自虐的一方通行に依存してる上条さん








軋む音をたてて扉が開く。

「タダイマ」

だるそうな声で、それでも律儀に挨拶をしてアクセラレータは帰ってきた。億劫そうに靴を脱いで俺の部屋にあがる。ぞんざいに転がった靴をきちんと揃える細い指の所々が薄赤く斑ている。きれいな爪のついた低い体温の指。するすると肌触りの良い指。暇さえあれば側によって甘える俺の頭をいつも、やさしく撫でてくれるいとしい指。どうして傷つかなければいけなかったのだろう。玄関に出迎えた俺の隣をするりと、痩せた体が通り抜ける。一拍遅れて少しだけ、すえた路地裏のにおいが気がした。能力を使ったのか綺麗なままの服、その下にどんな傷があるのかも、今までどこで何をしていたのかも。


「風呂、入ってくるから」

不健全に掠れた音色で告げるアクセラレータに、俺はただああと返した。知っている、わかっているけど何もできない臆病者の声でただ。ばたんと閉まる扉、水音、アクセラレータはその中で何をおもっているのだろう。視線を落とした先の無機質な、偽物の木目調の床にぽつんと赤い色を見つける。きっとあのしろい体から落ちた赤。やっぱりお前は今日も自分を虐めてきたのか。街を歩けば苦もなくあたるスキルアウトや暗部の残党、復讐、逆襲、くだらないプライドや地位のためにお前の命を使いたがる奴らに良いように、死なない限りに身体を任せて。とんだ被虐癖だとため息をはく。どうしてこんな事をするんだ能力があるならせめて逃げてくれと泣いて頼んでもきいてくれやしない、アクセラレータは戦わない、抵抗しない、これを罰だとは言わなかった。ただ俺は今幸せだからと言った。もう何度も繰り返して、そんな事をしたって、今となっては誰も救われないのに。




「上条、上条」

いつの間にかシャワーの音が止んでいた。
浴室から出てきたアクセラレータが俺を呼んでいる。廊下に続く壁の影からのぞく整った顔。逆光の中で濡れた髪が透けて光るのが綺麗だ。

「ンな所で何やってンだ風邪ひくぞ」
「んー、ゴメンちょっと考え事」
「部屋に入ってやれよ、ホラ」
「ん、さんきゅ」

ドアを開けて待っているアクセラレータに礼を言って、お前のことを考えていたんだとは言わないままで部屋に戻る。部屋着代わりにいつも着ている、一回り大きい俺のシャツを羽織ったしろい体は、たぶんさっきよりもだいぶ暖まっていて、この生温い空間に少しは馴染んでいる気がした。したから。

「なあ、お前さ」
「うン?」
「痛くないのか」

右手で骨の浮いた細い腕をつかんだ。そのまま引き寄せて抱き締めた。腕の中でアクセラレータが驚いたように身体をかたくしたのがわかって、ごめんと言いながら腕の力を弛めて顔を向き合った。アクセラレータは逃げない、抵抗しない、与えられるもの全てを待っている。与えるのがたとえ俺であっても、それがなるべく酷いものであるようにと願いながら。

「何が?あァ、この傷」
「うん、まだ血だって止まってないだろ?」
「別に」
「またそんなこと」

痣だらけの白い頬を両手で包めば、アクセラレータは従順に瞼をおろして少しだけ上を向いた。俺は端の切れて赤くなってしまった形のいい唇にキスをする。触れる柔らかい皮膚の感触、アクセラレータの薄いあまい舌に自分のそれを夢中になって絡めながら、角度を変えて何度も繰り返し。時々、白い喉が混ざりあった二人分の唾液をこくりと飲み下すのが見える度、背中をはしるぞくぞくとした何かに気付かないふりをしながら。
唇を離してやれば辛そうに呼吸を繰り返す腕の中のアクセラレータ。長い間食んでいたせいで普段より色付いている唇から、溢れた唾液を拭ってやる。薄い肩がぴくんと動いた。

「ごめんな、傷、触っちまったかな」
「まったくだァ、いきなりサカってくれやがって」
「なあ、痛かったか?」

アクセラレータはゆっくりと瞬きをした。そしてさっきからずっと下ろされたままの両手をゆるゆると持ち上げ、俺の背中に回した。低い体温をふたつ感じる。首筋のあたりにやわらかな白い髪の感触があって、駆ける、手離したくない手離せない痩せた体を抱きかえす。そうだこれだけが俺の幸福。だから。

「さァ、オマエが言うならそうかもしれねェな」

ぽつりと声が落ちた。アクセラレータの掠れた声。痛いも助けても知らない声。伸ばされていない手のひらを掴めない俺は臆病者。だってお前にいらないと言われたら生きていけそうにない。生温い部屋の中でただ抱きあう。お前が助けてとひとこと言ってくれたら、どこまでだって駆けていくのに。幸せなんだとアクセラレータはいった。どうしてと聞けなかったのは怖かったからだ。もう閉じられた赤い眼の中にうつっていたのは臆病者。
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