深淵を覗くとき、深淵もまたこちらを覗いている。その言葉の意味を俺はもっと深く考えるべきだった。
幽霊マンションでの変死事件。呪いの箱による怪死事件。普通では取り扱えない事件を扱う警視庁・特殊事件捜査編纂部に身を置いて、穏やかな死を迎えられるはずがなかった。俺は深淵に近付き過ぎたのだ――。
「あんた、もうすぐ死ぬさね」
同窓会からの帰り。ほろ酔い気分で商店街を歩く俺にどこにでもいるような婆さんが話しかけてきた。
「は?」
そのあまりの言葉に眉間に皺が寄る。
何だって? 俺が死ぬ?
おいふざけんなよ。心地良い気分が一気に冷めたわ。
ムッとして詰め寄ると、婆さんが憐れんだ目で俺を見てくる。
「可哀想に。波長が合っちゃったんだね。道連れにされるのかねぇ」
「ちょっとやめてください。そんなこと言われて嬉しい奴がいますか。あんまり変な言いがかりつけると警察呼びますよ」
まあ、俺が警察官なんだけど。
これくらい言えばやめるだろうと婆さんを見ると悲しいかな、ちっとも響いていなかった。
「あんた、心当たりないのかい? そういう行っちゃダメなとことか行かんかったかい?」
「心当たり……? ありすぎて分からん」
「おばちゃんね、ほら占いをやってんだろ? だからちょっとそういうの分かっちゃうんだよね」
知らんがな。心当たりも何も仕事として行き過ぎてどれがそうなのかさっぱりだ。
てか、婆さん占い師かよ。道理で机の上に水晶とか乗っけてる訳だ。マジでいるんだなそういう占い師。
「へー、俺になんか良くないモンでも取り憑いてるんですか?」
思わず鼻で笑う。酔ってるからか、面白そうだし婆さんの話を聞いてやろうと思った。机の前に椅子がちょこんと置いてある。それに腰掛け、婆さんと対面で話した。
「良くないなんてもんじゃないよ。あんた本当に真剣に聞きな。タンスの角に小指ぶつけるとか財布を落とすとか車に轢かれそうになるとかのレベルじゃ済まないよ!」
おい、おいおいおい。ちょっと待ってくれ。
なんで婆さんが俺のここ最近の不運を知ってるんだよ。
「残念だけどお寺行ったって霊能力者にお祓いをお願いしたって無駄さ。あんたに取り憑いてるのは」
――魔物に半身を喰われた神様なんだから。
ドロドロのグチャグチャよ、と婆さんが言う。祓うなど無理だと。腐っても神様、力が半端じゃないらしい。あらー。ボリボリと後頭部を掻く。
……ま、大丈夫っしょ。俺だって腐っても特殊事件捜査編纂部の一人だし。この手の問題はむしろ得意分野だと言える。
「婆さん、忠告痛み入る。じゃーな」
別れを告げ一歩踏み出してすぐ、犬のうんこを踏んだ。