ポリゴン | ナノ



  
可愛げないバスケ



ジャージを着ていたのは好都合だった。外のリングではなく、ちょうど小休憩に入ったバスケ部のコートを借りることになったのは、向こうで先輩になだめられている田原いわく「ハンデだ」ということらしい。一瞬首を傾げたけれど、どうやらわたしを初心者かバスケ部下がりのボーラーだと思っているらしいことに気が付いた。年下にあれだけ生意気な口をきかれて怒り心頭の田原には悪いけれど、その勘違いを持ったまま、もう少し冷静さを失っていてほしいと思う。田原がプレイヤーとしてどれだけスゴいかは先輩から聞いているし、そこはそれこそハンデをくれてやるつもりで。部員さん達は休憩中のパフォーマンスか何かだと認識しているのか、コートの周りに座ってこっちをガン見している。急遽審判をしてくれることになった相田さんが笛を吹く。センターサークルで、ゆっくりと歩いてくる田原を待った。

「休憩はそんなに取れないから10プレイ制限つけるわよ。ストリートのフリールールでいいのね?」
「あー、いや。オマエはバスケルールのがいーのか」
「いえ。ストリートでいいですよ」
「ふーん?言い訳にゃなんねーぞ」
「あと、ハーフじゃなくていいです。あんたと同じリング目指すなんて気持ち悪くて泣けてきます」
「んだとゴラ」
「田原君!」
「っせーな!とっとと笛吹け!」
「っもう!じゃあいくわよ!」

始まった。ピー!と笛が鳴り、相田さんがボールを上へ上げる。同時にジャンプして、ボールに触れられたのは田原だった。「20センチ差は厳しいよねー」と、相田さんの隣の先輩が笑う。こんな時にも笑うんだなあと思いながら、ドリブルでゴールへ一直線の田原を追いかけて走る。追い付く前に田原はレイアップを決めた。速っ!と歓声があがる。「0-2」と相田さんの声。追いついて、リングをくぐって落ちてきたボールを掴んだ時、田原はそれをただ見ていた。口を開こうとするのを見て、走り出すのをやめてボールをついた。

「オマエ、遅すぎ」
「…………」
「やる気あんのかテメー。フラフラ走りやがって」

ボールをつく。
ボールをつく。

「ハンデ返しですよ」
「はあ?」

ボールをつく。ボールをつく。
ボールをつく。ボールをつく。

「1対1の勝負でハンデつけようなんて、ナメてるとしか言えません。そっちこそやる気ないんじゃねーですか?そんなわけで、まあ2点はあげます」
「…………」
「ここから、ですよ」

わたしが言うと、田原が構えた。ようやく向き合って、ゲームのモードに入る。わたしはボールをついた。ボールをついた。ボールをついた。ボールをついた。ボールをついた。ボールをついた。田原が怪訝なカオをする。ボールをついた。ボールをついた。ボールをついた。ボールをついた。ボールをついた。ボールをついた。ボールをついた。ボールをついた。ボールをついた。ボールをついた。ボールをついた。ボールをついた。ボールをついた。ボールをついた。ボールをついた。ボールをついた。ボールをついた。ボールをついた。ボールをついた。ボールを、

「────」
「……っ」

抜いた。

田原の重心とは逆の左から抜いて、クロスオーバーで持ち手を変えて数歩、右足で踏み切ってレイアップ。ボールは綺麗にリングに乗った。「え!?えと……2-2!」ざわざわとした中、リバウンドを拾おうとして手を伸ばしたところ、触れる寸前で大きな手に弾かれた。見ると田原はもうリング下でボールを持っていて、ドリブルを始める。わたしは正面に構えた。──間近で見ると、とんでもない迫力だ。

けれど。

レッグスルーからのビハインド・シャムゴッド。キレのいい動きに見とれそうにもなるけれど、走り出し、逆に持ち替えようとしたところでボールを掌で押した。田原の身体から軌道が逸れたところをラインから出る前に拾い、その流れのままドリブルをしようとするけれど、田原はもう体面している。まだこちらのリングレンジの範囲内だったので、そのままシュートモーションに移る。けれど「──……っさせるかよ!!」手から離れた瞬間に、ボールは弾き落とされた。──もうこんなに、近いのか。跳んだ時にかち合った田原の目はぞくりとした。息を弾ませている。ボールはアウト・オブ・バウンズによって、一時プレイは中断。田原が弾いた時にボールはわたしの指をかすっていたので、次は田原のボールだ。ハア、ハア、と呼吸を繰り返す。据わった目を見て、無駄な睨みだとかカオの強張りだとかがなくなって、やっと本気になったか、と感じる。冷静になってきたとも言える。だけどしかし、そうなればますます──こちらのものだ。

