「お姉様の言動の節々に悪意を感じる……」 リビングのテーブルにぐてっと突っ伏したまま、溜息を吐くようにボソボソと呟く。というか完全に吐いている。だってあのひと、完全に面白がっている。昨夜からわたしと黄瀬くんを見て……というか観てニヤニヤと楽しんでいるお姉様はわたし達の人間ドラマをエンターテイメントかだと思っていらっしゃるに違いない。夏休みこども劇場を観てドタドタとはしゃいでいるこーちゃんの足音をBGMにボーッと夏の暑さを体感しているわたしのそばを、洗濯物のカゴを抱えて通りがかったお母様の反応はというと「あらあら」。…………軽い。軽すぎる。 「環ちゃん、お疲れみたいねぇ」 「ええまあ、息子さんと娘さんのせいで」 「じゃあちょっとおつかい行って来てくれない?卵切れちゃった」 「『じゃあ』の使い方間違ってますお母様」 ああもうこの家の人たちは良くも悪くもマイペースすぎる。いやいいんだけど。でも心臓にはよくないのでちょっと勘弁してほしい。わたしをツッコミ疲れにして、取って食うつもりじゃないだろうなとかむにゃむにゃ考えてしまうのは一昨日の今日で平常心を未だ取り戻せていないからであって。返事を聞く前にお財布を握らせて下さったお母様に完全に敗北したわたしは炎天下の中歩いてスーパーまで向かうという苦行を実行する決心をしたというわけだ。 「あ、タマキ!おれのアイスも買ってこいよ」 「何言ってんのこーちゃん、キミも一緒に行くのだよ」 「えー!?やだ!」 「だってわたしこの辺道わかんないし〜」 「今ルフィ観てんの!モリア倒すまで待ってよ」 「それ一週目入ったばっかでしょ?平日は毎日やってても、モリア倒すまであと一ヶ月はかかるよ」 「なんで知ってんの!?」 「スリラーバーク編ならDVD貸してあげるから」と餌をぶら下げてみれば「まじかよ!」小学五年生は見事に食い付いた。うちのお母さんがジャンプオタクでよかった……。ぴょんとソファから飛び降りてこちらに駆けてきたこーちゃんの頭を撫でて、玄関に置きっぱなしにされていたキャップ帽を小さな頭に被せてサンダルを履いた。 「いってきまーす」 「まーす」 「こら。ちゃんと言わなきゃだめでしょ」 「なんだよ、タマキだって部活帰りはハショってるくせにー!」 「アイス買わないよ?」 「やだー!ガリガリくん欲しー!」 「こーちゃんって意外に安くつく子だよね」 わたしならハーゲンダッツを買うぞ。 なんて、そんな会話をしながら暑さから意識を外し歩いてく。これでもまだ太陽が昇り切っていないだけマシか……。黄瀬くんは今日も今日とてインターハイ三回戦、バーサス中宮南高校(香川県)。まだ八時台だから始まってはいないだろうけれど、今ごろはアップがてら軽く走っていたりするのだろう。一昨日の試合を観る限り、また昨日のビデオを観る限り(二軍の人が撮ったらしい)では危なげなく快勝を続けているため、今回も心配と言うほどの心配もいらなさそうである。――やっぱり問題は『キセキの世代』のチームであって。緑間くんは予選落ち、誠凛はトーナメント敗退ということで、今年のインターハイは『キセキ』チームが全59校中4校。他『キセキ』2名はトーナメントの場所的に考えて準決勝戦まで当たらないからして、海常が桐皇とあたる準々決勝までは4校とも普通にその舞台まで勝ち上がってくるに違いない。……という現在の全国男子バスケットボール部事情に少々思うところが無いわけでもないけれど。 「なータマキ、今日もリョータ勝つかな?」 「うん。勝つよ」 結局今日も、わたしは信じて待っているしかできないのである。あーあ。わたしって、なんて女の子なんだろう。なんてヒロインぶってみたりなんかしちゃったり。 「つまりは暇なのだよ……」 緑間くん風に呟いてみても何かが変わるわけでもなく。 「たっだいまー!環っちー!今日も勝ったっスよー!」 褒めて褒めて褒めて!と全身全霊でアピールしている黄瀬くんを全力をもってスルーし、汗だくの顔面にタオルをブン投げた。本日もお留守番だったわたしはすでに夕飯を完食して入浴もばっちり済んでいるため、別にもういっそのこと全く顔を合わせることなく部屋で寝ていたっていいのにそうしなかったのはなぜかというとやっぱり結果が気になったというか自分の目と耳で確認したかったからというかなんというか。黄瀬くんには大輝くんを倒してもらわなければならないので準々決勝までは進んでもらわないと困るからね。うん。わたしが。 「…………ん?」 というか準々決勝って明日じゃないか。 さすが青春の一ページ。 あっという間。 いやいや、早すