ポリゴン | ナノ



  
超えるためにやめる



ジャンプボールは小堀さんと若松さん(全試合通して何かしら煩い人だ)、ボールは海常の手に渡った――それを、笠松さんはいきなり黄瀬くんに回す。「うおっ。いきなりエース対決!」黄瀬くんのマークは最初から大輝くんで、構える大輝くんの左サイドからクロスオーバーで抜き去ろうとする黄瀬くん――を、抜いた一瞬の隙からスティールする大輝くん。

「おっ、スティール!!」

……視界は黄瀬くんの身体で塞がれていて、ボールは見えていないはずなのに。逆サイドから――しかも左腕で奪いやがった。ボールは桐皇の手に移り、若松さんから早打ちの桜井さんに回って、スリー。

「はっや……」
「先制は桐皇か」
「ていうかあの人毎回謝ってますよね」

綺麗にネットをくぐるボールに早川先輩お得意のリバウンドもなすすべなく、まずは桐皇が先制点をとった。ボールは再び海常へ――

「――また勝負か」

再び、向き合う黄瀬くんと大輝くん。
今度はさっき『観た』ばかりの桜井くんのクイックリリースで大輝くんのアタマを抜こうとする――

「――が。これにも追いつく、と」

後追いで跳んで、なんであんなに速いかな。と愚痴まじりに呟いた。指を軽くかすったため、シュートはリングに弾かれてしまう。リバウンドも桐皇がとり、主将の今吉さんがボールを手に、カウンター。
と、思ったら。

「そんなカンタンに流れをやるほどお人好しじゃねーよ!」

「キャーッ!ユキちゃんカッコイーっ!!」
「ちょ、先輩!あんま騒がないで下さいっ!!」
「オマエもだいぶうるせーぞ」

…………コホン。
笠松先輩のスティールとスリーで同点に追いついた海常。一度立て直してキッチリ攻め直してもいい場面で、すかさず返すことで桐皇に寄りかけていた空気をぶった切った――らしい笠松先輩。

「相変わらず、すっげえキャプテンシー」
「順ちゃんとは違ったタイプのキャプテンだにゃ。いい刺激になるといいけどー」
「かっこいいですよね、笠松先輩。秀徳とか桐皇とか、あとこれまでの試合もそこそこ観戦してますけど、キャプテンとしてあの人ほど頼りになる主将もそうはいないでしょうね」
「あれ。水無ちゃんが手放しに人を褒めた!」
「そりゃあ……ツッコミ疲れの苦労人という一点を除けば、非の打ち所がない人ですからね。素直に素敵です」
「りょおー!敵が!敵はすぐそこにいるぞおーっ!」
「……うるさい」

真面目に観戦するとして。
とにかく試合は文字通り一進一退。
笠松先輩に蹴りを入れられていた黄瀬くんは再度、今度はディフェンスで大輝くんの前に立つ。

「……で。涼太の完成具合はどうなんだよ」
「……とりあえず、地盤は固めたってとこですかね」
「地盤?」
「まだ、しばらくは出せないと思いますけど……」

パス――と見せかけてターン、左から抜こうとする。パスという選択肢が大輝くんにないのは分かっているため、ここまでは読める――けれど、黄瀬くんが左に対応し始めた時には既に右に切り返している、その速さ。しかし黄瀬くんもすぐに切り返し、大輝くんはその場で一瞬動きが詰まる。

「――黄瀬くんは強い。強くなりましたよ」

止められた不安定な姿勢からの、
フォームレスシュート。
――それさえ、止めてみせる。

「……止めた!」
「おお!スゲー!涼ー!!」

このインターハイですら向かう所敵なしだった大輝くんを初めて止めた黄瀬くんに、歓声が沸く。一気に温かくなる場内の空気を感じながら、自然と弛む頬をそのままにコートを眺めた。

