■ 廻り廻ってまた来世

 思い返せばいろんなことがあったよね。
 階段の途中で盛大にくしゃみしたら足滑らせて落っこちて頭打って、目覚めたら知らんオッサンに囲まれて「姫! 目覚めるのを今か今かと、お待ちしておりました!」って言われて、「いやあんたら誰?」って言ったのに「姫が予言通り転生しなすったー!」「うぉおおおお!」ってスルー&狂喜乱舞されて。いや人の話聞けよって一番近くにいたオッサンの頭思いきり叩いたらそのオッサンの頭、時代劇でよく見るマゲ結った禿げ頭で、俺驚いて悲鳴あげちゃったよね。あの時はごめんね。
 で、ここどこってなって周り見回したらなんかTHE・爺やみたいな爺やが「宵姫(ヨイヒメ)様、お身体の具合はよろしいでしょうか」とか勝手に涙ぐんでくるから「え、だからお前誰だよ。酔い〆鯖(ヨイシメサバ)って何? なんかすごい酔ってそうだね」って言ったら「なんと! 姫様、まさか記憶の方が……!」とか勝手にザワついて。
 その後難しい顔した爺やは、「いや、まさか、そんな……」とかなんとかブツブツ呟いて、困惑するオッサンたちを部屋から追い出して俺と二者面談始めたよね。

「姫様、失礼ながらお名前は何と申すのでありましょうか」
「え、あ、拙者橘と申すでござる。ニンニン」

 完全にさっきのマゲ頭と爺やの雰囲気に呑まれたよね。内緒にしてね恥ずかしいから。

「姫様……、記憶の方はどのくらいございましょうか……」

 爺やが神妙そうにそう言ったとき、お腹の音鳴らしてごめんね。お腹すいちゃってたの。

「記憶? え、昨日の晩御飯何食べたとか? えーっと、納豆と味噌汁とお米、だったかな? 意外と質素でしょ」
「違います。宵姫様に関する記憶でございます」
「……。……え、ないよ? だって酔い〆鯖とか知らないし」
「よ・い・ひ・め・さま! でございます」
「はあ……、そう言われても。ここも爺やもオッサンたちも、全部知らない。――もういいでしょ、俺をお家に帰してよ」
「……それはなりません」

 俯いて、それから顔を上げた爺やは何かを決意した顔をしてた。

「記憶があろうとなかろうと、姫様――いえ、橘様にはこの城の城主となっていただきます」

 ――それが姫様の遺言でございます。

「……ぶぇっくしょいっ!!」

 空気が読めないとかそんなんじゃなくて、単に鼻がムズムズしたの。階段落ちる前に盛大にかましたのにね。



* * *


 それからの爺やの酔い〆鯖語りは凄かった。なんかこう、推しメンを語るオタクぐらい熱気があった。
 記憶ないならまた一から作り直そっ★って言う感じがちょっと出てた。

「宵姫様の予言は必ず当たります。姫様はお亡くなりになる前、私にこう申されました。『私は一度死ぬ。だが、再び蘇る。姿かたちは違うかもしれないが、それでもそれは私だ。その者にこの城を託す。――いいか、その者が現れたら必ず確認しろ。それがあったら、それは間違いなく私だ』と」
「はあ……? それってどれですか」
「橘様、失礼ながら臀部を見せてもらっても……?」
「いや、嫌だよ!」

 何考えてんだこのくそジジイって思ってごめんね。でも初対面の人のケツ見るって相当な変態だよ爺。

「では、聞かせていただきたい。橘様の臀部に――蒙古斑はおありですかな……?」
「! なんでそれを!」
「なるほど……。やはりあなたは、宵姫様の……生まれ、変わりです……っ」

 俺、蒙古斑の有無で泣いた人初めて見たよ。おまけにそれ、俺の知られたくないことベスト3に入るからね。
 それからすぐに、俺のケツの蒙古斑=酔い〆鯖の生まれ変わりって城中に知られた。



