「はぁ。『兄弟』ねぇ……」 チーム・セイリンの試合を観ながら先輩から聞かされた火神くんの話を咀嚼して、わたしなりの一言。「火神くんにも過去とかあるんですね」と率直な感想を漏らせば「そりゃないでょ」と先輩が苦笑した。 「でも、火神くんって結構繊細ですよね。そういうとこじゃあ黒子くんの方がまだシビアですよ」 「直情型だからねー。それに、それほど室ちゃんのことが好きだってことでしょ」 「室ちゃん?」 「氷室辰也。その兄貴分。陽泉ってトコに通ってるらしいよん」 「……まさか、そういうシリアスな空気だったにも関わらずアプローチしたんじゃないでしょうね」 「……てへ?」 「てへじゃない」 聞けばメールアドレスの交換も既に終えているということで。基本的には部外者のくせに、ほんとグイグイくるよなこの人。毎度のことながらも感心してしまうコミュニケーションスキル。息を吐いて、ボールの流れを追うともう何度目かも数えていない黒子くんのパスからのシュート。どっと沸く歓声。盛り上げ役の実況の声。火神くんだけでなく降旗くん達もさほど苦戦なくシュートを決めていて、練習量では強豪に引けをとらないらしい(実際海常の練習とも遜色なかった)誠凛のメニューにしっかりとついていけているのだから、三人(今日河原くんいないけど)ともまずまずのレベルにいるのだろう。『試合終了――!!チーム・セイリンの勝ち!』ホイッスルが鳴り、両チーム整列。解散したところをまるでアイドルの出待ちのように控えていた先輩が誠凛メンバーに跳び付いた。 「うわっ!?」 「なん……なんスか!」 「やるじゃん一年陣ー!オレお前らの試合観たの初めてだにょーっ!!」 「にょってなんスかにょって」 「ていうかすみません、暑苦しいです」 ……グイグイ行くよな、この人。 見てるだけで暑苦しいわ。 と、腰を浮かして隣のコートへ向かう。 「あれっ。水無ちゃん、次、観てかないの?」 「先輩、お友達の試合呼ばれてんじゃなかったですっけ。チーム黒龍?次隣ですけど」 「あ、忘れてたー。じゃーねーみんな!次も頑張れ応援してるよーんっ」 「ばいばい」 隣のコートではチーム西浦とチーム河北の試合が行われていた。 「……っだー!ちくしょー!!」 らしかった。 「……小雀さん」 「あ、水無ちゃん!と先輩!」 「なに、負けたの?」 「そーなのそーなの!くっそー、今回はイイセン行けると思ったのにぃー!」 「しかも、同じ高校生が相手だったんだよー」悔しそうな不服そうなカオで地団太を踏む小雀さんの脇からひょっこと顔を出した松本さん(だっけ)も、残念そうに肩を落としている。「くやしー!」とハンカチを噛む仕草まで丁寧にやってのけた小雀さんは「ほら、あそこ!」と、ある方向を指さす。ちょうど観客の人だかりから外れたコートの少し後ろ側で休憩している団体が目に入った。あれがどうやら二回戦の相手だったらしい。わたしの隣で大人しく話を聞いていた先輩が、同じところを見て「あれっ」声を上げた。 「どうしたんですか?」 「ホラ、室ちゃん室ちゃん」 「室……さっき言ってた?」 「うん。あそこの何か飲んでんの」 「ふーん……」 相槌を打って、観察してみる。身長はなかなかに高く、けれど横はそんなにない。長めの黒髪で片目を覆うようにしていて、見える方の目元には泣きぼくろ。美丈夫、といった具合の男の人が静かな笑みを携えて、他のメンバーらしき人物と何か話をしているようだ。 穏やかそうな人だ。 ――けれど、まあ、 「強そうだね」 「だから、メッチャ強かったんだって!」 …………で。 火神くんと『室ちゃん』さんの、いわゆる因縁の対決(?)