居なくなりがちな上条さんの帰りを待つ一方通行
メルヘン注意










静かな夜だった。星のよくみえる窓のついた部屋には少年がひとり、ソファの上で膝を抱えて座っていた。
見上げた先の時計の針はもうすぐ明日を示そうとしている。三本の針は何の音も立てずに、文字盤の上を滑っていた。かちかちと時の作られる音なんて、煩わしいから大嫌いだった。

ソファと向かい合うように誂えられたローテーブルの上には、ココアのはいったマグカップがひとつ置かれている。 長方形の白いテーブルも少し丸みを帯びたあかいカップも、どちらも少年が選んだものではない。この部屋は、少年以外の彼が選んだものにあふれているのだ。りゆうはただひとつ、側にいられない彼の代わりに、どうか少年のさみしさがすこしでもなくなりますようにという、彼のささやかな願いだった。けれども少年はそんなことはどうでもよくて、ただ買い物をするときにあれこれと彼が悩むせいで、無駄な時間をくう事が気に入らなかった。本当はその時彼が少年ではない何かをずっと見つめているからだったかもしれないし、だったらいつでも側にいればいいじゃないかと思ってしまったせいかもしれないけれど。
倒れこんだソファ、そういえばあの馬鹿は、これを買ったときもくだらないわがままを言っていた。すきまがあるのはいやだからふたりがけは嫌だ、おまえが隣にいないからひとりがけは嫌だ、なんて、ならば買わなければいいだろうと言ってやったら、あいつは何て返して笑ったんだっけ。笑ったことだけ覚えてる。あいつはいつも、いつも、いつも。
昔のことを思い出すのは彼がいないからで、少年はそれをさみしい、と、思ったけれど、それが嫌だとは思わなかった。
横になるには少しだけきゅうくつな柔らかいこの椅子は一人用にしては幾らか大きいけれど、二人がけではない。眼を閉じる。思い出して、眼を開けた。まだ消えないからまた眼を閉じる。


おまえはきっと俺がいなくても楽しくて嬉しくて俺の目の前と同じように笑って、おまえはきっと俺がいたところで悲しくて苦しくてそれでも僅か俯くばかり、与えてばかりで求めてくれない優しい右手、自分が自分でできていないことが不安で不安で堪らないのに、もし誰もいなくなってもただ上手に笑いながらきっと、声も光も伸ばした腕も喜びも悲しみもその他の色々も遠い遠い左手には少しも届かない、だけど真実はいつだって一人分、独り善がりを愛と呼ぶなら、俺に向かった感情を、俺をおもった時だけ俺だけのために用意されたその感情を、愛でも恋でも他の何でもない寂しさと呼ぶことは許されるから、

重なり合ったさみしさの分、ふたつはひとつになれるんだ。




静かな夜だった。窓からは夢のような群青の空が見えたけれど、星はひとつもひかってはいなかった。白いテーブルの上には冷めきったココア、少年はコーヒーの方が好きだったけれど、あんまり飲みすぎると体を壊すからと彼が馬鹿みたいに心配した声で言うから。時計の針はもうとうに夜明けに向かっていて、ソファの上には横たわる少年がひとり、うまれる前のこどものように膝を抱えて眠っていた。

楽しさも喜びも悲しさも苦しみも信じられない少年が、ただひとつ信じたさみしさを、夢に浮かべて幸せそうにすこし笑って。




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