閉店間際の店内にひとつの影が駆け込んでくる。
いらっしゃいませ、といつものように大きく挨拶をすると、こちらを見る大きな空色と視線が交差した。
あ。声を出すより先に、私の声に肩を揺らした彼が顔を背ける。
慌てて自分も視線を下げて、ばくばくと内側から胸を叩く心臓を押さえた。


来栖翔。彼の名前。
半年前くらいから見掛けるようになった彼は、よくよく聞いてみればどうにも、今をときめくアイドルさんらしい。
手元にあるディスプレイ用のCDには、見ているこちらまで楽しくなるような幼い笑顔。
そんな彼の顔に被らないように、手書きのポップを貼付ける。
ふう、と溜息を吐きながら、未だに騒ぐのを止めない心臓に、落ち着け落ち着けとサインを送った。



「あの、これ、お願いします」


カタン、小さな音を立ててカウンターに置かれたCD。
今店内にいるのは私と、他の店員と、彼、だけ。なにより、その声を私が間違えるはずがないのであって。
僅かに跳ねた肩に気付かれないように、でも勇気のない私は、今日もまた俯いたままバーコードを通す。


「3150円です」


店内に流れる有線のメロディーと、財布を取り出す布擦れの音に混じって耳に届く、自分の心音。
手汗が止まらない。見えないようにシャツの裾を握り締めて水分を拭った後、会計金額ぴったりの代金が置かれたトレーに手を伸ばした。


「みょうじさん」


顔を上げると当たり前のように交わる視線。
少しだけ朱に染まった目元に映える、ビー玉によく似た、キラキラ光る碧色の瞳。
彼の声で縁取られた名前が、自分のものではなく、特別な何かのように思えた。


「は、い」

「それ、みょうじさんお勧めって書いてあったんですけど」

「あ、は、はい」

「…俺、頑張って勉強するんで、感想とかいろいろ、話しに来ても、良いですか」


今まで聞こえていたはずの有線の音が、もう全く聞こえない。
今この耳が拾うのは、ただひたすらに真っ直ぐ私のもとへと届く彼の声だけ。

その声が好きだと思った。
赤く染まる頬が可愛いと思った。
帽子を深く被り直す仕種や骨張った手が愛しいと思った。

もう、はい、とただ一言発することさえ出来なくて。
袋詰めを終えた商品と引き替えに、小さな白い紙を置いて早足で去っていく彼が自動ドアをくぐるまで、ただひたすら口を開けて立ち尽くしていた。

顔が、熱い。
どうにも息が苦しくて、とんとんと弱々しく胸を叩くけど、あんまり効果は無いみたいだった。
預かったお金をレジにしまって、震える手で、彼の置いていった紙を拾い上げる。

少し雑な字で元気良く書かれていたのは、0から始まる見慣れない11桁の数字と、彼の、名前。


どうしよう、どうしよう。
とりあえず、お願いだから今すぐ止まってくれないかな、マイハート!




CDショップ店員さんとアイドル翔ちゃん
(120719)
 
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