だけれども。 「あ――ビシャビシャだもー」 結局。ドラマみたいに突然降りだした雨に試合はお流れになってしまい、勝敗が着くことのないまま今大会はあっけなく幕を閉じたわけである。 「……で。なんでわたし達が学校に行かなきゃいけないの?」 帰りの電車の中。 メールで相田先輩から呼び出されたらしい男バス部員はわかるのだけれど。 「まあまあ水無ちゃん。仕方ないじゃん、相田ちゃんがなんか用事あるみたいだし?」 「絶対ろくな用事じゃないですよ」 「いやそれは……うーん……」 火神くんがなぜか『水無と井原先輩もいるんスけど。どーしたらいいですか?』などと律儀に伝えてしまい、更になぜか一緒に連れて来るように言われたらしく、そして別にわたしは関係ないので構わず帰ろうとしたところ木吉先輩の大きな手で頭をしっかりと掴まれてしまったため、そのまま行動を共にしているというわけである。 「小雀さんと、もっと話したかったのに」 「それはひっじょーに残念だけどサ」 「そう思ってるようには見えませんけどね」 「ま、まーまー水無さん!それよりほらタオル!よかったら使ってよ!」 「……ありがとう」 ……元々バスケをする目的ではなかったために、今日はタオル類はそんなに持っていない。差し出してくれたタオルにようやく文句を引っ込め、ありがたく受け取ることにした。傘だって当然持っていなかったから全身ビショ濡れだ。あまりに濡れているために座席に座ることもできず、微妙に気だるさを感じたまま、学校まで歩くことになった。 …………で。 「よう!」 この人はなんでこんな機嫌悪いんだ。 「また何か面倒事かな……」 「水無ちゃん。漏れてる漏れてる」 しかも先輩たち(カントクまで)勢ぞろいだし。一体どうしたんだろう……と黒子くん達に続いて中へ踏み出せば。 「――テツ君!!」 「桃井さん」 感動の再会(?)と、抱擁―― 「桃井さん、ちょっ……」 「あら?」 ――駆け寄ったままのスピードで黒子くんに抱きついたさつきちゃんと、バランスを崩したらしい黒子くんはそのまま仲良く地面へと倒れ込むことになってしまった。「う……」あーあ。特に黒子くん、頭から打ち付けて痛そうだ。 「キャー、テツ君!?」 「黒子ォ――……よっしゃ」 「今だれか『よっしゃ』って言いませんでした!?」 「言ってないよ?よっしゃ」 「え!?」 「……なにやってんだ……」 「いいなー黒子。オレも桃井ちゃんに抱きつかれたーい」 「じゃあ行ってきますか?わたしは帰ります」 「あ、うそうそ!うそです!」 ……は、とにかくとして。 「カントク……なんですかコレ!?」 相田先輩の説明によると。 やっぱりなぜか結局普段通りに練習をこなしてしまっている先輩達のもとに、ちょうど雨が降り出した頃らしい、突然さつきちゃんがやって来た。『テツ君』絡みで、普段は明るく笑顔の絶えないさつきちゃんのひどく深刻そうな表情に、とりあえず待っててもらいストバスに出陣していた一年生陣を呼び出すことにしたらしい。一応、大敗した相手校であることや『キセキ』関連だと踏んだからだろうか。……あれ。でもそうしたらわたし達はますます関係ないよね。と、顔を見合わせるわたしと先輩をよそに。ひとまず落ち着いて話をする空気になろうとさつきちゃんはベンチに案内され、その間少し席を外した黒子くんは手にしていた缶コーヒーをさつきちゃんに手渡した。 「……それで。何があったんですか、桃井さん」 「……っ。どうしようテツ君……!」 あ。 やっぱりなんか深刻っぽい。 「私……っ、青峰君に嫌われちゃったかもしれない……!」 え。 ← → |