~2010 | ナノ




俺は別に守られるようなキャラじゃない。
まぁあくまで中身の話だ。でも見た目なんて所詮ただの飾りだろう。





小さい頃に夢見たヒーロー
若干乙女思考な友人はあんなヒーローに守られてみたいとそう言った。


俺は正直、ごめんだ。


俺は守る側になりたい。
俺がヒーローだ。
そちらの方が性に合っている。




けれど今、非常に俺はピンチに陥っていた。

中学生になった今はヒーローなんて信じなくなったが、けれどその友人は絶対にいると胸を張って言っている。

いるならさっさと出てこいよこの野郎。と内心理不尽な毒を吐くが俺がヒーローだったならこんな俺を助けたいだなんて絶対に思わない。
だけどそれでもヒーローの端くれ…俺がヒーローだったなら絶対もう俺を助け出して颯爽と姿を眩ましている筈。



だなんて自分でも意味の分からない思考を巡らせながら、俺はとりあえず自分の目の前の男達を睨んだ。








俺を囲んでいるこの三人の男達は氷帝生にしてはあからさまな不良達で、テニスの壁打ちをしていた俺は誤ってそいつらの方へとボールをこぼしてしまった。

俺を見てくれで判断する奴は心の底から嫌いだ。そいつらはボールを取りにきた俺を見つけるなり不快な笑みを浮かべてあっという間に俺を壁へと追い込んだ。



「小学生みたいなやつ」
だの
「一年じゃねえの?」
だのと言わせておけば勝手な事をベラベラと喋る。
これでも2年だっつの。
しかし相手は多分三年、上下関係が激しいなかでヘタに喧嘩を売れば何をされるか知れたものではない。
しかしヘタに下手に出るのも性分じゃない。


とりあえずキッと睨む。

「でっかい目してんな、おーかわいーかわいー」
「な、触んな!」
「生意気な奴」
「だったら金出せ。俺ら金欠なんだよ」

そんなもん知るか、と口を開きかけた時、不意に髪を乱暴に鷲掴みにされそのあまりの痛さに危うく舌を噛みかけた。
身長差のせいで俺には全くもって不利だ。

俺は髪を掴んでいる男の手に必死に爪をたてる。しかしそれは余計に自分を追い込むだけにすぎなかった。


「離せよ!」
「だったら金出せ。二回も言わせんな」
「てめーらにくれてやる金なんかねぇよ!」
「ああ?」


「っ痛…!」

ぐいぐいと上へ上へと髪を引っ張られ爪先立ちの俺はもはや成す術がなく、それでも相手を睨みつけながらも悪態を吐く。
そんな態度が気にいらなかったのかはたまた気にいったのか、男は嫌な笑みを浮かべ臭い息を吐くと、パッと髪を掴んでいた手を離した。

咄嗟の事に足に力が入らず俺は重力に促されるままに地面に尻餅をつく。
痛みに歪んでいる顔で相手の方を見ればパラパラと赤い俺の髪が数本舞っていた。
どこか虚ろにそれを見ていると男は間伐入れずに足を突き出す。


スローモーションに見えたそれはまぎれもなく俺の腹にめがけ繰り出されていて、瞬時に蹴られると判断した脳に俺は目を見開いた。





ヒーローなんていない。
そう胸を張って友人に言える。


ヒーローなんてものはいないんだと気づいた、思ったのには実はきっかけがあった。
憧れていたテニスプレイヤー、彼が俺にとって当時の最高のヒーロー。

敵を次々とやっつけていく姿がとてもとても格好良く、また彼の強気な性格が好きでたまらなかった。


なのに、だ。


彼は遥か格下の相手に大敗した。そこまではまだ良かったものの彼はドラッグに堕ちていたのだ。
いくら子供だった俺でも事の重大さは分かる。

以降俺はどんなに格好良いヒーローを見ても心を踊らせる事はなくなった。どうしてもあのテニスプレイヤーのシルエットがちらつくのだ。裏切られたような感覚は今でも忘れられない。






俺は目を固く瞑る。

悔しさにか、痛みにか、過去への苦しさにか、柄にもなく俺の頬には一筋涙が伝った。


その時だった



「何してんねんお前ら」




聞き慣れない声に、俺は助けられた。






「なんだてめぇ」
「あ、え、とー…」
「ああ?」
「い、痛っ!」
「ちょ、やめてもらえます?」


蹴りはくらわなかったもののまたぐいっと髪を引っ張られる。しかしまたもその変わったイントネーションの声によって助けられた。
言葉はどこか辿々しいが多分庇ってくれている。

その特徴的なイントネーションは聞き慣れてはいないが聞き覚えはあり、おずおずと目を開いてみれば、そこにはそこそこ身長の高い男が俺のすぐ真ん前に背を向けて立っていた。


「お、忍足…?」



脳の片隅から引っ張り出してきた名前を呼べば、忍足は肩をピクリと震わせる。

「だ、大丈夫か?向日」

「……!」

微かに震えた声で俺の身を案じながら振り向いた忍足の顔は、綺麗に見事にひきつっていて、多分、いや絶対俺より大丈夫じゃない顔色をしていた。
おいおいお前こそ大丈夫かよ、とあまりの情けなさに僅かな恐怖心と一緒に痛みも吹っ飛んでいく。

「もう向日には手出させへん」

そのくせ格好良い事を言うのだからなんだか笑えてきてしまう。



「上等だコラ」


しかし現状はそんな呑気なものではない。男達は忍足に殴りかかり始めた。

忍足はそれを止めようとする俺を目だけで制し、その拳を受けていく。


俺はそれをただただ見ていた。
時折キッと相手の顔を睨みつけるその顔に少し鼓動が早くなる。
けれどその後に繰り出す腕をブンブン振り回す子供のようなパンチ攻撃に耐えきれず、俺は空気も読まずにとうとう笑い声を上げてしまった。

きょとんとして動きを止めた忍足とそいつらは俺を見つめるが、
若干涙目の忍足にまたも笑いが込み上げてきてしばらくそれは収まりそうもなく、俺は腹を抱えてげらげらと笑った。




「お前かっこわりー!」

「なっ…格好良いの間違いちゃうん!?」

「思いっきり腰引けてるし格好良いのか格好悪いのか分かんねえ」

「あんまりや〜」


今までの殺伐とした空気は何処へやら、すっかりやる気とタイミングを逃した男達は舌打ちをしながらいつのまにか姿を消していて、その場には笑い転げる俺と怪我をした忍足が取り残された。



忍足は腹を抱えて笑う俺に困ったような、照れたような苦笑を浮かべ、ヘラリと笑う。
今思えばそれが忍足とお互いを意識し始めたきっかけだった。












俺に向けられていた背中はさながら待ち焦がれていたヒーローのようで、少しだけ、ほんの少しだけだけど友人の言葉を聞き入れなかった自分を少しばかり悔やんだ。


待ちに待ったヒーローはとんでもなくへたれていたけれど、俺はただただ強い奴よりもこっちの方が断然いい。



ただやっぱり来るのが遅かったので、散々笑い転げたあと理不尽と分かりつつも思いっきり、ケツに蹴りを入れてやった。




「痛っ!なんで蹴るん!?」

「うるせ。ありがとよ、忍足!」




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