ぼろ、と大粒の涙が零れた。我慢に我慢を重ねた結果、重力に堪え切れなくなったそれは一気に溢れて頬や服を濡らしていく。ほんとうは泣きたくなんてなかったのに。あの子のように強い自分でいたかったのに。
空色の瞳をまんまるに見開いて彼は驚いていた。一度こちらに伸ばしかけたその手が宙を彷徨うのをわたしは見逃さなかった。中途半端に優しくしないで。そう言ったのが効いているんだろう。空色がふらふらとあちこちに向いて少しだけ可笑しい。笑ってなんかやらないけど。
「神宮寺の一番大切な人は誰」
「っ、」
「人を大切に思う気持ちを誇れない奴に、わたしの気持ちがわかってたまるか」
ひとつところに留まるなんてナンセンスだと彼は言った。最近の彼は少し変で、なんでかマイナスな事ばかり呟いている。あの子と上手くいってないのかな。それをほんの僅かでも嬉しいと思ってしまう自分に嫌気がさした。でも彼の言葉はわたしにとってあまり気持ちの良いものじゃなかった。わたしにはずっとあなたしかいないのに。わたしのこの感情に気付いてないのはわかっていたけど、なんとなく否定された気がして、ずきずきと胸が痛くなった。
「だいたい最近神宮寺おかしいよ。今みたいに変なこと言うし溜息ばっかり吐いてるし」
「それは…」
「あんたがそんなでどうするの?わたしを含め、神宮寺のこと好きな人はみんな、神宮寺に幸せになってもらいたいって思ってるんだよ
好きになってもらえなくても、こっちを見てもらえなくても、神宮寺が笑っていてさえくれれば、それだけで嬉しいんだから」
「、!」
「神宮寺の好きなようにしたらいい。だけど自分の気持ちを否定しないで。人を好きになるってことが、どれだけ苦しくて幸せなことか、神宮寺はまだわかってない」
とめどなく溢れる涙で目の前の彼が滲む。もうどんな表情をしているかもわからない。きっと鳩が豆鉄砲くらったみたいな顔してるんだろうな。涙でぐちゃぐちゃになったわたしは彼を鼻で笑ってやった。
ぐず、と鼻を鳴らして鞄を引っ掴む。放課後の教室にはわたしたちしか残っていない。言いたいことは言った。目の前で黙り込む彼の次の言葉を待ってやる義理はない。タオルで涙を拭って最後に一度だけ彼を見れば、 耳まで赤く染めて酷く動揺していた。わたしは思わず目を疑った。どこに照れる要素があった?
「じ、んぐうじ…?」
「…一途に想う気持ちを否定すれば怒って、泣いて。そんなにも君を魅力するどこかの誰かが羨ましいと、妬ましいとさえ思った」
うっすらと染まった目元に空色が映える。ただひたすら真っ直ぐにわたしを射抜く瞳は、さっきまでとは違う色をしていた。それが余計にわたしを混乱させる。彼が何を言っているのか理解出来ない。
「俺が笑顔で居てくれさえすれば、君は幸せだと言ったね
でも暇潰しで俺に好意を持っているレディ達と、君の気持ちは同じじゃないだろ?
つまり、君は俺を
ぶあ、と体温が急上昇して鳥肌が立つ。思うより早く足が動いて、机にぶつかりながらも全速力で教室を駆け抜けた。どうして、こうなった?わたしは彼に説教をしたつもりだったのだけれど。早くいつもの彼に戻って欲しいと、その願いをいっぱいに込めて。あれ?それって、笑ってほしいってこと?幸せになってほしいってこと?
多分、わたしの溢れんばかりのこの願いは、彼に伝わってしまったのだろう。だからこそ彼は気付いた。わたしが彼の幸せを一番に願っているということ。彼のことが好きで好きでたまらないということ。へなへなと足の力が抜けて冷たい廊下にへたりこむ。暑い。熱い。明日からどんな顔をして彼に会えばいいの。