垣一がセフレで互いに片想い(別々の意味で)






















最初からわかっていた。はずだった。
こんな関係をいつまでもいつまでも、壊れた玩具のように続けている。そこに意味がないことも、誰も救われないことも。
縋りたいわけではなかった。それでも、彼に触れている僅かな間、それだけが俺の醜い美しい幻想だったから。

澱みきった二人の間に、いつも言葉は要らなかった。決まりきった台詞と感情描写をただ繰り返す舞台のようで、それを演じる俺の、もしかしたら互いの、心に包み隠せぬ本当の感情があるとかないとか、そんなことは甚だどうでもいいことだった。

一人で暮らすには広すぎるけれどそれを埋める大した物も温度もない部屋も、彼が来る時だけは少し息をする気がした。
もしかしたら彼にとってこの時間は、退屈な日々の中でも更に最も色を持たないものかもしれない。それでも別によかった。

大体連絡もなしに彼は勝手にやって来る。外をほっつき歩く猫のようなものだ。
こうして会うことさえ日常なら、いきなりもう二度とその姿を見なくなることさえ、また日常なのだろう。
合鍵を渡していることにも、特に深い意味なんてなかった。二つあるなんて邪魔だったから。いちいち出迎えるなんて面倒だったから。
だからそれが何かの証になるだとか、繋がっているだとか、そんなことは考えたこともなかった。

彼が部屋に来ればすることは決まっていた。つまりそういう関係だった。
そう、でも、緻密に言えば色々なことがあったかもしれない。とりとめもない会話もした、一緒に食事もした。
でもその全てが、彼にとっては本筋を反れたつまらない戯れでしかなかったんだと思う。
俺にとっては、時に、そうではなかったけれど、そう思うのは悲しいから、同じ気持ちでいる振りをした。

彼の性欲は限りなく野性動物に似ていて、それこそしたくなると何も言わず俺の首に噛みついてくることもあった。
虚ろな目をして低い熱を帯びる彼の、柔らかな髪をくしゃっと撫でると、満足そうに目を閉じたりして、そういう瞬間はつい、抱いてはいけない甘い何かを期待してしまって一番辛かった。
透き通るような薄く白い肌にうっすらと汗を滲ませて、掠れた声で喘ぐ。それは不健全な程に湿っていて、それなのに限りなく無機質な行為だった。
情緒とか、雰囲気とか、ましてや愛情だとか、そんなものは一切なかったから、俺たちはただただ互いの欲を満たす為だけに欲した。
だから最中も、ひたすら喘ぐだけだった。生理的に漏れる、それは声というより鳴き声に近いと思った。

なのに、ある日ふと彼は、掠れた声で名前を呼んだ。そこにはいない、俺もよく知る男の名を。
思わずその細く筋の浮いた首に手をかける。一瞬苦しそうに顔を歪め喉を鳴らすと、すぐに歪みきったままの顔でそれはそれは愉しそうに笑った。
その綺麗な紅い瞳にうっすらと生理的な涙を浮かべていることも、いつもより高揚した頬も、何もかもがとにかく苛ついて仕方がなかった。
苛立った?何に。自分と繋がっていながら他の男の名を呼ぶような目の前の猫か、それとも、この期に及んでまだ吹っ切れていなかった馬鹿な自分か。


二人で冷たいシーツにくるまりながら、大きな窓から外の景色を眺めた。細い指を絡めて背中を抱きしめても、今日は嫌がらなかった。
チカチカと、安物の宝石のように消えない街の灯りを見つめ、クソみてェ、と、まだ乱れた呼吸のままに笑った。
外の世界のことか、自分たちのことか。

「なんで」

同じく掠れた消え入るような声で、何に向ける勇気もなく。

「なんでだよ」

抱きしめた薄い背中に頭をうずめた。
涙が出ているのかもわからなかった。目の奥が熱くて、そのまま次の言葉は出なかった。

絡めた指が、僅かに握り返された気がした。



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