久しぶりの休日です。
買い物で有意義な時間を過ごしていたのですが、柄の悪そうな男性数人が一人の女性に言い寄っているのを見掛けてしまい、一気に気分が下がりました。


「(私の休日を邪魔した罪は重いですよ…)」


遠巻きに眺めている人達の横を早足に通り過ぎて声を掛けようと口を開く、と。


「ねぇ、あんたらそれ格好悪いよ」


ぱ、と、先程までは居なかった人物が目の前に現れた。
後ろ姿で表情までは確認出来ないながらも声は相当な怒気を含んでいる。
しかしながらそんなことに怯むはずもない男性達。今度は彼女を取り囲んで口々に文句を言い始めました。
やれやれ彼女は一人で何をするつもりだったのでしょうか、呆れて溜息を吐いた、瞬間。


目の前で男性一人が吹っ飛びました。


おろおろと成り行きを見守っていた女性も目を見開いて驚いている。
いつの間に集まったのか、私の後ろに出来たギャラリーからは歓声が上がった。


そのまま事は性急に進み、気が付いたら男性達は皆地面に平伏し、残ったのは誇らしげに仁王立ちする彼女だけ。
ふん、と鼻息を荒くして硬直していた女性のもとへ近づいて行き、大丈夫ですか、と声を掛ける。
平謝りする女性に、今度からは気をつけてと照れたように笑って。
何度も頭を下げながら去っていく背中にひらひらと手を振っていた。

その掌には、無数の傷痕。
大の大人、それも男性を相手にしたのですから当然の結果ですね。
場慣れしているようでしたが所詮ケンカはケンカ。どちらにも痛々しい傷が残る。



「あの、」


後ろから掛けた声に振り向いた彼女は一瞬目を丸くして、私の姿を認めるなり威嚇するように顔を歪めた。
警戒心を顕わにしてこちらを睨みつけるその頬には、手にあったものと同じ幾筋もの擦り傷。
じ、とそれを見詰めれば、彼女はたじろいだように半歩後退る。


「何」

「…手当てしましょう」

「…………は?」

「傷が残ったらどうするんです」

「いや別にいつものこと、っていうかあんた誰」

「今はそんなことどうだっていいんです」

「いやどうでも良くないから、知らない人には付いて行くなって言われてるし」


なんだか幼い子供を相手にしている気分です。
はぁ、と溜息をひとつ。

そんな私達のやり取りに気が付いたのか、散りかけていたギャラリーがまたがやがやと騒ぎ出す。
その声の中にハヤトという単語を聞き取って、さっと血の気が引く
のがわかった。
忘れかけていましたが、私はまだまだアイドルの卵。こんな所で騒ぎを起こすわけにはいかないのです。

此処からなら寮が近い。
私は咄嗟に彼女の手を取ってこちらです、と半ば強制的に走り出した。







「何をしているんです、中へどうぞ?」


軽く息を切らしながらたどり着いたのは寮の部屋。
呆然と玄関に立ち尽くす彼女に声を掛ければ、はっとしたようにまた不機嫌な表情を貼付ける。


「あんたには関係ない」

「関係ないわけないでしょう、貴方は私の出番を奪ったのですから」

「出番…?」

「…とにかく上がってください、今救急箱を持って来ます」


それでもまだ動く気配のない彼女に、本日3度目の溜息を吐いて腕をとる。
靴を脱ぐように少々厳しい声色で言えば、観念したのか素直に部屋へ一歩踏み出した。

リビングの椅子に座らせて救急箱を用意する。
てきぱきと腕や足についた傷の汚れを濡れタオルで拭き取り、消毒液を塗ってガーゼや絆創膏を貼付ける。
よっぽど染みたのか彼女は何度も肩を跳ね上げて、それがなんだか少し可笑しかった。

あらかたの手当てが終わり、最後に頬の傷にタオルを当てる。
その瞬間ばちりと目が合って、彼女は動揺したように視線を彷徨わせた。
吊り上がっていた眉がぐにゃりと歪む。



「どうかしましたか?」

「い………つら…」

「はい?」


「いけめんすぎてつらいいい」


半ば涙目でそう訴える彼女に、思わず噴き出してしまう。
しばらく笑いが収まらず腹部がじわじわと痛みだす程でした。
私の反応はやはりというか、彼女には気に食わなかったらしく、その後ぐちぐちと文句を言われてしまいましたが。

聞くところによれば彼女はその喧嘩っ早いつんけんした性格から、男子はもちろん女子さえも近寄ってこなかったとのこと。
仮にもアイドルですから、顔の事は褒められたと受け取っておく事にします。



「顔だけの話なら、」

「?」

「貴女も充分綺麗な顔立ちだと思いますが」



これでもかと目を見開く彼女に、終わりましたよと告げれば、照れたような困ったような表情を浮かべてこくりと頷いた。

散らかった救急箱その他をテーブルに放置して、彼女を玄関まで送り届ける。
送りましょうかという提案はあっさりと却下されてしまったので、靴を履き直したのは彼女だけ。

あまり危険なことは慎むようにと諭すように言えば、彼女は少しだけむっとしたような表情になって口を開く。
けれども返って来たのは反抗の言葉ではなく、不器用なぎこちない笑みと、ありがとう、と、その一言だけだった。



瞬きをして目を開ければもう彼女は居なくなっていて、ゆっくりと閉まるドアだけが目の前にあった。



「(名前を…聴きそびれてしまいました)」



ふと考えて、まぁいいかと部屋へ向き直る。
リビングの救急箱を片付けながら、なんとなく彼女とはまた何処かで会えると、そんな気がしていた。




それはまるで恋にも似た、

 
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