寒くなってきた季節はそろそろ雪が降ってきてもおかしくはない。ピリピリと張りつめた教室のなか慈郎は灰色とした空を眺めながらひとり雪に思いを馳せた。
受験、というモノは独特の空気をもたらすモノようでその空気に慈郎はひとり乗り遅れていた。慈郎は多分、エスカレーターに沿い高等部に進学する。多分、というのは慈郎が何も考えていないからだ。
多少考えていた時期もありはしたが、特に行きたいと思う高校もなかったしむしろ氷帝にいたいと思った慈郎はどっちみち真剣に考えても今と大して変わりはしないだろう。だが慈郎はそれに微かな焦燥感を抱いている。
慈郎は気力の一切見られない目を空から外すとおもむろに椅子から立ち上がり、もうすぐチャイムが鳴るであう事も気にせず鉛筆を走らせる音が響くその教室から抜け出した。
このまま高等部に進学する事に焦燥感を抱いていると言っても、慈郎は勉強をする気にはイマイチなれないし勉強をしたところで焦燥感が消えるとは慈郎は思わない。
休み時間も勉強。
昼休みも勉強。
放課後も残って勉強。
(そんなにしたら頭どうにかなっちまうよ) とも慈郎は思う。
聞けば宍戸も高等部進学だそうで、それはまた鳳とテニスが出来る確実な方法をとったとの事らしく、ただボーッと流れるがままに行く自分とは違うきちんとした理由に慈郎は焦燥感と共に劣等感さえも感じた。岳人も忍足も高等部に行くと聞く。岳人は忍足が大阪に帰るんじゃないかと口には出さずとも気にしていて、それだけに忍足も氷帝に残ると聞いた時の顔は酷く嬉しそうだった。
「寒…」
寒い廊下を歩くノロノロとした足取りは次第に重くなり、大して進むまずして遂には停止する。冷えた空気に身が自然と震えた。
チラリと隣のクラスを覗き見れば跡部が本を読んでいるのが見え、それから忍足が楽しそうに岳人と会話をしているのが見えた。
「……」
恐らく赤いであろう鼻をすすると僅かにツーンとした痛みが走る。端から見てもいつもの変わりなく見えるであろう慈郎だが本人の頭の中はゴチャゴチャと憂鬱な考えが巡っていた。慈郎は酷く両極端だ。考えない時はとことん何も考えはしないし、考える時はとことんゴチャゴチャと考えてしまう。
(宍戸は鳳とテニスをするために高等部に行く)
(岳人も然り)
(ねぇ、じゃあ俺は?)
(俺は誰とテニスをしに高等部に行くの)
溢れる焦燥感は留まりはせず。
鼻を擦りふと顔を上げると教室の中の跡部と視線がぶつかった。慈郎はびっくりしながらも無意識にニンマリ笑う。しかし跡部はチラリと時計を確認すると眉間に皺を寄せて「早く教室に戻れ」と口パクでそうに言った。それにまた慈郎はヘラリと笑う。
跡部は留学する。
それに慈郎は不満はない。むしろ嬉しいく思う。帰ってこない訳でもない。誇らしくもある。けれどやっぱり寂しいもんは寂しい。
樺地も中学を卒業したら跡部のもとへ行くかも知れない。それがまた慈郎には苦しかった。しかしいくら寂しく苦しいとは言え自分が駄々を捏ねるわけにはいかない。駄々を捏ねたところでどうしようもない事は分かっている。連絡が取れない訳じゃない。帰ってこない訳でもない。ひとりぼっちという訳でも勿論ない。
ああでもやっぱり、寂しいもんは寂しい。
ごめんね跡部
サボったらまた跡部に怒られちまうね でも許してよ
頭がどうにかなりそうなんだ
寒い寒い屋上に足を向けながら、慈郎はマフラーだけでも持ってくれば良かったなと、ひとり鼻水をすすった。
サボりという名の逃避行
(いっそ風邪でも引いて何も考えられなくなれば、吉)
終09115
サボりという名の逃避行:Aコース