* * *


 なんでもこの所城(トコロジョウ)は酔い〆鯖を城主に運営(?)していたらしい。よくわからんけど。俺はそれを所城ージと呼んでいる。
 そーいや、くしゃみしてまた階段から落ちればお家に戻れんじゃねと思ってた時期が俺にもありました。でも所城ージの階段が急すぎて、落ちたら俺死ぬんじゃないかなって思ったらもう無理。俺のお世話係の遠野(トオノ)クンにも全力で止められたからやめたわ。あれ、落ちたら絶対首とれる。
 そうそう、遠野クンなんだけど。なんか俺の前世(仮)の酔い〆鯖のファンだったみたいで、とにかく過保護。あれやるなとか、城主はそんなことしないとかもうホットケーキ! あ、間違った。ほっとけよ! って言ったら遠野クン涙目になった。
 俺にきつく言われると心にクるらしくてすぐにメソメソしちゃう、女々しくて女々しくてな遠野クンだけど、戦場出ると鬼になるらしいね。所の鬼獅子って呼ばれてるって爺やに聞いたよ。鬼獅子ってお前……鬼なの獅子なのどっちなの。
 俺の初陣いつだったかなー。覚えてないけど、激しくお家に帰りたかった記憶はある。現代っ子に戦場出させるとか馬鹿じゃねーのお前って話。まあ、所城ージチーム圧勝だったけど。
 さあ終わった帰るぞって時に、暗殺されそうだった俺を鬼獅子の遠野クンが助けに来てくれたよね。「とぉのぉおおおおお!!」ってすんごい形相でこっちに向かって来るから、俺の前にいるのと遠野クン、どっちが敵か一瞬わからなくなっちゃったよ。

「かかってこいやァ!」
「殿!? 敵は俺ではありません!」

 刀向けてごめん。焦って一人称が素に戻ってたね。あと、とォのォーって自分の名前叫んでるのかと思った。自己主張半端ないなこいつって若干引いちゃったよごめん。
 ……あ、助けに来てくれたのは遠野クンだったけど、実際助けてくれたのは忍者の上條クンだったね。忍者スゲー。



* * *


 忍者の上條(カミジョウ)クン。無口。以上。
 業務連絡でしか喋らない。らしい。女中の小梅ちゃんが言ってた。
 一人で部屋にいるときに「――隠れてるやつ、出て来いやァ!」って言うとほぼほぼ上條クンが天井裏から降ってくる。特に用もないけど。これ最近発見した遊び。名付けて「気配察知ごっこ」。なんか、お前がいるのわかってんだよって感じカッコよくね?

 「用がないなら呼び出さない! もしくは私を呼んでください! すぐに駆けつけますので!」

 って遠野クンに言われた。お前じゃ意味ないんだよバカ。
 てか、上條クン俺の前じゃ結構喋るよ。って言った時の小梅ちゃんの顔はヤバかった。この世の終わりみたいな、お前頭大丈夫みたいな、楳図かずおの恐怖顔みたいな。そんな感じの顔してた。

「上條クンって、どうして無口キャラ演じてんの」
「きゃら、とは一体? ……無口に関しましては、周りが勝手にそうだと勘違いしているだけでござる」
「小梅ちゃんが『上條の無礼な態度、どうかお許しください』って頭下げてきたから、俺驚いて思わずそんなそんなって土下座しちゃったよ。小梅ちゃんめっちゃ顔青褪めてた」
「それはそうでしょう。殿が一介の女中に頭を下げるなぞ、聞いたことがありません」
「そう? まあ、よくね? 俺なんてなんちゃって殿さまだし」
「いえ、殿は立派な所城の城主さまにございます! 遠野は……遠野は……っ、宵姫様の生まれ変わりが殿で良かったと日々感謝しております!!」
「え、何に? ……あーあ、遠野クン来るから上條クン引っ込んじゃったじゃん」

 遠野、殿、とぉの、とのとの。遠野クンが喋ると「との」のゲシュタルト崩壊起きるわ。
 

* * *


「――殿、起きてください」
「ん、あ……?」
「全く、こんなところで昼寝とは……。殿はもう少し所城の城主としての自覚を……!」
「あーあー、うるさいうるさい。お前は俺の母さんか」
「確かに殿は大きな子供にございましょうな。しかし私の子供ならもっと聞き分けが良い子でございましょう。ハッ」
「あ、言ったな。てか鼻で笑ったなこの」
「殿」
「なに」
「仕事が溜まっております。早急に取り掛かってくだされ」
「却下」
「なっ!?」
「行け上條! 君に決めた!」
「!? お、おい上條殿! 離さんか! 殿が逃げる!」
「じゃーねー、ばっはは〜い! 仕事は代わりにお前がやれ。by橘」
「とぉのおおおおおおおお!!」

 死んでもいないのに転生だかなんだか知らんが、生まれ変わって出会ったここは――。

「逃がしませぬ!」
「うわっ、しつこいな遠野クンは。そういうの殿、どうかと思うよ」
「ええ!? いや、しかし遠野は殿のことを思って……ウッ、そんな……。殿、遠野のことは嫌いでも、所城のことは嫌いにならないでくださいませえ!」
「打たれ弱っ」

 意外と居心地が良い。

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