返信

拝復 お手紙拝見いたしました。お宅の毛布殿の聡明でいてユーモアたっぷりな文章、私の主はどこか懐かしげな面持ちですっかり読み入っておりました。申し遅れましたが、わたくしはカップでございます。あの夜、宙を舞い、貴方の大切な品々に茶色のシミを作ってしまったあのマグカップにございます(こんなに頓珍漢なことを記しているというのに貴方には必ず信じていただけるような気がしてなりません、いったい何故でしょうね)。貴方に私の方からお伝えしたいことがございましたので、失礼ながら筆をとらせていただいた次第です。

 まずはこの度、私の主が、貴方様および貴方様の大事な品々に大変なご迷惑をおかけしたこと誠に心苦しく思っています。私のようなマグカップ風情が謝罪したところでどうにもならないことくらい重々承知の上ではありますが、どうか、どうかその広いお心でお許しください。調子がいいことは存じております。せめてこの、苦しくやるせない気持ちだけでも伝わって欲しいのです。

 さて、ご存じでいらっしゃるとは思いますが、あの夜が来るまで私は貴方のお家の食器棚に居りました。ええ、あれは5年前の私の主の誕生日でした。貴方の家の最寄駅から4つほど離れた駅の北口を出ると寂れた商店街がありますね。そこをもう少し奥に行ったところにある小さな雑貨屋さんで私は貴方に、贈り物として選ばれました。覚えていますでしょうか。くすんだ象牙色をした私を、貴方の友人、つまり私の主はすぐに気に入りました。「ここに置いておけばいつでも使えるじゃない」貴方はお茶目な顔をしてそう仰ったあと、私を貴方のお家の食器棚の目立つところにしまってくださいました。わたしはあの場所が堪らなく好きでした(他の食器の皆様は新参者の私に実に良くしてくれました)。週に一度か二度、貴方と彼女の楽しそうな声が聞こえます。フォークがたてる小気味よい音。コーヒーのほろ苦い香りに交じってストロベリイの甘酸っぱい香りが鼻腔を擽ります。その瞬間、わたしは言葉では言い表し難い程の幸せをかんじるのです。あの日の夜も勿論そうなるはずでした。彼女はいつもより少し高いコーヒー豆を買い、合鍵を使って貴方のお家に入りました。貴方と二人で映っている写真立ては特に念入りに磨きました。貴方の大好物のコロッケを作りました。目を閉じると貴方の笑顔が浮かびます。貴方があまり熱いのは得意ではないから湯船に張ったお湯を時折かき混ぜたりなんかして貴方の帰りを待ちました。しかし、やっと帰ってきた貴方の一言に彼女は怒りを覚えました。貴方が喜ぶだろうと思ってやったことなのにその言い種はなんだ。お前は何様だ―――いいえ、彼女は間違っていました。望まれてもいない仕事を勝手にこなして相手に褒めてもらおうなんて随分虫のいい話です。それなのに彼女は沸々と湧き上がる怒りに任せて床に私を投げつけました。大きな音で貴方に怖い思いをさせたかもしれません。浮かない顔をした貴方が部屋に入ってきたとき、彼女が貴方の心情を察することが出来ていたのなら。こんなことにはならなかったはずなのです。挙句の果て彼女は謝罪の言葉の一つもなしに、逃げるようにして外に飛び出しました。が、貴方に貰った私と私の欠片を、ハンカチに包んで持ち帰ることは忘れていなかったようなのです。彼女の手は氷のように冷たくかじかんでおりました。彼女は自宅のアパートにつくと私たちを机の上に並べ、よよと泣きました。あの手この手を使って私を元の形に戻そうと奮闘しましたが駄目でした。その時、彼女は思いました。自分が信じて疑わなかった貴方との「繋がり」は、実はこのカップの様に脆くて、一度壊れたら二度と元には戻らないのではないか。彼女をどうしようもない不安が襲いました。それからというものの、彼女はめっきりふさぎ込んでしまいました。スマートフォンの光る画面に貴方の名前が表示されるたびに耳を塞ぎました。貴方がまさかそんな気持ちで電話をくださっているとは知る由もありませんでしたから、今考えてみれば、私とて心が苦しくてなりません。

 貴方のお家に無神経に押しかけてしまった。大きな音で貴方に怖い思いをさせてしまった。何度も電話に出てやらなかった。彼女は沢山泣いて沢山後悔をしたことでしょう。そしてようやく気持ちの整理がつきそうなのです。時間はもう少しかかるやもしれません。ですが、どうかそのときは。そのときは彼女の方から貴方にお電話させていただけないでしょうか。それまで貴方にはあと少しだけ待っていて欲しいのです。お願い致します。彼女にあとほんの少しだけ、お時間をください。

 長々と失礼いたしました。季節の変わり目でございます。くれぐれも体調を崩されませぬようご自愛ください。 敬具

 

 

追伸 私のことは心配なさらないで。今はコーヒーの代わりにお水とお花が入っています。素敵なカモミールです。今度是非見にいらしてください。

 





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深夜のテンションと勢いだけで仕上げた為、見苦しいところがたくさんあると思うんだ、、、、すまねえ、、、


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