キャンディの続き?(浜)一←上
上条くん視点です
読みたいと言って下さってありがとうございました…!











ああほら、また。

白い細い綺麗な指が形の整った爪先が、心なしか色褪せた、きっと値段相応に薄っぺらい生地を掴んで引き寄せる。
見慣れた、てしまった動作だ、いけないとわかっていてもつい眼で追ってしまう。そのくたびれたパーカーはそんなに触り心地が良いのでせうか、なんて冗談だって言えない俺は、目の前の光景をただ「何でもない」ように眺めるしかない。実際のところ本当に何でも無いのだ。
いつものやりとり、交わされるのは他愛ない言葉の応酬で、けれどそれをそうと済ませることが出来ない理由は単純、俺はアクセラレータの事が好きで、アクセラレータは俺なんかよりもずっと、今隣に座っている、俺より少しだけ年上で俺より少しだけ体格が良く、俺より少しだけ過ごした時間が長いだけの男の方に心を許している事に気付いてしまっているからだった。
皺になるから離せと事も無げにふりほどかれるのは、俺には決して伸ばされることの無い白い指。


オーソドックスを極めたともいえるんじゃないだろうか、まさしく特徴のないグラスの中にはアクセラレータ曰く、大変お粗末な風味らしいドリンクバー製のコーヒーと音も立てず穏やかに溶けていく小さな氷の群が浮かんでいる。
3人で集まる時の定位置はいつもこうだ。
なにがしの重要な会議の時も何となくファミレスでだべる時も、気がつくと俺の向かい側に二人が座る並びになっている。
それが不満なわけではないし、改め言葉にすると何ともストーカーじみた思考ではあるが、あのふわふわ揺れる白い髪や作りものみたいに整った肌、澄んだ色の赤い眼を縁取るながい睫が光に透けて小さく光る様子さえ、何の不自然もなくひたすら見つめていられたのがむしろ嬉しくさえあった。だから。不満なわけじゃない。心なしか口数が多いアクセラレータも、時々後ろめたそうな表情でこっちを見る浜面も、この関係も。
ただテーブルひとつで隔てられているはずのその距離が、時々やけに遠く思える、気がするだけで。

「なあ大将、あんたもそう思うよな?」

ぼんやりとコーヒーを啜っていた所に、いきなり振られた会話にううんと適当な返事を返せば、それを受けて明暗二つのリアクションが返ってきた。ふてたような顔をした浜面に対してアクセラレータが得意そうに鼻を鳴らしたのに、小さく胸をなで下ろす。惚れた弱みとはよく言ったもので。

「ほらみろオマエ、流石のヒーローも引いてンじゃねェか」
「いーや違う!な、大将。ちょっと俺に同情しちまったんだろ?わかるぞ俺には」
「そうだな……まあ浜面がそう信じたいなら俺はあえて否定はしないけどな」
「え、何か冷たくねぇ?」

アクセラレータがいつもの人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべて、それに浜面がぶつぶつと文句を返す。
どうやら浜面がお馴染みの同僚たちと一悶着あったとかなかったとかそんな話らしいが、いよいよ興味も関係も無い俺はそれとなく聞き役にまわる事にして。

「だからオマエと一緒にすンじゃねェって」
「何度でも言うけどお前ってホント失礼だよね、もっとこう思いやりの心ってもんをだなぁ……」

会話を続ける二人を眺める。
触れたらきっと柔らかそうな真っ白な髪が、肩を竦めたり首を傾げたりでさらりと動く度、甘い香りがするような気がして人知れず首を振って。そういうデザインなんだろう開いた襟刳りのシャツから覗く胸元の頼りなさにどきりとするも、それ以上にもう少し肉をつけた方が良いんじゃないか栄養が大幅に偏っているんじゃないかとまさしくお節介なあれこれを考えていた。
そんな時だった。
綺麗な凹凸を描く肌の上を這う黒いチョーカーの陰にふと隠れた、見覚えの無い色彩を見つけてしまったのは。
は、と呼吸が止まる、その意味がわからない筈はなくて、それでも二つしかない選択肢の、やさしい方を選ぶ事ができずに。


「アクセラレータ、どうしたんだ?ここ」
「あァ?」

とんとんと軽く叩きながら、俺が指さした場所と同じ場所を、白い指先が辿って撫でる。
仕草がスローモーションのようだ。
不思議そうにしていた浜面が一拍遅れてあ、と明らかにそれとわかる、気まずそうな表情で目を反らす。すうと冷えていく指先、その温度とは正反対にいやに確かに鼓動する心臓。軽い舌打ちと共に剣呑な赤い眼がちらりと動いた、その先に俺が居ないことさえ。



眩しいんじゃねえの、ぽつりとこぼされた言葉を今でもまだ覚えている。
自分やアクセラレータのような、彼曰くまっとうでない人種にとって、俺のような人間は「眩しすぎて」側に居難いらしい。何だよそれと呟いた声が思いの外切羽詰まっていてしまったのは失敗だった。
思わず滲んでしまったその感情に、きっと気付いてしまったんだろう。どこか申し訳なさそうな顔をして、だからあいつを責めないでやってくれと続けた。
浜面は。
普通に暮らしてきたただの学生だった俺とは違う。この街のそれなりに黒くて汚い部分とやらを知っていて、少し前まで自身もその一部だったという。だからアクセラレータのそういった心情もわわからなくはないのだろうだからと、頭では納得できる、けれど理不尽さに塗りつぶされた心ではとても、うまく処理できそうになかった。沈んで澱んだそれは今でもまだ質量を変えずそこにある。こんなにいびつに濁っているものの、一体何処が眩しいというのだろう。



「ったくよォ」

かちりと音がして、アクセラレータの首もと、小さく光っていたランプの色が切り替わった。それは一瞬でもとの色に戻され、触れていた指が離れて。

「常時能力が使えねェってのは不便極まりねェな。こンなモンも防げねェ」
「それが普通なんだよ。だいたい24時間能力全開っつう前提のがおかしいからな。麦野だってしょっちゅう怪我してるぞー?慣れない家事なんかに手を出すから」
「知るかよあンな雑魚」
「お前ね……本人の前では絶対言うなよ」
「はは、麦野さん美人だけど怖そうだもんなぁ」

何事も無かったように停止した空気は巻き戻る。そう、実際のところ本当に何でも無いのだ。いつものやりとり、交わされるのは他愛ない言葉の応酬、それをそうと済ませることが出来ない理由がまた一つ、増えてしまったそれだけの事。机ひとつを隔てたすぐ側に居るアクセラレータの、その首元にたった数秒前まで確かにあった。
あの、花を散らしたような、薄赤い小さな痣はもう消えていて、ただ俺が夢の中でばかり何度も触れた、白い肌があるだけだった。



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