「ね、井原君。なんか……田原クン、動き変じゃない?」
「うん?うん。そーだね。変だね。いつもはもーっとかっちょいい」
「そんなイメージの話じゃなくて……。なに、調子悪いの?」
「いや?悪いっていうより、どーも水無ちゃんが調子を崩してるっぽい」

恐らく田原はこう考えている。
テクはそこそこ。
スピードもなかなか。
そして目はいい。

「ああ、あの子。1年か?さっきちょっと持ったけど、随分軽かったな」
「アラなに日向クン、セクハラ?」
「ちげーし!田原に言ってくれ!」

田原からのスタート。進路を妨げるわたしに対して、ドリブルからクロスオーバー、ビハインドシャムゴッドの組み合わせでわたしを右から抜く。速い。けれど、追いついた。ボールを奪おうと手を伸ばすけれど、それよりも速く田原はシュートを決めた。これで、2-4か。

「んー……。どーなるかなー」
「何、あの子そんなに強いの?足は速いみたいだし、バスケはそれなりにやってたようだけど」
「んー。水無ちゃんについては、オレにもよくわかんねんだよね、正直。だって、出会ってまだ数日しか経ってないわけだし。まあ1on1は結構したけど」
「それで?どうなの実際。何もわかんないってわけじゃねーだろうが」
「うん。まあ『それなりに』程度じゃないのはよくわかったかな。……あのさ、気付かない?ゆーちゃんのどこが変か」
「え?」
「いや、うーん……」
「ヒントは、ゆーちゃんの十八番」
「ダンク?」
「ダンク?──ああ」
「あ、そっか」
「ダンク、してないんだ。ゆーちゃん」

リバウンドボールを捕る。ダックインで更に姿勢を低くして、田原と向き合う。数歩向かって、一歩、踏み込ん、だ、フリをして、退く。ガクッと上体を崩したのを見て、最高速度で踏み込んだ。「チェン、ジ、──ペース……!」長い手が、長い足が、捕らえようと、追い付こうとする。田原が速いのはもうわかっている。だから。片手を上げて、『ぶん投げる』。

「バンクショット!?」

──ガコン!と、鈍くて重い音がした。バックボードに思いっきりぶつかったボールは、そのままリングをくぐる。これで4-4。5プレイが終わった。乱れる息を整える間もないまま、田原が走ってボールを拾う。……間がないのは、お互いさまだ。ハーフじゃなくチームバスケでもない分、一人ずつで走り回るのは体力が削られるし、足にもくる。けれど、これでいいのだ。

「ちょ、もう半分!?早すぎる!」
「ゆーちゃんはねー、ダンクが好きなんだよねー。強いし、ホラ、かっこいいし。でもホラ、一回もダンク出来てないっしょ?あれだけ身長差があるんだから、ダンク決めれば水無ちゃんは空中戦じゃ勝てないのに」
「……『させてない』ってこと?」
「多分ね。水無ちゃんをナメてしてないってよりは、こっちのがしっくりくるなー、オレは。初めて水無ちゃんとやった時、なかなか筋いいなって思ったの。目はイイし、スピードもある。で、オレも嬉しくなっちゃって、本気でゲームやってみた」
「…………で?」
「負けちゃった」
「…………」
「本気出したら、負けちゃった」

モーションが終わった時、田原はリバウンドをとるためにもう走り始めていて、わたしはそれに追い付けなかった。だからセンターで待ち構える。一気に速度を落として踏み込み、別方向への切り替えを行う田原。その動きについていくと、今度はターンムーブでかわしてくる。──狙いに対して、フェイクを入れるようになってきた。田原はそのままフックを決める。──フックまで。4-6。「…………」言葉は交わさない。軽口も挑発も、何もしない。そんな余裕はなかった。

「ゆーちゃんが、何で水無ちゃんを止められないのか。多分それは、水無ちゃんと戦ったヤツだけがわかる」
「……なにそれ」
「水無ちゃんは、人の心を計ってる」
「ココロ?」

