誰が為の超能力



「エロ同人みたいにって……、俺に男を襲う趣味はないし。そもそも変態じゃないし……ブツブツ……」
 
 エロ同人みたいに、はさすがに冗談だが、しかしこいつが俺に何か良からぬ考えを抱いているのは見ればわかる。……いや、性的な意味じゃなくてね。
 壁に埋まって超能力も使えない今、出来るのは思考を働かせることのみ。
 ――どうする? どうすればこの状況を脱せられる?
 念動力を今一度使えないかと集中しかけたところで、ハッとした。

『失礼。翔斗くんはご在宅でしょうか?』

 そういえば、なんでこいつは俺の名前を……。それに……。

「お兄さんはどうして俺の能力が瞬間移動だけじゃないって知ってるんだ。あんたの前では一度も……、いや、俺が超能力者だってこと自体、知ってる人は限られているのに。なんで……」
「なんでだと思う?」

 うさんくさい笑みを顔中に貼りつけている好青年を、警戒心を露わに、眉をひそめて睨みつけた。

「おいおい、そんなに警戒しないでくれよ。俺たちはただ翔斗くんを仲間に入れたいだけなんだ」
「仲間……?」
「そう。一応言っておくけど、俺は変態でも犯罪者でもないからな。君に乱暴はしないよ。ああ、でも……」

 ――君のお母さんには何するかわからないなぁ。
 ガチャリ、と。青年が言葉を発すると同時に、閉めていた鍵が解錠される音がした。





「ただいまー」

 ドアを開けながら入って来たのは予想通り、買い物から帰ってきた母さんで。
 「母さん今すぐ逃げてッ!」と身動きできない壁から思いきり叫んだ。

「えっ……」

 だがそれも空しく、俺たちを視界に入れた母さんは状況を把握する間もなく、好青年の瞬間移動能力によって俺の隣で壁と一体化した。……最悪だ。

「キャァ! 何、これ……え、あなた誰!?」
「どうも、超常研究所(パラノーマル・ラボ)の者です。息子さんにはこれからお世話に……」

 にこやかに話す好青年を横目に、段々と目の前が真っ赤に染まっていく気がした。

「テメェ、ふざけたことしやがって……。ぶっ殺すぞ!!」
「翔斗!?」

 ピキピキと俺が埋まっている壁にヒビが入る。俺の怒りに反応して念動力が壁を壊そうとしているらしい。いいぞ、その調子だ俺。
 俺は超能力者だから、ある程度何されても平気だ。それに抵抗できる力を持っている。だけど母さんは、普通の人間で何の力もない。そんな無力な人間を理由もなく突然襲うこいつに殺意が湧く。
 よし、壁から出た暁には真っ先にこいつを仕留めよう。そうしよう。

「え、どういうこと? これは一体何?」
「だから翔斗くん、話を聞いてほしいんだ。これ以上俺に君のお母さんを襲ってほしくないなら、抵抗せずに俺たちのところに来てほしい。俺は本気だよ。――君はどうだ?」

 選択はあくまで俺にさせるってわけか。クソが。
 好青年を一睨みしてから、俺の横で同じく壁と一体化している母さんを見て――覚悟を決めた。
 ――母さんを守れるのは俺だけだ。超能力者である、俺だけ。

「……ついて行きゃ、本当に母さんには何もしないんだな」
「しないよ。約束する」
「……わかった。あんたたちのとこに行くよ。だから早く母さんを壁から出してくれ」

 俺の力ない声に頷いた好青年は、瞬間移動で母さんを壁から廊下へ移動させた。
 何が起きたか未だに理解できてない母さんは、腰が抜けたのか床にへたり込んで俺を見上げている。

「翔斗……? やだ、何する気? どこ行くの?」
「大丈夫。すぐ帰ってくるよ。だから……心配しないで」

 その言葉を最後に、俺は好青年と共に彼の瞬間移動能力で家から出た。
 母親の泣き顔なんぞ見たくもないのに、移動する瞬間にちょっと見ちゃったじゃねーか。どうしてくれんだよ。夢に出るわ。
 去り際の母さんの顔を思い出して、改めて決意する。
 ――研究所だか何だか知んねーけど、俺が全部ぶっ壊してやる! 好青年、お前を仕留めるのも忘れたわけじゃねーからな!!