「――桐皇は割に冷静だな」

テンションの上がる海常、盛り上がっていく場内とは異に、桐皇の面々の動きはいやに静かだ。田原の怪訝が滲んだ声に頷く。

「桐皇の最大の脅威は、さつきちゃんのデータディフェンスですからね。海常の皆さんの情報は事前に配られているはずです」
「んじゃ、ま……どう動くか見物だな」
「一応、対策として情報規制とさつきちゃんが読んでくるであろうデータを解析して皆さんに渡してあります」
「おお」
「……でも、これは『コピー』と言うよりは『見よう見真似』ってやつですからね。やっぱり数段は劣るはずですよ」

笠松先輩のボール。黄瀬くんはしっかりと大輝くんにマークつけられているのを確認した先輩は、桜井さんのマークから逃れた森山先輩にパスを――送るフリをしてドライブ。……これは読まれている。――そしてターンアラウンド――からの、フェイダウェイジャンパー……も、しっかり読まれていた。

「――けど、関係ねぇな!」

先回りして行ったディフェンスに動揺することなく、そのまま強引に打ち込んだ笠松先輩。……すっごく男らしい。爪先が掠ったようでリングに弾かれてしまったものの、そこは早川先輩の腕の見せ所。二対一をものともせず、相変わらずラ行言えてない早口×大声量で歓声に紛れることなく二階にまでしっかりと届いた、声と実力。森山先輩にパスが通り、シュートが決まった。

「おおっ、また決まった!海常絶好調じゃね?」
「そうか?桐皇も静かに返してんぞ。青峰あんま使ってねえけど」
「少し引かせてるのは今吉さん判断でしょうかね。大輝くんスロースターターですから、最初っから飛ばしてくる黄瀬くん相手に敬遠してるのか――」

あるいは、先の笠松先輩のプレイで黄瀬くん以外の四人のデータとの差異を観るに重きを置いているのか。後者の方だとしたら、すごいけどある意味少しゾッとする。だってこのデータディフェンスを取り入れたのって、さつきちゃんが入って来た四月からで、たった四ヶ月でもう桐皇の戦略の主軸を担っているということだ。いくら歴史が浅い部だからと言っても、それまでに培ってきた部としての在り方とか、戦い方とか、そういうものが内壁として拮抗していても不思議ではないというのに、この桐皇では全くそれが感じられない。大輝くんのワンマンにしてみても、この学校が勝つためなら当たり前にそれを受け容れる学校であるという事実が、不気味というか何というか。

怖い――というか。
いつか帝光の試合を観た時にも感じた、理解できないような感じの空気が、嫌だ。

「……海常って、いいチームですよね」

だからこそ余計に、
そう感じてしまうのだろうか。
海常で練習してきたこの一ヶ月間が、少しも嫌ではなく、むしろどこか安心を与えてくれたような気さえするのは、帝光や桐皇に対する感情が先行していて、その反動であるのかもしれないなぁ。

「……オマエ、どうしたんだ?」
「今まで誠凛に対してそんな優しい目を向けたことのなかった水無ちゃんが、海常に、だと……!?」
「あれ。わたし、口に出してました?」
「しっかりしろッ!目を覚ますんだッ!おのれユキちゃんめ、オレから水無ちゃんというオアシスを奪い取ろうなんて……ッ!キャプテンとマネージャーの部活ラブ発生フラグですかッ!オレも一緒に転校してもいいですかッ!その時は三角形の一角を担ってもいいですかッ!」
「先輩って、ちょっと会わない間にますます訳わかんなくなっていきますよね」


第1Qは完全に海常が流れを掴んだ形で終了した。点差は5点のリード。……5点か。徐々に調子を上げていく大輝くんや何を考えているかわからない桐皇の様子を考えると心許ないような気もする。

「……ま。こっからだろーなぁ。どっちも」
「あのまま大人しくリードされてやるようなタマじゃねえだろうしな」
「…………」
「水無ちゃん。大丈夫だよ、涼なら」
「…………ですね」

