ポリゴン | ナノ



  
わたしが悪い



「――わかってる」

畏まって。
改まって。
重々しい空気を醸すことを重要視し、
神妙ぶった声でそう呟いた。

「わかってる。最初っから最後まで全部、恐らくわたしが悪かったなんてことは最初っから自覚しているし、自覚しているからって少しでも軽減するとも思ってない。だからわたしが悪いままで、だからつまりこの状況だってわたしがとやかく言うのはおかしいことなのかもしれないとさえ思ってる。でもお願いだから、寛大な心を持ってわたしに一言だけ発言することをどうか許してはくれないだろうか」

一人はニコニコと愛想よく。
一人はニヤニヤと楽しそうに。
一人はデレデレとにやけたまま。
一人はウキウキと胸を弾ませ。
一人はキラキラと目を輝かせる。
一人はムスッと機嫌悪そうに。
一人はキョロキョロと周りを見回して。
一人はキョトンと首を傾げて。
一斉に黙ってわたしを見つめる。
――わたしは大きく息を吸った。

「…………だからって、この状況は一体なんなんだ――ッ!!!」

咆哮した。
近所迷惑を考慮する余裕を残念ながら今のわたしは持ち合わせていない。一斉に両手で耳を塞いでたった今の大声をやりすごしたらしい八人は何事もなかったかのように手を外し、十秒ほど前までの行動に戻ってしまった。

つまり。
二人はカレーの準備を再開し、
一人は漫画を読み漁り、
三人はガールズトークに花を咲かせ。
二人は無言で睨み合う。

――何の集会だコレは。

「まーまー。落ち着きなよ水無ちゃん」と、鍋をかき混ぜながら軽く言ってのける先輩と「騒いでも状況は変わらねえぞ」そう言ってスーパーの袋からルーを取り出して箱の表示を確認している田原。――事の発端であるあんたらが言うか、それを!?ギイッと睨みつけたわたしの眼力はしかし気にした素振りもない。

「水無ちゃん。いいから落ち着いてよっく考えてみ?」
「何をですか」
「今、ここには誰がいる?」
「誰がって……」

わたし。
と、
こーちゃん先輩。
田原。
涼太くん。
こーちゃん(わたしが誘った)。
お姉様(わたしが助けを求めた)。
大輝くん。
さつきちゃん(わたしが助けを求めた)。
牧江ちゃん(わたしが助けを求めた)。

「ほらね?半分は水無ちゃんが呼んでんじゃん」
「大所帯になったのはテメーのせいじゃねーか」
「あまりに悪意あるメンツだったからだよ!!何なのアレ!?一歩間違えば地獄だったからね!?何の拷問!?何なの?死ねって?わたしに死ねって言ってます!?」
「そーならへんよーにウチら呼んだんやろ?」

がなるわたしを「どうどう」と宥めてくれたのは牧江ちゃんだ。今日も今日とて部活後で、疲れているであろうにわたしのエスオーエスに快く駆けつけてくれた子。

「ごめんほんと、ありがとう牧江ちゃん」
「アハハッ!なに、改まって」
「持つべきものは友達だよね……!」

感激のあまり抱きついた。
「ホンマやられてんねんなー」と朗らかに笑う牧江ちゃんに存分に癒されるとしよう。「うおおおお!幽助すっげえええ!」と存分に冨樫ワールドを堪能しているお子様は、残念ながらわたしにあまりかまってくれないのだ。まあ、今朝の今だから感動の再会も何もないのはわかるけれど。「れいがーん!」……まあ、可愛いからいっか。

「えー!?さっきちゃん彼氏いないのー!?」
「キョーコさんこそー!駄目ですよ恋愛しなきゃ!私はちゃんとすきな人いますもん!」

あのコンビにはなんか恐れ多くて近付けないし。(いや、自分で呼んだんだけど。)

