変わった未来

 資料室からの帰り、特殊事件捜査編纂部所属の俺は向かいから歩いてくる捜査一課所属時代の仲間、戌塚壱樹を見つけ声をかけた。

「戌塚、久しぶりだな」
「ア゛ァ!? あ? 何だ櫻田サンかよ」
「お前は……相変わらずの態度だな。元気にしてるかって聞かなくても大丈夫そうだ」

 苦笑いを浮かべたら戌塚にハッと鼻で笑われた。
 本当相変わらずだなこいつ。

「クソどうでもいい質問だわ。用がねェなら行きますよ」

 そう言って歩き出した戌塚を「あっ」とすれ違い様引き止める。

「そういえば今日秋島は休めたのか?」

 戌塚の足がピタッと止まった。

「……あ?」

 怪訝そうに振り返った戌塚に「ん? 確か今日だったよな」と続ける。
 何だ? あれだけ毎年気に掛けてたのに忘れたのか?
 首を傾げる俺に戌塚は眉間にググッと皺を寄せた。

「秋島の友達の命日。墓参りに行くだけだからと毎年半休だが今年はどうだ? 一日休みに出来たか?」
「……おい、さっきから何言ってんだあんた。秋島って誰だよ」

 戌塚が低い声で言う。
 数秒の沈黙後、俺の口から出てきた言葉は「は……?」だけだった。






 編纂部室に戻ってすぐ目当ての人物を探した、がいない。
 時間からして昼休憩に入っているのだろう。

「誰かお探しですか櫻田警部補」

 ため息をついたら七瀬が紅茶を飲みながら反応した。
 柔らかな笑顔と丁寧な言葉でよく毒を吐く彼は、俺の中で神代警部の次に怒らせてはいけない人物となっている。

「あ、いや、ちょっとな……。あー、相崎さんはお昼だろうか?」
「相崎さんですか? そうですね、もう戻って来るとは思いますが……」

 彼女に何か用ですか?
 小首を傾げる七瀬。口調は優しいが視線が鋭い。
 それにう゛っと言葉を詰まらせると、室内に残っていた編纂部の面々が何だ何だと一斉に俺を見た。

「え? 言い辛いことなんですか? それってどんな内容ですか? 警察官がパワハラですか? それともセクハラ? 今日着けてる下着の色なんか聞いたら櫻田警部補のこと――ふふっ、夜道には気を付けてくださいね」
「な、七瀬! ストーップ!!」
「殺意100パーセントかよ! 櫻田警部補はまだなんも言ってねーだろ!」

 一人で暴走する七瀬に藤堂と三峰が止めに入る。
 慰めるように優しく肩を叩いてきた篠塚に「俺が相崎さんに何か聞くのは全てパワハラやセクハラになるのだろうか……」と落ち込んだ。
 前田が「まぁ、下着の色はアウトですよね〜。相崎ちゃんなら普通に答えそうですけど」と笑いながら言う。
 それに陣内が「聞くなよ? マジで聞こうとするなよ?」とサラッと聞きかねない前田に釘を刺した。

「俺は一言もそんな質問をするとは言っていない!!!」

 放って置くと編纂部の面々はいつまでも! 俺を! イジリ続ける!
 相崎さんの耳に変な話となって届くのを恐れ、心の底から誤解だと叫んだ。



「――で、結局相崎さんに何の用なんですか?」

 一通りからかって満足した七瀬が「そんなに言い辛いなら僕が代わりに承りますよ」と言った。

「ちょっと気になることがあってな……」
「気になること、ですか?」

 藤堂もこの話が気になるらしく、仕事の手を止めてこちらを見た。

「さっき捜査一課の戌塚を見かけてな、声をかけたんだ。同じ課の秋島が毎年この日に半休を取って友達の墓参りに行ってるんだが、そのことについて聞きたくて」
「へー。毎年。良い奴っすねー」

 机に頬杖をついてどうでも良さそうに三峰が言う。

「墓参りに行くだけと言っても、その日は大事な友達を亡くした日だからゆっくりしてほしくてな。戌塚に秋島は一日休みに出来たのかと聞いたんだ。そうしたら――」
「……秋島って誰だ、そう言われたんじゃないですか」

 篠塚が書類に視線を落としながら静かにそう言った。
 何故分かったと目を瞠ると、陣内が成程なと顎に手をやって頷いた。

「櫻田警部補はその突然消えた秋島ってやつの行方が知りたくて、相崎さんに過去に介入して探ってもらおうとしたんですね」
「あぁ。戌塚はそんなくだらない冗談を言うような奴じゃない。だから何か良くないことが秋島の身に起こったんだと、思ったん、だが……」

 編纂部の面々がくすくす笑う。
 一体何が可笑しいと顔を顰めた。

「ふふっ、相崎さんに聞くのは正解でしたが内容が不正解でしたね」
「何だと? 前田どういうことだ」
「え〜、俺ですかぁ? そうだなぁ、じゃあヒントを。戌塚さんは秋島さんの存在を忘れたのに、なんで櫻田警部補は覚えてるんですかねぇ」

 警部補が考えたように怪奇現象とかで秋島さんの存在が消えたのなら、あなたが覚えているのおかしくないですか?
 そう続ける前田の言葉にハッとした。
 まさか、いや、そんな……。

 相崎さんの過去介入の能力。
 それで変わった未来に違和感を覚えることが出来るのはその能力を知っていて、且つ信じている人間だけ――。

 三峰、七瀬、藤堂、陣内、前田、篠塚。彼らの顔を見る。
 藤堂が心底可笑しそうに「いやそれもう答えじゃね?」と言ったのを聞いて愕然とした。

 相崎さんがまさか秋島の存在を消した張本人なんて……。



「休憩ありがとうございましたぁ。……え、な、何でしょう。私何かやらかしちゃいました……!?」
「相崎さん、君は人の過去で一体何をしたんだ……?」

 教えてくれ。秋島は今どこにいる?