リバウンドボールを、拾う。田原が詰めて来ていて、身を屈めるようにドリブルする。ドリブルする。ドリブルする。ボールをつく。ボールをつく。ボールをつく。ボールをつく。ボールをつく。ボールをつく。ボールをつく。ボールをつく。ボールをつく。ボールをつく。ボールをつく。「──また、コレか!」ボールをつく。ボールをつく。ボールをつく。ボールをつく。ボールをつく。ボールをつく。ボールをつく。ボールをつく。ボールをつく。ボールをつく。ボールをつく。ボールをつく。ボールをつく。ボールをつく。ボールをつく。ボールをつく。ボールをつく。

「あれ……?なんか……」
「ズレ……てる?」
「『不規則なバウンズ』とでも言うのかねぇ。相手のリズムをとことん狂わせてくる。フツーのことなんだけどね、水無ちゃんのソレは、恐ろしいほどよく狂う」

ボールをつく。ボールをつく。ボールをつく。ボールをつく。ボールをつく。ボールをつく。ボールをつく。ボールをつく。ボールをつく。ボールをつく。ボールをつく。ボールをつく。ボールをつく。ボールをつく。ボールをつく。ボールをつく。ボールをつく。ボールをつく。ボールをつく。ボールをつく。ボールをつく。ボールをつく。ボールをつく。ボールをつく。ボールをつく。ボールをつく。ボールをつく。ボールをつく。ボールをつく。ボールをつく。ボールをつく。ボールをつく。ボールをつく。ボールをつく。ボールをつく。ボールをつく。ボールをつく。ボールをつく。

「──田原!?」
「ドリブルで相手のリズムを狂わせて、『バウンドしたボールを目で追ってしまう』一瞬をついてスピード変えて切り抜ける」
「…………」
「『追ってしまう』っていうのは?」
「それだよ相田ちゃん。そこなんだよ相田ちゃん。まさにそこが水無ちゃんのセンスなんだよ」

瞬発力も、跳躍力も、鍛えるだけ鍛えた。まだまだ成長期とはいえ女子、そう大幅なフィジカルの戦力アップは期待出来ない。それでも強くなりたかったから。自分で考えて、自分で決めた。わたしの、わたしだけの武器が欲しかった。いつまでも、背中を見てはいられなかったから。ターンムーブで完全に田原を振り切って、思い切り跳躍。ボールをリングまで押し上げて、そのまま突っ込んだ。6-6。「おおっ!ダンク!」誰かが叫ぶ。目眩がした。不意に意識が遠くなる。

『ダンク!』
『……何、オマエ』
『すごいっ!今の、ダンクって言うんだよねっ!お兄ちゃん、すごいっ!』
『…………』
『バスケ、上手なんだねっ!』

…………。
………………。

「相手のプレイ。相手の判断。相手の反射。相手の呼吸。そして──相手の鼓動。あらゆる速度を分析し、解析し、それに合わないリズムで動いてくる。だから自分のペースを保てなくなって、狂う。スポーツしてる人間は、洗練された人間は、考えずに動く。脳に信号が伝達される前に、脳から信号が通達される前に、水無ちゃんがムリヤリ植え付けた『狂ったリズム』で動いてしまう。水無ちゃんのバウンドは『反射』っていうコンマ以下の世界すら、だまくらかしちゃうんだよ」

リバウンドボールは田原。ダックインで、わたしのスティールを警戒しながら進む。腕のガードが広い。キレのいいビハインド・シャムゴッドでわたしに背を向ける。それでもついていくと、田原は地面にボールを思いっきり叩きつけた。当然ボールは高く高く跳ね上がり、わたしはボールを追ったけれど、田原は跳躍していた。「っオラ……!」空中でボールを掴み、そのままリングにぶち込んだ。……一人アウリープ。初めて生で見た。これで「6-8」か。これで8プレイ。あと2プレイで決めなければならない。──それならば。

「水無ちゃんのスタイルは、正直手に負えないよ。洞察して分析して解析して、計算し尽くした上で気まぐれにプレイを変える。クセを探そうにも根拠は全部『気分』だから読めないし、自分に従順な水無ちゃんは迷わない。一瞬たりとも怯まないし迷わない。だから速い」

レッグスルーからのスリッピンスライド。速い、けれど見える。掌底で、掴まれたボールだけを突く。こぼれたボールを拾う。すぐに体勢を立て直してこちらに向かう田原。わたしはボールをつく。わたしはボールをついた。

「『考え抜かれた直感のバスケット』。一体どうやったら、あんな可愛いげのないバスケが出来るんだろうね?」

身構えたところで一歩踏み込む、フリをして、プルバック。ここはまだ田原のエリア。そう、だからこそ。わたしは両手でボールを支え、両足を踏ん張り、跳躍する。指先が、ボールを押し出す。高い高いループを描き、ボールはゆっくりと、静かにリングへ吸い込まれた。田原が目を丸くする。ざまみろ。

「……3ポイント……」
「あんなところから……」
「これで9-8だね。それにあと1プレイ。残念だったね、相田ちゃん」
「え?」
「10プレイ制限にしたのは、引き分けの可能性が出来るからだったんでしょ?」
「……まあ──ね。私もちょっと騒ぎ過ぎたし」
「見て。バスケ部はすっかりギャラリーなっちゃってる」
「あらら」

ラストワンプレイ!の声でコート外を見ると、バスケ部の人達が全員床に座ってこちらを凝視していたことに軽く驚いた。けれど、そんなこと気にしていられない。敵ながらもさすがストバス愛好者、田原は強いのだ。なのでラストは手を抜かない。もうこれで、勝つか負けるかしかないのだ。リバウンドを獲得して、もう一度3Pを狙う。けれど、一気に距離を詰めてきた田原に指をかすられる。軌道が、ブレる。着地は同時、ダッシュも同時だった。お互いにバテバテだけれど、走る走る走る。息を止めて、足裏を垂直にまで踏ん張って、走る。この走り方、長くは走れない。けれど5秒も保てれば──田原より速く踏み切れる。リングに弾かれたボールを掴んで、そのままリングへぶち込んだ。これで──これで、何だ?リングに一瞬ぶら下がり、自重を支えられずにすぐ落ちた。疲労困憊の足はマズいと思い、咄嗟に受け身をとる。痛くはなかったけれど、起き上がれない。足が震える。腕が痺れる。胸が騒いだ。「水無ちゃん!」リングと天井しか映らなかった視界に、にゅっと現れ出たのは井原先輩で、それからすぐ後で隣に相田さんが来た。「大丈夫!?」と心配してくれて、手にはドリンクとタオルを持っている。先輩が身体を起こしてくれて、それでも立てないわたしに「これ飲んで」と渡してくれた。タオリは首にかけてくれた。ぼうっとした頭で、そういえば田原は、と首だけ回して見てみると、田原は少し離れた場所で順平さんと話をしているようだった。……自分で、立っている。…………。11-8で試合には勝ったはずなのに、何故か負けたような気がするのはいささかスッキリしないな、と思いつつ、笑顔で「おめでとー!優勝賞品は、オレのお姫様だっこでーす」と身体に手を回す先輩に従った。心配そうに見上げる相田さんを見て「ちょっと疲れただけです。練習のジャマしちゃってすみませんでした」ということを途切れ途切れに言えば「いいもん見せてもらったわ」と笑ってくれた。笑顔。笑顔はいいものだ。何よりも恐らく、いいものだ。

「ゆーちゃーん!残念だったねー」
「なんも残念じゃねーよ。つかソレ、大丈夫か。死んでんじゃねえの」
「し、死んでたまるか……」
「水無ちゃん。今保健室行くからねー」
「あい……。迷惑かけてすみません」
「もー。二人っともムチャしすぎ!1on1なのにリング2つも使って、プレイ中ずーっと速攻かけまくって、最後水無ちゃんダンクかましちゃうし、ゆーちゃんも走りすぎだし!」
「オリャ無茶してねーよ。したのはそこのチビガッパだけだ」
「うっそつけー!ゆーちゃん足ガクガクしてんじゃん」
「テメーバカ!言ってんじゃねーぞ!」
「…………ぷっ」
「ああ?テメー今笑った?笑ったのか?笑ったよな?何で笑った今?もっかいやるかゴルァ」
「はーい。今日はこのまま睡眠学習に入りましょーっ!」

先輩が努めず明るく言う。わたしより低い位置を歩く田原の背中がめちゃくちゃ猫背になっていることに気付いたので、わたしは笑った。笑ってしまった。先輩も笑う。とても楽しそうに。田原は笑わなかったけれど、どうやらこいつはクールをきどっているらしいので笑わなくていいかと思った。もしわたしが歩けたら、きっとそのガクガクの膝に膝カックンをきめて転ばせて遊ぶんだろうな。それはとても楽しそうだ。

「……おい、チビガッパ」
「それ、気に入ったんですか?」
「割と楽しかったぞ。チビガッパ」
「……せめてカッパをとって下さい」

とても楽しくなりそうだ。




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