「…………」
「…………」
「…………」
「…………」

この二人には絶対に近寄りたくない。
「……何あのゾーン。不穏な空気が流れてる……」と後ずさりすると「オメーのせいだろ」と声。カレーは先輩にまかせ盛り合わせのサラダとゆで卵を担当している田原の手際はかなり良い。先の誠凛の合宿ではさぞかし腕を揮っていたことだろう。うっさい。とそっぽを向いて、牧江ちゃんの隣で何となく縮こまる。

「…………」
「…………」

居心地が悪い。
のは、100%この二人がいるからである。
というか、わたしが勝手に二人に対して気まずくなっているせいである。つまり、わたしのせいである。悔しいけれど田原の言う通りだ。睨み合うのに疲れたのか、今度は無言で顔を合わせないよう違う方向に座りこんで雑誌を読み始める二人。大輝くんと涼太くん。そんな不機嫌になるんならなんで来たんだと言いたい。けど言えない。怖くて。

「…………」
「…………」

牧江ちゃん。今日、家泊めてくれない?
んー、ムリ。狭いし。

「わたしが一体何をしたという……」
「色々したろーが。今回は全面的に涼太の肩持ちまくったしな、お前」
「…………」

消えたい。
――まあ、それでなくとも昨日の今日なわけだし。それに大輝くんには、すぐこの大人数になっちゃったから(意図的にそうしたのはわたしだけれど)説明できていないことが多々あって、それを考えると果てしなく気が重い。はああああ、と重い息を吐いて更に小さくなった。すると、控えめに服の裾を引っ張られた。

「環ちゃんのせいだけじゃないよ……」
「さつきちゃん?」
「……今日、IHの準決勝だったんだけどね……」
「ああ、そういえば。どうだったの?」
「勝ったよ。――けど、青峰くんは試合に出てなくて……」
「え、そうなの?」

耳元で、
限りなく小さく囁かれた言葉。
「…………ヒジが」
大輝くんを見た。

「――大輝くん」
「……んだよ」
「あの――」
「なーなータマキーッ!9巻どこーっ!?」

…………。
子供って残酷。

「……なに?」
「ユーハクの9巻!」
「本棚でしょう」
「10巻しかなかった!」
「えー?そんなハズないと思うけど……」

「あの人毎日掃除してるし」と続けて、早く早くとせがむこーちゃんを連れて居心地の悪いリビングを出た。瞬間にちょっとホッとしてしまったり。

……昨日の試合で、
ケガ――というか、故障か。
してしまったのだろうか。
…………。

「はーやーくぅ!」と、自分の欲求に著しく貪欲なこーちゃんは考え事をする余裕さえ与えずにグイグイとコレクションルーム(という名の漫画・DVD置き場)へ引っ張っていくものだから服が伸びないように慌ててついていく。

「えーと、ユーハクは……」
「こっちー!」
「あ、そっか」
「なんで自分ちなのに知らねーんだよー」
「多すぎて憶えらんないの」
「そーかあ?」
「漫画のことしかアタマにないお子様とは違うんですう」
「おれだっていろいろ考えてるよっ!」
「へえ、なにを?」
「いろいろは、いろいろだ!」
「はいはい」

「ハイは一回だ!」と偉そうに言うものだから、思わずでこぴんをかましてしまった。「だったらイロも一回でいいような気がする」とか軽口をいいながら冨樫作品の棚(ハンターは連載中だからまだ増える予定)を確認すると、なるほど確かに9巻を飛ばして10巻11巻と……あれ。

「なんだ。逆に入ってただけじゃん」
「あ、9巻!」
「ホラ」
「わーい!」

椅子を本棚に寄せて上に立ち、読み終えた4巻から8巻までを棚に並べて戻し、新たに9巻10巻11巻12巻13巻14巻15巻16……「――って何冊持ってくの!」全部出しやがった!

