「……まあ、くれるってんなら貰っとくわ」 「いやいやいや」 黒子くんと別れ。 さつきちゃんと二人で大輝くんの元へ向かい、顔を合わせ、まずは精神的に大人なさつきちゃんが謝るのかと思いきや。大輝くんが先に頭を下げたことにはたいへん驚いた。なんだ、大輝くんもう全然怒ってないじゃん。ひとまず無事円満に解決したとみていいのだろう、と安心したわたしはそろそろ夜も遅いので帰ろうとしたのだけれど。『コイツ送ってくわ』と大輝くんにひっ捕えられ。わたしの存在を思い出したさつきちゃんが『あ、違うの。環ちゃんは仲直りのプレゼントにと思って持ってきたの』などと説明(持ってきた……?)してしまったものだから、また話が長くなって面倒くさいことになりそうで非常に困る。 「せっかくだしな」 「なにがせっかくだよバカ!仲直りしたんならわたし帰るし!」 「せっかくだからウチあがってけよ」 「だから、なにがせっかくだと言う……!」 「親いねーんだろ?メシ食ってけ」 「あ、ちょっ……」返事もきかずにグイグイ引っ張ってくる大輝くんを止めてもらおうと後ろのさつきちゃんを振り返れば「じゃねー環ちゃん」介入する気ゼロのさつきちゃんがにこやかに手を振っていた。ちょっと。三十分前のしおらしさはどこ行ったの。 「大輝くん!いいってばホントに!」 「運がいーな、今日のメニューはスキヤキだぞー」 「スキヤキって、夏に?いやそうじゃなくて――」 「まあまあ――」 「いや大輝くんが――」 「――――」 「――――」 そして。 「おはよー!今日もあっついね〜……!」 早朝。 なぜかさつきちゃんが家の前にいる。 手ではたはたと雀の涙程度の微風を浴びようと頑張っているけれどさほどの効果はやはりないらしく「おじゃましまーす」ボケッとしているわたしをすり抜けて家へ入っていくさつきちゃん。「お、クーラーきいてる〜」いやちょっと待て。 「はー。外暑いんだもん、汗かいちゃった」 「さつきちゃん、今日はどうしたの」 「練習は七時からだからね。早く準備してね、遅刻しちゃう」 「え?は?」 「え、一人じゃできないって?もー。仕方ないなあ、じゃあ私が手伝ってあげる!」 「……なにが?」 「え、ちょっ……」わたしの発言をまったく無視して、リビングから部屋へ進んでいくさつきちゃん。――人の話を聞かない幼馴染だな!ズカズカと上がり込み部屋へ到着したと思ったら置いてある適当な大きさのカバンを洋服ダンスの傍まで移動させ、おもむろに引き出しを開けた。 「タオル類は下から三段目ーっと」 「なんで知ってんの!?っていうか何してんの!?」 「え?タオル詰めてる」 「なんで!」 「汗かくからでしょ〜?外歩くだけでもーあっついんだから!」 「いやだから……!」 「ジャージ(青峰くんと会ってた頃の中学の体操服)は二段目でしょ。あ、ビンゴ〜♪」 「コワッ!!」 「そしてそして……下着はっけーん!!」 「バカやめろ開けるなーー!!!」 初めてさつきちゃんに暴言を吐いた。 そうか……。 この子、こういう子なんだ……。 「替えのシャツにー、あとは……」ブツブツとつぶやきながら鼻歌交じりに次々と的確に引き出しやクローゼットの中のカラーボックスを開けていき必要(らしい)モノをカバンに詰めていくさつきちゃん。どうやらお得意の情報収集はバスケ関係のみに留まらないらしい。それにしてもバスケ部ですらないわたしの個人情報、というかプライバシー……。ホント、末恐ろしいなこの子……。叫び疲れて朝からグッタリと半ば諦めの境地でそんな様子を眺めていたわたしだけれど、さつきちゃんが体育館シューズに手を伸ばしたあたりで「ん?」と引っ掛かった。 「……体育館行くの?」 「うん、そうだよ?言ったでしょ、練習は七時から!」 「……誠凛?」 「何で誠凛?桐皇に決まってるじゃない」 「私、桐皇のマネージャーだよ?」と逆に不思議そうに首を傾げられてしまった。いやこっちが傾げたいわ。なかなか要領を得ないやりとりを交わしている間にもさつきちゃんは貴重品などもすっかり詰め終えて最後にジッパーを締めた完成品をホイッと投げてよこしてきた。 「……え、何……つまり、わたし桐皇に行くの……?さつきちゃんと一緒に……?」 「そうそう」 「いや、そうそうって」 「大丈夫!私と一緒なら環ちゃんも入れてもらえるから!」 「何が大丈夫?」 「よし、じゃあ行こっか!」 駄目だ、全然聞いてない。 「おっはようございまーす!」 「…………」 通常に輪をかけてハイテンションの収まらないさつきちゃんに連れられるまま、結局ここまで来てしまいました。桐皇学園高校。誠凛のように新設、とまではいかないものの綺麗で構内も整っている。「体育館はこっちでーす♪」と鼻歌でも歌いかねないさつきちゃんに引っ張られ、たどり着いたのはやはり体育館で。入るなり弾んだ大声で挨拶するもんだから、中に居た部員の注目は当然こちらに集まってくるわけで。わたしは無言でさつきちゃんの影に隠れた。その中で「おはよーさん」とにこやかに近付いてきたのは……確か、キャプテンの今吉さんだ。 「なんや桃井、今日はえらいご機嫌やの。まさか、ついに青峰が練習に参加するとでも言うたんか?ハハッ」 「いえー、それはまだ。でも、きっとすぐにそうなりますよ」 「は?」 「秘密兵器を持って来たんです!」 高らかに発されたその一声とともに。 「――わっ!?」 「秘密兵器のタマキちゃん!」 背中から前へ引っ張り出された。 「……この子?」きょとんと、見たこともなく人間らしいカオで驚いている今吉さん。正面へ立たされたため、なんとなく苦手なタイプ(だと勝手に思っている)のこの人と対峙する形になってしまった。 「……こんにちは?」 「…………こんにちは」 「……えーと……タマキちゃん?」 「…………はい。環です」 「…………」 「…………」 「えーっと……桃井?」 「何ですか?」 「降参や。順を追って説明してくれへん?」 できればわたしにも教えてほしい。 と思いさつきちゃんに目をやろうと振り返ろうとして―― 「オイさつき!なんだよあのメール!」 ――背中に、聞き慣れた声がかかる。 直前の話の主題であったために、わたしとさつきちゃんと今吉さん、全員が思わず一斉に声の主――「な、何だよ……って、タマキ!?」大輝くんを見てしまった。 「なんで環がここに!?」 「いや……わたしにも、何が何だか……」 「さつき!!」 「なによ。前に青峰君言ったじゃない。タマキ連れてきたら、練習でも何でも出てやるーって」 そんなこと言ったの? と眉を寄せ大輝くんを見る。 「なっ!?――そ、それは……!」 そんなことを言ったらしい。 ……ってことはわたし、巻き込まれた? 「あれ嘘だったの?」 「ウソじゃねーよ!――けどありゃ、環がまだ見つかってなかった時に言ったんだよ!今はいつでも会える!美和子だってもう味方に取り込んでんだかんな」 美和子って。 田原といい、なんで呼び捨てなんだ。 親密度上げたら何か貰えるのか。 「ていうか人の親に何してくれてんの」 わたしの抗議はスルーされ会話は続く。 「ふーん。じゃあ青峰君、もう帰ったら?環ちゃんはこれから桐皇のマネージャーやるから」 「はあ!?」 初耳なんだけど。 という声は勿論スルーされる。 「練習中はドリンクの用意して、毎日頑張る皆さんを一生懸命応援しまーす」 「…………」 いや、しないし。 という声も当然スルーされる。 「休憩に入ると一人一人に笑顔でタオルとドリンクを手渡しして、バスケの話に華を咲かせまーす」 「…………」 だから、しないってば。 という声も必然スルーされる。 「練習後は皆で一緒に帰ったりして。時間も遅いから誰か部員の人に送ってもらって……」 「ざっけんな!んなコトさせるワケねーだろが!!」 大輝くんが吠えた。 ……いきなり怒鳴るものだから反射で肩が震えた。――のが目に入ったらしく。「あ、悪ぃ」と途端にトーンダウン。……こういうことには、気付くんだ……。とは思うものの。せっかくわたしの方に意識を持ってくれているので「あの」ととりあえず大輝くんに挙手をしてみた。 「大輝くん……そもそも何でここにいるの?練習しに来たわけじゃなさそうだし」 「……さつきが変なメール送りつけやがったんだよ」 「え?」 「ん」 「見ていいの?どれどれ……『今から体育館に来ないと環ちゃんを合コンに連れて行きます』……なにこれ」 さつきちゃんを見やる。 「名案でしょ?」と胸を張るさつきちゃん。 えっと……。 きみ、頭いい設定じゃなかったっけ? 「青峰君ってば、環ちゃんの名前出さないとホントぐうたらしてるんだから!」 「環のいねー人生になんの意味があるよ」 「いや、それは重すぎると思う」 高校生でそれかよ。「んだよ、つれねーなー」反応からして絶対に冗談だとは思うけれど本気で言っていたらちょっと怖い。素で二・三歩後ずさると慌てた様子で冗談だと言ってくれたので息を吐く。 「…………ん?」 ――ふと、この場にもう一人人間がいることを思い出した。 「…………」 「あ。それで今吉先輩、環ちゃんはですね――」 「あ。大丈夫」 今度こそ一から経緯を。と口を開きかけたさつきちゃんを手で制止する今吉さん。「やっぱ説明はいらんわ」にっこりと。わたしの苦手なあの笑顔を浮かべて通常運転。 「今ので大体わかったからな」 ← → |