1000hitありがとうございます
ショタセラと木原くんで報われない















「き…はら…くん、」

覚えたばかりの名前を初めて呼んだとき、また傷が一つ増えた。
次に呼んだときもまた一つ増えて、その次に呼んだら無視された。
5回目に呼んだ時、初めて木原くんは振り返っておれを見た。

「…殺すぞクソガキ」


木原くんはおれの担当になった研究者だった。
新しく連れて行かれた研究所で、おれは悪い毒を扱うみたいに真っ白い部屋に放り込まれた。そこは能力を使うことができない仕掛けがされていたらしいが、使う気なんて無かったからそれもよくわからなかった。
暫くすると一つだけあるドアが開いて、そこから数人の大人が入ってきた。顔も体も分厚い防護服で覆った人たちが手に銃のような物を持って恐々と近付いてくる中で、普通の服に白衣を羽織っただけで偉そうに真ん中に立っている木原くんは、おれを見下ろして嫌そうに笑った。

「よろしくなぁモルモットくん。殺さない程度に遊んでやるから楽しみにしとけ?」


他の研究者が事務的に、木原くんがおれの担当研究員になったということだけを教えた。名前は教えられなかった。おれはただの研究材料だから、自己紹介されるとかそういうのは期待していなかった。でも、一番近くにいる人の名前もわからないんじゃあ困るから、俺は必死に研究員たちの会話の中からキーワードを拾った。そこでどうやらその人が「きはらくん」と呼ばれていることを知った。
俺には名前がないから、そういうことがよくわからなくて、「きはらくん」がコードネームなのかシリアルナンバーなのかどこがどう名前なのかもわからなかった。
ただ全てが怖くてうっかりすると泣きそうだったから、おれは木原くんについていくことしかできなかった。木原くんにかわいがられなきゃいけないと思った。木原くんにおれを見てほしかった。名前を、呼んだ。

木原くんはおれのことを、クソガキ、とか、テメェ、とか呼んだ。でもおれは、アクセラレータという通称で呼ばれないことが少し嬉しかった。
木原くんに呼ばれると、まるでこんな自分にも人間らしい人格と存在があるような気がした。おれは研究材料のアクセラレータより、木原くんのクソガキの方がすきだった。


新しい研究所では前にいた所よりも沢山実験が行われた。痛いことも、恥ずかしいことも、何かよくわからないことも。
公開実験のとき、木原くんはいつもよりおれに厳しかった。でも二人だけでやる実験のときは、ちょっと優しかった。
いい結果が出たとき、たまに木原くんは満足そうにデータを見ながらおれの頭をくしゃくしゃっと撫でてくれた。
その目はおれを見てはいなかったけど、おれの実験データを見て木原くんが喜んでくれているのが嬉しかった。

「きはらくん、」

「…」

「きはらくん」

「今忙しいから黙ってろ」

「…」

「…なんだ?」

「おれ、もっと実験がんばって、いい結果が出せるようになる」

「…生意気言ってんじゃねぇよガキの癖して」

「次の実験はだいじな実験なンでしょ?」

「…あぁ」

「じゃあそれで俺がいい数値を出せたらきはらくんは嬉しいンだよな?おれがんばる」

木原くんは椅子をくるりと回すとこっちを向いた。そしていつも撫でてくれる手を、おれの頭に乗せて前髪をくしゃっと持ち上げると、おでこにキスをした。

「…出せるもんなら出してみてくれよ」

木原くんは一回も目を合わせなかった。でもおれは木原くんが喜んでくれるとわかって、苦手なテストもがんばった。
実験の日、おれは木原くんにまたあの大きな手で頭を撫でてほしくて、またおでこにキスしてほしくて、また名前を呼んでほしくて、いつもの何倍も何倍もがんばった。
体にとりつけられていた沢山の装置が、一斉に警戒音を発した。メーターは振り切って、壊れるものもあった。
全てのものを拒絶した。細胞、神経、全てをフル稼働して反射しつくした。木原くんにもっと近づくために。愛されるために。


目が覚めると、見たことのない天井があった。
寝心地の悪いベッドの上でおれは飛び起きた。部屋には誰もいなかった。
木原くんは?木原くん、おれ結果出せたよな?木原くん、どこ?

「きはらくん…」

涙が止まらなかった。
早く頭を撫でて。上出来だクソガキ、って笑って。
そうしてもう一度、今度は目をみて、キスして。

病室の扉が開いた。
きっと木原くんが来てくれたんだと思った。だって木原くんはおれの担当だから、来ないはずがない。おれは急いで涙を拭いて扉の方を見た。木原くんは泣きむしが嫌いだったから。

でもそこには木原くんじゃない人がいた。
初めて見る、木原くんと違って白衣をきっちり着て、ネクタイも締めた研究者。
山のような資料を抱えて、その人は腫れ物に触るようにおれに話しかけてきた。
おれが想定値を遥かに超えた結果を出したために予定されていたプランのいくつかからいくつかまでがすっぽりと飛ばされるということ、これは学園都市始まって以来の大きな成果であるということ。
そして、もうおれは木原くんの手には負えないから、ここに移されたのだということ。

その人は、木原くんの名前を出すとき、嫌そうに笑った。でもそれは木原くんが初めておれに会ったときのそれとは違った。
その人は木原くんのことを、無知な若造だのイカレているだのと罵った。そして、もうここに来たからには、自分が担当になったからにはそんなことはないから安心するようにと言った。
そしてとてもとても優しげな笑顔で手を伸ばし、おれの頭を撫でようとした。

だからおれはそいつを殺した。



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -