「あ、砂月くん」


みょうじなまえは鈍臭い。同じクラスの、こいつのパートナーが少し前にそう嘆いていた。

目敏い担任教師に仕事を言い付けられ、その帰り道。
教室に戻る途中、正面玄関に足を踏み入れたみょうじと出くわした。

瞬時に見抜いて俺を砂月、と呼んだこいつは、何故かスカートから下に大粒の雫を滴らせている。
怪訝な顔でそれを見詰めていれば、スカートの裾を絞りながらみょうじが笑う。


「鳥の雛がね、迷子になってたから。
 巣に戻してあげたは良いんだけど木から落ちて池の中で尻餅ついちゃって」


えへへ、と気の抜けた笑みを浮かべるみょうじに、自然と眉間の皺が増えるのがわかった。
何言ってんだこいつ。アホなのか。
鳥だかなんだか知らないが、まるで自分の片割れを見ているような気分になった。
その片割れに似て、なんとなく抜けているように見えるこいつは那月の、いわゆる友人というもの。

中から見ることはあっても、直接話すのはこれが初めてだった。
砂月くん今帰るとこ?とかぬかしながら脱いだ靴下を絞る彼女は、なんだか予想以上に鈍臭いにおいがする。
問い掛けに溜め息を返しながらポケットをあさった。


「顔に泥ついてんぞ」


差し出したのは可愛らしいひよこ柄のハンカチ。
目を丸くするみょうじに、ずいと押し付けるように腕を伸ばせば、ようやく理解したのか小さな手がそれを受け取る。


「ありが、とう…」

「使い終わったら洗って返せよ」

「うん、ありがとう砂月くん!」

「……言っとくがそれは那月のだからな」

「わかった。でも貸してくれたのは砂月くんだから、ちゃんと砂月くんに返しにいくね」


へにゃ、とまた頬を緩ませてみょうじが笑う。
その表情と言葉に、温かい何かが胸の奥でじわりと滲んだ気がして、思わず舌打ちが出そうになった。
なんとか堪えてふん、と鼻を鳴らし踵を返す。

こいつといると調子が狂う。
出かかった舌打ちを再び飲み込んで、歩みを速めた。




「気をつけて帰ってねー!」


「(そりゃこっちの台詞だ……)」


(120605)

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