「ね〜、おかあさん。あそこににゃんにゃんがいるよぉ」
「んー? そうねぇ、可愛い黒猫さんだね」
「ねー!」
尊み秀吉。あの親子マジ可愛い。
視線の先ではちーちゃんと母親が黒猫を見て笑い合ってる。
その手は繋がれていて、はてどうして迷子になったのかと首を傾げた。
はい来ました、人の過去。
ちーちゃんが迷子になる前の過去です。
そこに介入したあたすはコソコソと二人の様子を窺っています。
はっきり言って怪しいと思うよ?
でもこっちも一生懸命だからさぁ。
通報だけはマジ勘弁!
「ちーちゃん、風が気持ちいいねぇ」
「ねー!」
迷子になる気配がねぇなと微笑ましい母娘の後をつけると、前から歩いてきた女性が「あー! 久しぶりー!」と母親に話しかけた。
おお、どうやら知り合いらしい。
本当久しぶりだねーと話に花が咲いている。
なんかそれ見てたら私も親友に会いたくなってきたな〜。
まぁ、ほぼ毎日ご飯食べに行ってるんだけどね。
カフェ・ラグナロクってところで働いています。よろしこ。
「あ、おかあさん。さっきのにゃんにゃんだよー」
不意にちーちゃんがブロック塀を指差す。
見るとそこにはさっきの黒猫が歩いていた。
にゃーん、可愛い。
「あー、にゃんにゃん待ってー」
待つのは君だ、ちーちゃん。
迷子になったのは猫を追っかけてか!
繋いだ手が離れる。
だけど母親はまだ気付かない。
ここだ。ここが分岐点。
ちーちゃんを迷子にさせない。
母親を死から救う為にかっこよくスタートダッシュを決めた。
――と思ってた時期が私にもありました。
ガッ、ビタンッ!!!
思いきり転んだ。
「わぁ! おねーちゃんだいじょーぶー?」
「う、うん……ありがとう。大丈夫です……」
この惨事に気付いて戻ってきてくれたちーちゃんに引き攣った笑みを返した後、こっそりと眼鏡が無事なのを確認した。
走り始めた瞬間何もないところで蹴躓いて転んだなんて口が裂けても言えない。
「大丈夫ですか!?」
「やだ、怪我してるじゃない。手だけかしら? 足は平気?」
「ひぇっ、だ、大丈夫です……」
「泣かないで偉いわねぇ。痛かったでしょう?」
「えっ、あ、や、なんかすみません……」
ちーちゃんの母親とその友人に幼子を相手にするように心配され、恥ずかしさと情けなさで顔を覆った。
私余裕で大人よ……。
盛大に転ぶには恥ずかしい歳なのよ……。
しかし終わり良ければすべて良しである。
ちーちゃんは迷子にならなかった。
これで最悪の未来は防げたと言えよう。
「心配して下さってありがとうございました。急いでいるのでもう行きますねっ」
立ち上がり頭を下げる。
気を付けてねーと手を振る三人に背を向けて歩き出した。
そして角を曲がってすぐ――。
私は過去から消えた。
時刻は14時23分。
私の見つめる先、公園内には誰もいない。
(……家に帰るかぁ)
眼鏡をかけ直して歩き出す。
ヒリヒリと痛む手の擦り傷を見て運動しよと思ったけど、思っただけだった。