「――そういえばお前、家どーすんだ」と、唐突に話題に上げてきたのは田原である。男バスのメンバーはとっくに午後練に入っていて、今は井原先輩――もといこーちゃん先輩が混じって5on5をやっている。わたしは座ってボーッと眺めていたのだけれど途中2号が膝の上に乗っかってきて未だに動こうとしないので仕方がなくそのままボーッとを継続している。田原は料理雑誌を片手に今晩のメニューを考えているようだ。一人暮らしのため、見れば大抵の料理は初見でもそこそこおいしく作ることができるらしい(意外性ナンバーワンだ。) 「今朝帰って来ただろ。美和子二十日まで戻って来ねーじゃねーか」 「ヒトの母親呼び捨てにすんのやめてくんない。……最初はインハイ終わってもそのまま黄瀬くん家で厄介になる予定だったんだけど……」 「あー、成程な。じゃーお前しばらく一人か。メシ作れんのか?」 「は、はちみつレモンなら……」 「ミツバチ・ハッチかテメーは」 「よく知ってるよね、そのキャラで」 ガラの悪い喋り口調と立ち居振る舞いからはたまに想像もつかないほど平和的で可愛らしい固有名詞が出てくるので非常に困る。みなしご・ハッチの歌が頭の中で流れ出すのを止められず、この話題は忘れるまでBGMになりそうだ。 「ごはんねぇ……」 ちなみに、わたしの料理の腕前は平均だ。 小学校・中学校の調理実習では取り立てて事件も起こすことなく済ませてこられた程度には。レシピを見ながらであれば初めてのメニューであれど悪戦苦闘しながらもなんとか形のあるものは作れるんじゃないかというレベルである。相田先輩よりは数百倍デキるであろうと自負してもいる。――でも、あと二週間あまり・かける三食を保たせられる腕だとはさすがに思えない。 「……まあ、どーにかするしかないでしょうよ。鍋モノ大量に作っておくとか、麺類日替わりで変えるとか、適当にやりますよ」 ちなみに早朝黄瀬くん宅を出発し、朝練の前に海常勢に挨拶を済ませ、一度家に荷物を置いてすぐ同好会室へ向かったため、大量の着替えの入ったカバンは玄関に放置されたままである。――だって面倒くさいし。どうせ親帰って来ないんだから、ちょっとくらいズボラやってもいいだろう。夕方スーパーで食材買って帰ってからでも困りはしない。 「ほーう……」 「なに企んでんの?」 「べっつに〜」 「うわ鳥肌が」 「そんなにかよ」 「うん。キャラじゃない」 目線はコートのまま。指先で膝上の2号の相手をし、口先だけで田原と会話をする。こんなに中身のない会話をするのは、本当に久々。のように感じられた。実際はそんなに日が経っていないものの、海常にいる間は何かと色々真剣だったからなあ……。と回想し、もう淋しくなってしまう。それだけあの空間が心地よかったのだろうけれど、なんか逆ホームシックみたいになっている自分に驚きである。わたしってそんなキャラだったっけ……。もっと面白味なく平凡で、可愛げのないキャラだったような気がするのだけれど……。 すると待てよ、じゃあ最近のわたしって更になんかまずくないか?告白に思いっきり動揺し、散々異性を意識しまくった挙句、かっこ良いとか悪いだとか妙に熱の入った応酬、そして極めつけは―― 『……り、涼太くんのことっ、信頼してるってこと!』 ――何の青春ドラマだ! あの時のテンションは自分にもよく理解できないけれど今だって決して後悔はしていないし涼太くんのことを(海常メンバーや黄瀬家メンバー込みで)思い浮かべるととても温かい気持ちになる。 ええええ、何これ。 わたしってこんなキャラだったっけ。 ……いやでも、先のこーちゃん先輩だってここにきて突然、これまでの助演男優賞的な立ち位置をかなぐり捨ててまで妙なキャラを暴露し出したしな……。 「田原……キャラって何だろうね……」 「相田!コイツに氷袋一つくれねえか」 『……もしもし。何』 『冷たいっスねー。今朝はあんなに……』 『……あんなに、何……?』 『……何でもないっス……ゴメンナサイ』 『で、何』 『もー環っち。さっきから「何」しか言ってないスよ〜』 『何か急にすごく胃がムカムカしてきたぞ。これはすぐさま通話を切っちゃった方がいいんじゃーないだろうか』 『あーっゴメン!ゴメンてば!』 『黄瀬くんってすぐに調子に乗るよね』 『え、元に戻ってる!なんで?そんなに怒ってるの?ゴメンってば〜』 『……で。涼太くんは何かわたしに用なんですよね』 『あ、それそれ』 『はい?』 『いや、環っちと別れてから色々考えたんだけど、やっぱアレ一回だけだと現実味なくて。もっかい聞きたかったんスよね』 『はぁ?なにそれ』 『環っちのことが好きすぎて、オレの耳が都合よく捉えた幻聴じゃないかと』 『……毎度毎度、よくそういうことを恥ずかしげもなくポンポン言えるよね!!』 『恥ずかしがってたら世界は何も変わらないス。だから環っちも、さぁ。もっかい言ってみ?涼太くんが一番かっこよかった!って』 『――ッ、もう二度と言わないからッ!!』 「どしたの水無ちゃん、んな大声出して」 「何でもないですッ!!」 「さー水無ちゃん!夕食の買い出しに、れっつらごーっ!!」 「…………」 もはやツッコむまい。 なぜか二人とも大きなリュックを背負っていること。なぜかふたりともわたしの買い物に付き添う気満々な様子のこと。なぜか二人がかりでわたしの両側をがっちりと固められていて逃走は不可能そうであるということ。それらあらゆるすべてに対してのツッコミを、わたしは放棄した。 「今日のご飯はなんじゃろな〜?」 「初回はとりあえずカレーとかにしとくか」 「いーじゃんいーじゃん。雰囲気でるぅ!!」 何の雰囲気? ていうかこれ確実に家に上がり込む気でいるよね絶対。 両側から肩を組まれてなすすべもなく引き立てられていくわたしをあっさりと見送る誠凛男子バスケットボール部の面々プラス本日新たに加わった2号。「ストバスは相変わらず仲良いよなぁ」と、わかっているくせにそれで丸く収めようとする日向先輩はオニだった。 「あっ。そーだ、なんなら涼太呼んじゃう?」 「いやいや。なんで呼ぶんですか」 「だって、人数多い方がいいじゃん。せっかくのお泊りなんだし」 「いやいや、でもアッチ神奈川……え?」 「ついでに青峰も呼んでやろうじゃねーか」 「はぁあああ!?」 ← → |