニッシュは顔面に破滅へのロンドだ馬鹿タレども。
 一枚の紙を握り絞めながら一人で悶々と鬼のような形相を披露している跡部にもはや声を掛けられる勇者はここにはいない。跡部は口角をニヤリと上げるという恐ろしい笑い方をした後鬼のような形相のままに勢いよく手に持っている紙を、開いた。

「!」


“アイラブあとべ フォーリンラブ”


 しかし紙を開いた直後、見覚えのあるその汚い文字の羅列に跡部は別の目的でテニスコートへと全力疾走する事となる。


(ネタがなかったんだよとおどけてみせた恋人はそれはそれは酷く照れ臭そうだった)

iris(アイリス):恋のメッセージ
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