「……んー」と、頬を掻いて苦笑する先輩に気付いたけれども。何となく落ち着かない。そわそわするというか、むずむずするというか。なんか、どこか落ち着かない。不安、というのはある。けれど同じくらいの自信はあって。だったら何なんだろう、この不可解な胸騒ぎは。

「…………」
「……水無ちゃんさぁ」
「はい?」
「付き合うの?涼太と」
「ぶっ」

気を静めるために飲もうとしていたお茶を噴いた。むせてしばらく咳き込んで、先輩を強く睨んだ。先輩はとっても素敵な笑顔だった。(隣の田原まで気色悪い笑顔だった。気持ち悪い。)

「…………」
「ん?どうなの?どうなの?」
「……本人には『この試合に勝ったら付き合って』と言われましたが」
「え、マジ?今コレそんな大事な局面なの?」
「その後、『返事はおいおいでいい』とも言われましたが」
「…………どっち?」
「わたしが知るわけないでしょうっ!」
「わーテンパッてるー」
「テンパれテンパれ。もう一生こんな経験ないかもしれねーんだからな」

かかか!と非常に楽しそうに笑う田原を目力いっぱい睨みつけてみたけれどなんの効力もなく。

「…………付き合う云々は結局あやふやになっちゃいましたけど……でも、どんな意味を孕んだものだとしても、わたしは今日黄瀬くんに勝ってほしいと思ってるし、黄瀬くんを応援しています」

二分間のインターバルが明け、桐皇オフェンスから始まった。パス、スクリーン、シュート、いやに静かな立ち上がりだけれど、これで点差は3点に縮まってしまった。海常はきっちり返そうと場を立て直そうとするも、さつきちゃんのデータディフェンスでうまく攻撃が繋げない。――それでも黄瀬くんにはパスが通るようなマークの仕方をしているため、黄瀬くんは大輝くんと再度向かい合うことができる――のだけれど。

それは、自信のあらわれで。

「……大輝くん、手ぇ抜いてた訳じゃないのに――さっきとは全然違う圧力……」

ボールを――奪われる。

左――からクロスオーバー。と、もう一段の切り返し。完全に止めに入っていたはずの黄瀬くんを察して強引に右へ抜け、シュートに入る大輝くん。小堀先輩がファウ ル覚悟でブロックしたはずのそれも――手首のスナップで軽くいなし、ボールはネットをくぐった。

どっと沸く場内。
バスケットカウントを与えられ、当然のように1点。シュート2点と合わせて、とうとう同点に追いついてしまった。

それでも、黄瀬くんにボールは来る。

「ぺねれいと、って言うそうですね。大輝くんみたいなのを」
「ああ。相手のディフェンス振り切るスピードと巧みなドリブル技術、それに得点力が必要とされる攻撃手段だ」
「青峰で決める時、若松以外は基本味方もサークル内にいないっていう桐皇の体制もそのためだね。ここまでそれがハマっちゃってるチームも大概珍しいけど」
「……あれだけ練習しても、コピーは『完成』しませんでした。今が――黄瀬くんにとって正念場ですね」

笠松先輩がさっき今吉さんを抜いたパターン。完全に復元できていたそれも大輝くんに止められてしまう。着実に、道が閉ざされていくのを感じる。

――客席で観ているわたしが感じているこの胸の痛さを、黄瀬くんも今、感じているだろうか。切実に切迫した、この煩悶と焦燥を。コートで直に受けるプレッシャーはこんなものの比じゃない。

「……黄瀬くん…………」

『武器が無い』

一度見れば、再現できる。
モノマネと呼ばれ、。
ヒトマネと呼ばれるソレ。
いくら黄瀬くんがその能力で『キセキの世代』の一人となれたにしても、その『キセキ』をマネることができないのなら、結局それは『キセキ』以下の能力となってしまう。

――キセキでありながらキセキになれない。
そのパラドックスの原因は、活路は、黄瀬くんの心の中にあるから――

だから、今日。
いま。

どうかそれを見せて。

「憧れるのは――もう止める」

そして、超えてほしい。
どうか。




「#オメガバース」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -