「私……っ、青峰君に嫌われちゃったかもしれない……!」 黒子くんに突然抱きつき縋りつきしがみついたさつきちゃんは、そう言って涙を流した。深刻げなその声色と初めて見た明るく元気なさつきちゃんの涙に少し動揺し、一体なにがどうしてしまったのだろう、と二人の様子を窺う周りから一歩身を乗り出すようにして覗いていたのだけれど。 「…………」(火神くん) 「…………」(降旗くん) 「…………」(福田くん) 「…………」(木吉先輩) 「…………」(相田先輩) 「…………」(こーちゃん先輩) 「……なに、何でみんなわたしを見るの」 「いや……オマエ青峰のカノジョだろ?」 「は」 「そうなのか?」 「あれ、黄瀬とじゃないの?」 「私もそう思ってたケド……」 「ですよね。よく遊んでるらしいし」 「え、どっち?」 …………。 なるほど。 こうして噂は広まっていくのか……。 「どっちが本当なの?」 「ていうかどっちが本命?」 「ドロ沼?」 「フタマタ?」 「アンタら人聞きの悪い単語並べないでくれますっ!?」 「うわっ水無性格ワリー」 「ここぞとばかりに攻撃してくる火神くんほどじゃないけどね!!」 「アッハッハ〜。みんな違うよ〜。ただの三角関係だよ〜。オレは涼太推しだけど〜」 「先輩ってもう庇う気ゼロですよね!!!」 あと涼太くん推しって何だ。 「それはとにかくとして!」 この話の主役は泣いているさつきちゃんなのであり。決してわたしの本命とか誰惜しとかそういう話ではない。はずだ。 「……さつきちゃん。嫌われたかもって、どういうこと?」 「あ、うん。……青峰君は今年のI・H、準決勝・決勝と欠場しました」 「……うん」 「らしいな……でもいったいなんで……!?」 「故障です。主にヒジの……」 「ふうん……」さつきちゃんの返答を聞いて、相田先輩は腕を組み特に動じた様子はない。「ま、なんとなく察しはついてたわ」 「原因は恐らく……黄瀬君とやった海常との準々決勝ね?」 「そうです。なんで……Bなのに!」 「ムネ関係あるんか小娘ェ!!」 それはとにかくとして。 「『キセキの世代』と呼ばれるあの五人に弱点があるとすれば――才能が大きすぎることです」 黒子くんが口を開いた。 『キセキの世代』は全員、高校生離れした特技を持っているけれど、体ができあがっていない高校生には変わりない。そのため、現段階ではその才能に体が追いついていない状態なのだとか。だから無制限に力を全開にはできないし、もしすれば、反動で確実に体を痛めてしまう。……黄瀬くんの方は大丈夫なのだろうか。最後、脚ガクッときてたけど――あとで電話しておこう。 「そしてそれは……青峰君も例外ではなく、黄瀬君とやった時、実はかなりムチャをしていたんです。それに気づいた私はすぐに監督に試合に出さないように訴えました。――青峰君はひどく荒れました。が、監督は聞かず、半ばムリヤリスタメンから外しました」 ……それで、先日のあの不機嫌か。 「けど、それがさっきバレて……」 思いっきり噛み付かれたらしい。 それでさつきちゃんがキレて、勢いで飛びだして来てしまったということだった。……この普段温厚なさつきちゃんをキレさせるなんて。どれだけ酷いことを言ったのかと呆れて息を吐いた。さつきちゃんは話の経緯を掘り返して気が重くなったらしく、その場で少し俯いてしまった。いやいや、さつきちゃんは悪くないんだから、そんなに落ち込むことないんだよ。――と、言おうとして。 「……つーかさ。お前黒子が好きなんじゃねーの?だったら青峰に嫌われよーが知ったこっちゃねーじゃん」 あ、バカだこいつ。 「そうだけど……そーゆーことじゃないでしょお!?」 さつきちゃんが泣いた。 「テツ君の好きとは違うってゆうか危なっかしいってゆうか……どうしてもほっとけないんだもん、アイツのこと」 「え!?あっ……その、スイマッ」 「あーあ」 「泣−かせた――……」 「イヤッ、そのっっ」 「火神、ヒッデーッ」 「火神君デリカシーなさすぎです」 「最低の男だよね」 「水無テメッ……!!」 批難轟々。 「桃井ちゃん、泣くならオレの胸で泣いてみない?」と不屈のナンパ魂を見せる先輩の存在感はこの場においてなぜか最も薄い。 「……大丈夫ですよ、桃井さん。青峰君もちょっとカッとなって言いすぎただけです。本当に嫌いになったりしませんよ」 ミスター紳士的態度・黒子くん。 「帰りましょう。青峰くんもきっと今ごろ捜してますよ」 「……テツ君。テツ君〜!!」 黒子くんにしがみついて泣きじゃくるさつきちゃん。すっかり目がハートになっていたのがチラと見えてしまった。 なんと言うか。 まあ、よかったね……。 結局。 日頃よっぽど鬱憤が溜まっていたのか、気のすむまで泣いてもらったさつきちゃんがようやく顔を上げるともうとっぷりと日が沈んでいた。……いつもご苦労様です。 「すみません、じゃあボクちょっと桃井さん送っていきます」 「おーう」 「あ、テツ君ちょっと待って」 「井原さーん」 「にゃにかな?」 「環ちゃん借りてきまーす!」 ……だから。 わたしは猫か何かか。 「よくよく考えてみたら、私もちょっとは悪かったかなーって」 夜。 辺りが暗くなり、女の子(しかもさっきまで泣いていた)ひとりで帰らせるということを黒子くんはしないらしく、誠凛でみんなと別れた後、さつきちゃんを近くまで送るべく並んで歩いているわけなのだけれど。 ……これ、わたし、おジャマじゃないか? とか考えているとさつきちゃんがすっかり調子の明るくなった声で朗々と語る。 「『キセキの世代』のみんなは青峰君が本気で戦える貴重な相手だし、相手はあのムッ君と赤司君だし。珍しくやる気になってたのかもしれないし、だとしたらちょっと悪かったかなーって」 「で、なんでそれでわたしを……」 「青峰君の機嫌を直すなら、やっぱり環ちゃんかなーって」 …………。 ………………。 「なるほど、プレゼント作戦ですか。考えましたね」 「青峰君にはやっぱり環ちゃんだよねっ!いい考えでしょ?」 笑顔で頷き合う二人は恐らくわたしとは生きる世界が違うのだと思う。極めてそう思う。そうだと思いたい。 三人並んで仲良くおしゃべり。 という間柄でもお互いないわけで、せっかく黒子くんと話が弾んでいるというのだから(そのネタがたとえわたしと大輝くんだとしても)片思い?中のさつきちゃんを応援するという意味も少なからず込めて、一歩後ろをせめてついていく。ただ前を眺めているというのも野次馬みたいであまり気乗りはせず、だからなんとなくポケットから携帯電話を取り出し開いてみたのだけれど。 「あれ、着信。……五件?」 に、メール。 そっちは一件だけれど。 なんだろう、と詳細を見ると、着信もメールも全て大輝くんからだ。急用だろうか、と思いさらに携帯を操作してメール画面を見る。 『さつきしらねーか』 …………。 携帯を閉じた。 「さつきちゃん。奴からメールきてた」 「え」 「探してはいるみたいだよ」 「……そっか……。あの、環ちゃん」 「なに?」 「なんか、機嫌悪くない?」 「別に悪くない」 「そ、そう……?」 帰っていいですか。 ← → |