「まとめて持ってくー」
「そんなに持ったって、こーちゃん椅子から降りれないでしょ!」
「うん。だから、タマキ持って!」
「……さては計画犯だね?」

まさかとは思うがわざとわたしを連れ出したのではあるまいな。この子、始めからわたしに持たせるつもりで……恐ろしい子……!!――いや、これは何か違う。「なんのこと〜?」手ぶらであっさりと椅子から降りたこーちゃん。そういえばこの子、悪知恵にかけては小学生の域を軽く脱しているんだったな……。ここのところ可愛い姿しか印象になかったから、すっかり忘れてた。

「ったくもう。戻るよ」
「ほーい」

まったくもう、とコレクションルームを出て再びリビングに戻って来ると、先輩が開口一番に「カレーできたよーんっ」と声を弾ませる。この状況下でよくそんな声を出せるな、この人は。と怒りを通り越してもはや呆れていると、ふと両手の重みが消える。お?と手元を見る。抱えていたはずの漫画が消えていた。

「あー!あにすんだよーっ」

批難の混じったこーちゃんの声を辿ると、部屋を出た時は不貞寝体勢で雑誌をつまらなさそうに読んでいた大輝くんが見覚えのある漫画を左手に積んで歩いている。これから食事だというのでテーブルには置かず、隅の方の床に無言で下ろした。

「……ありがと」
「おー」

「もー!」とこーちゃんはふくれっ面で大輝くんを睨んでいた。いや、続きが読めるんだから君はそれでいいじゃないか。「井原っち。オレ手伝うスよ」と立ち上がった涼太くんが先輩から台拭きを手にダイニングテーブルへ歩いてくるので、慌ててテーブルの上の物をまとめて退かす。

「ありがと、環っち」
「へ、あ、うん」
「環ちゃーん!私も手伝うーっ」
「いや、桃っちはゆっくりしてた方が……」
「なんでー!?」
「料理にはぜってー触らせんなよ」
「あ、青峰君、ヒドイ!!」
「環ちゃーん。あとでつまみ作って〜」
「ねーちゃんはもう少し遠慮してくんないスかね!!人んちだよココ!!」

あれ。
空気が明るくなってきたような……。
カレーのおかげか。
先ほどよりも入り混じった感じの会話と空気に心が軽くなり、「枝豆なら冷凍でありますよー」と笑顔で返した。「環ちゃんは座ってて!」と口を揃えて言うものだから、先に漫画を読むと駄々をこねるこーちゃんを捕まえてダイニングテーブルまで連行する。その間に先輩と田原と涼太くんとさつきちゃんと牧江ちゃんで出際よく配膳がされた。カレーライスとサラダ、「デザートは梨切ってるよん」と先輩。

「えーと……何から何まで、ありがとうございます……」
「いえいえ」
「じゃ、みんな好きなとこ座って食え」

――もちろん。
我が水無家は三人家族であり、たまにこの先輩二人が家へやって来てくつろいだり、大輝くんが家へ上がり込んでいてごはんを食べて帰ったり、客人はあれど基本的にダイニングテーブルには入っても四人しか座れない。
――となると必然。
四人はダイニングテーブルに、残った五人はリビングのテーブルで食事することになる。

『おれ絶対タマキのヨコだからなっ!』
『じゃーオレ環の前な』
『環っちの前はオレっスよ』
『オレはお姉様と桃井ちゃんと牧江ちゃんに囲まれてハーレムしたいです』
『相変わらず素直な先輩やな!』
『じゃーオレもたまには』
『美味しいおつまみ作ってくれるなら良いわよ』
『え、じゃあ私もキョーコさん達とっ……』

「それではみなさんご一緒にっ――」
「いただきます!」「いただきます!」「いただきます!」「いただきます!」「いただきます!」「いただきます!」「いただきます!」「いただきます!」
「……いただきます……」

「どーしたの環っち。ホラ食べよ?」
「食えねーんなら食わせてやろうか?」
「オレが食べさせるっスよ!」
「ハッ。言い出したモン勝ちだ」
「タマキ、おれニンジン嫌いだからやる!」

何故こうなった。
心中嘆く。
「だから、オメーのせいだよ」
と平坦な声が聞こえる。
……ああ、そうか……。
わたしが、悪いのか……。

「ほら環」
「あーん!っス!!」
「ニンジンー!」

なら、仕方ないよね……。




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