ポリゴン | ナノ



  
自問自闘のバスケット



後半戦に差し掛かり。
試合は桐皇リードで12点差。
点差はあるものの全くそれを感じさせない海常の食らいつきで、熾烈を極める。向かいからサイドから後ろから、周りから、歓声が絶えず、井原先輩や田原も拳を握りコート内を食い入るように見つめ、声を飛ばしている。両チームのエース対決がなくとも、実力差がかなり拮抗しているチーム同士が激しくぶつかり合うこの試合は、互いに仕掛けたり仕掛けられたり、息もつけない試合展開に、興奮し、魅了される観客たち。声が、熱が、空気が。全てが違う、別空間のようで。

わたしは、ただ彼らを見ていた。
いや、見ているしか出来なかったのだ。

「青峰を……抜いたあ!!!」

そんな声を、聞きながら。


「スゲー……スゲースゲー!!スゲーよ涼!!」
「さっきの動き……」
「文句のつけようもない、青峰じゃん!」
「バスカン決まって……フリー入れっと、9点差だ。こりゃひっくり返るぜ、この試合」
「青峰の戦力も下がるかなー」
「もう思い切ったプレイは出来ねーだろ……あの自由気ままなスタイルが余計危なっかしくなる」
「うわー、ユキちゃんやるぅ」

フリーも逃さず1点を頂戴し、焦りの見え始める桐皇の攻撃、5番の今吉さんから大輝くんにボールが渡り――

「…………っ!?」
「ファンブル!?」

捕り……損ねた。
大輝くんが?
すかさず黄瀬くんが追いかけて、9番が止めに入るも大輝くんお得意の緩急付けたドリブルであっけなく抜かれてしまう。

「ぶちこめ黄瀬――!!」

これで――7点差。
と、過ぎった次の瞬間。

ボールを、まるで殴るような音がして、ネットをくぐるはずだったボールはちょうどリングの高さに近い客席に向かって平行に飛んで行った。

「……大輝くん」

呟いた、この声は届かない。
大輝くんの声もまた、こちらには届いてこない。空を切ったまま着地することとなった黄瀬くんに何か言っているようだけれど、何というか、

「あんなカオ――見たことない」

一進一退。
……というような、平和な響きではない。
第3Q残りのおよそ3分半、大輝くんのコピーを完成させた黄瀬くんと、闘志を沸々と煮えたぎらせる大輝くん。両者は衝突を見せないまま両チーム共に得点を続け――

8点差だ。

第4Qをまるまる残して、この点差。
デッドラインの15点をただ死守していた第3Q前半を思うと、上出来すぎるくらいだろう。黄瀬くんのコピーは完成したし、大輝くんはファウルトラブル。まあ、腰が引けた様子は全くないだろうけれど。

けれど、自分自身と戦っているかのようなあの感覚を、大輝くんは恐らくはじめて前にするだろう。

「来たぁあ!いきなり桐皇、一本――!!」

「まったく同じ……!?」

何もバスケに限ったことではない。
自身にとっての最大の敵は、
いつだって自分自身なのだ。

型のないシュート。
奔放なドリブル。
スキのないディフェンス。
そして――圧倒的に速度。

「スゲェ!!両者一歩も引かず……!!」

自分自身と向き合って、
一心同体で戦って、
そして勝敗を決めるのもまた、
自身でしかない。

「なぐり合いっつーより、もはやとっくみ合いだろコレ!?」

その空しさを知っている。
その苦しさを知っていた。

『オレに勝てるのは、オレだけだ』
奇しくも、ずっと言い続けてきたというその言葉が今、体現されてしまったわけだ。

そして黄瀬くんもまた。
大輝くんに『なった』今、
彼は自身と戦い続けている。
目の前に向き合っているのは、
かつて仲間だった人で、
目標だった人で、
動機だった人で、
そして、憧れて『いた』人。
今は、自分自身。

わたしは見ていた。
コートの外、少し高いところから、ただ二人を見つめていた。
戦っている二人。
戦い続けている二人を。

ただひたすらに点を獲り続ける二人の、
表情は何とも苦しそうなものだった。

ひたすらに体力と精神力を削られる試合。
特に黄瀬くんは海常の点差もある。どちらも交互に一本も落とさず決め続けるので、点差は8点差と10点差を繰り返し続けている。そして、差は縮まらないまま最終Qの残り一分だ。

これが、最後の一騎打ちか。
誰かが漏らす声が入る。

ボールを持ち、走る黄瀬くん。
立ちはだかる大輝くん。

互いに互いを見、
読み合い、
悟り合い、
向き合う。

「……がんばれ」

右か。
左か。

「――がんばれ、黄瀬くん!!!」

跳んだ。
後追いだったけれど瞬時に大輝くんが、
跳んで、
手を。
――これは、
止めら、

れ。

「――笠松!!?」

パス。
ここまで来て、
完全にワンワンの体勢に入り切っていた桐皇は不意を突かれ、ボールは後ろ手で笠松先輩のところへ――

と。

「――――!?」

褐色の掌が、確かにそれを弾く。
ボールはバウンドして、桐皇ボールに。

一瞬、場内も沈黙して。
ひと呼吸の後、歓声がぶり返した。

「なん――なんで!?なんで今の……」
「オイオイ、今のは完璧に予想外だったはずだぞ。今吉ですらシュートだと思ってもう止まってたんだ」
「…………目線のフェイク」
「え?」
「……を、入れてから跳んだんだと思います……でないと、あそこからのパスを止めるなんて……」

ここからじゃあまりハッキリとは観えなかったけれど。笠松先輩にパスを出すために、フェイクと見せかけて合図を送り、跳んだと見せかけてパスを出す。けれど、大輝くんだったらあそこで味方にパスを出そうなんて考えない。自分で決めようとするはずだ。だからフェイクなんて入れないし、よってフェイクを出した黄瀬くんの次の手が読めてしまったというわけか。

…………、
………………。

言うだけなら、なんて簡単なことだろう。

「――切りかえろ!試合はまだ終わっちゃいねーぞ!!」

笠松先輩なら、多分そう言うだろう。

打ちひしがれている暇はない。
桐皇にボールは渡り、
再び10点差。
試合時間、残り三十秒弱。
取り返そうとする海常。

桐皇の攻撃は止まず、
3Pを止められない。
全員で走ってパスを繋ぐ。
大輝くんに止められ。

大輝くんが跳ぶ。
黄瀬くんの掌が、ボールを掴む。
二人、掴み合って、
そのまま、ボールは押し込まれた。

「試合……終了――!!」




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