「こんちはでーす」 「あ、水無ちゃん。おっはよーん」 「よう」 いつもの同好会室。 いつものメンバー。 …………何故だろう。 何だかとっても懐かしい。 「ささ。座って座って」といつも通りのハイテンションな井原先輩にエスコートされて椅子に座る。机には大量のお菓子が山積みになっていた。…………。 「水無ちゃんの何気に気に入ってるお菓子をセレクトしてみました〜♪」 「はぁ……どうもありがとうございます」 「お前、愛想でももうちっとマシな顔できねーのかよ」 「無理です」 「水無ちゃん、通常運転って感じだにゃ〜」 お菓子の山からチョコパイをつまみ上げ、袋を開ける。いくらクーラーのついている教室といっても夏場である、溶けかかっていてもおかしくないであろうに一口食べてみればまだまだひんやりとしたチョコレートの触感。……どうやって?まあいいか。と食べ終わると今度はまいう棒サラダ味に手を付ける。にやにやと頬杖ついてこちらを凝視してくる先輩に「なんですか」と問いかける。 「ふっふっふ。いやー、やーっぱ水無ちゃんはウチのマスコットだなーと思いまして」 「は?」 「涼のことは友達だし大好きだけど、水無ちゃんはやっぱりこっちのもんだからさ。昨日の試合は残念だったけど、早めに帰って来て嬉しいなーってさっきゆーちゃんと話してたワケ」 「そりゃさすがの涼太くんも可哀想ってもんでしょうよ。あれだけ頑張ったのに」 「いやそれはそうなんだけど、それとこれとは話が別っていう話で……。……あれ?」 「なんですか」 「ポチ。――オマエ今なんつった?」 いつの間にかさっきまで机の上に寝そべって雑誌を読んでいた田原までこちらを向いていた。「なんですか田原まで」と、言いながら前の席でわなわなと震えている井原先輩から後退する。 「オマエ今」 「なんですか」 「み、水無ちゃん……!?」 「なんですか」 「涼太って」 「なんですか」 「――っ、涼太ァ――ッ!!テメーちょっと体育館ウラ来いやァァァァ!!!」 「えっ先輩!?」 「あーあ。キレちまった」 「なんでですか!」 「集団リンチだコラァァァ!!!」 アレは一体誰ですか。 「年に一回、あーなる」 言ってる意味が所在不明だ。 「涼太ァァァァァァ!!!」 ――あんな巻き舌の先輩初めて見た! 「コラ、ストバス部!うるさい!!」 「あ」「すんま」「せん」 「っへ――ぇ」 地響きのような声(般若のようなカオが生み出す一種の幻聴)が室内を響かせる。事情を話し終えたわたしはそろそろ足がしびれ始めているのだけれど椅子の上でキッチリと畏まった正座を崩すことができずにいた。ほんの五分ほど前の機嫌はどこへ行ったのか――いや、出会って約四ヶ月の間わたしの前で保ってきたテンションはどこへやってしまったのか。不機嫌マックスの顔なんて初めて見る先輩に若干萎縮する。 「へーへー『涼太くんまた遊ぼう』ってェ?そりゃーよォござんしたねェー?これで涼太のなっがい片思いもちょっとは報われたワケだァ」 「あ、あの……」 「名前も……『また遊ぼう』も……オレだってまだ言われたことないのにッ……!!」 「あー。そこで怒ってんのか」 「畜生、先越しやがってェ…………!!!」 先ほどは我を忘れて絶叫して夏休みの補習をしているクラスの先生からお叱りを受けてしまったため押し殺しているらしい怒り。けれど拳を握り俯いてぶるぶると震わせる先輩の方が何だか怖い。「昨日は知らねーガキに『こーちゃん』呼び先越されっしよォ……!!」……あ、そこでも怒ってるのか。そういえば『いつかオレのこと、こーちゃんって呼んでね!』(今はもう遠い笑顔を浮かべて)そう言っていたような気がする。あれ本気だったのか。ていうかこーちゃんは涼太くんの弟なんだけど……なぜか言ったら余計怒られそうな気がするので黙っておく。 「涼太の分際でェェェェェ…………!!!」 「コイツ、見たとおり自己愛つえーからな。自分そっちのけで友達同士がイチャイチャしてたらそらキレるわ」 「イチャ……、涼太くんとは別に何でも」 「涼太くゥゥゥゥん……!!」 「ひっ」 うわーめんどくさい。 怖いけどそれ以上に―― いつもより更にめんどくさい。 ――嫌だもう! こんなの井原先輩じゃない! なんか取り憑いてる! 「ま。そうでなくともここんところオメー涼太につきっきりだったろ。物分かりのいい先輩ヅラすんのも楽じゃねーってこった」 「…………」 こそ、と耳打ちされた言葉に沈黙する。 つまり……えっと……、 ――やっぱり怒ってるってことか。 「……先輩」 「…………」 「ごめんなさい……あの、でも、ないがしろになんかしてないですよ。わたしだって、先輩のこと、ちゃんと信頼してますし……」 「…………ふぅぅん」 「でも、あの、なんかすみませんでした。こーちゃん先輩」 恥を忍んで言ってみた。 さあ、どうだ。 どう出る! 「…………」 「…………」 「…………」 「あ。そうそう今日は順ちゃんトコに顔出そうと思ってたんだったにゃぁ。三人で行こうよっ!」 「戻った!」 「つか、なかったコトにされたな」 「るんるーん♪」 ……何だったんだ一体……。 「……何ソレ」 「犬です」 「……いや、そういうことじゃなくて」 摩訶不思議な体験を経て、なんとなく先輩の顔色をうかがいながら体育館(昼時のためもぬけの殻だったため外に出て探したのだけれど)まで歩いてきた。先輩はもうすっかり通常運転で、今もなぜか子犬を片手に無表情で鎮座している(昼食中)黒子くんからいつものニコニコ顔で「イヌ!!」と犬をひったくり持ち上げている。 「うわー、ポチ!本物のポチがいたよ!」 「ポチじゃなくて2号です」 「2号?何の2号?」 「人造人間18号的なアレ?」 「違います。ていうか水無さんって意外に漫画とか好きですよね」 いや、漫画は確実にお母さんの影響だけれど……。ガラスの仮面とかワンピースとか全巻揃ってるしな、うち。普段はお母さんのコレクションルームにしまってあるものの、大輝くんに見つかったら一ヶ月くらい居座られそうなので隠している。――と。そうじゃなくて。 「なんで体育館に犬がいるの?」 「今朝、拾ったんです」 「へえ。家で飼うの?」 「部で」 「部で!?」 「へー。看板犬か。いーじゃねーか」 「ウチにもいるしな。ちっこいのが」ニヤニヤと横目で見てくる田原を全力でスルーして、先輩に抱えられている子犬を見つめる。尻尾をふりふりとつぶらな瞳で興味津々、とこちらを見つめる子犬は人懐っこいようで、「おい井原、オレにも貸せよー!」と食事中の男バスメンバーもみんな気に入っているようである。わたしも日差しが強いのでわたしも木陰に入れてもらい、空いているスペースに腰を下ろす。今日はまだバスケしてないしお菓子食べたからお昼はいいか―― ――と考えながら、木の幹に隠れて一人食事をしている火神くんを見た。 「……何してんの?」 「シーッ!!」 「いや、シーッて……」 わんっ! 2号が吠えた。 「ヒーッ!!」 火神くんが図体をビクつかせた。 「いや、ヒーッって……」 「オメーもさっき似たような悲鳴上げてたじゃねえか」 「そうなんですか?」 「そうでもないよ」 「犬!!ムリ!!絶対!!」 「火神くん犬だめなの?ウサギだから?」 「兎?コイツのどこが!」 「トラだろトラ!」 「ほら、タイガーだし!」 「だからチゲーって!スよ!」 何の議論をしているんだろう。とやり取りを眺めていると、ワイワイ盛り上がる面々の輪からスーッと抜けていく黒子くんに気付く。手には2号を持っていた。 「で、それ結局なんで2号なの?」 「ボクと同じ目をしているそうです」 「ああ、黒子くん2号ね。言われてみれば似てるかも」 地面に2号を下ろした黒子くん。2号がふんふんと花のニオイをかいだり土を足でこすったりする様子を二人で眺めてみる。「水無さんはカントクみたいにならないんですね」の言葉に首を傾げると、いつの間にか2号の様子を携帯で逐一撮影している相田先輩を指差す。なるほど、犬好きか。……あれ。でも前は待ち受け画面ネコだった気が……。 「部で飼えるようにしたいんですけど……火神くんは犬が嫌いみたいです」 「みたいだね」 「なんとか慣れさせようと色々してるんですけど、うまくいきません」 「ていうかあのビビりようは何なの?」 「昔、噛まれたことがあるそうです」 「へえ。面白いね」 「水無さんの笑いのツボってどこにあるんですか?」 ← → |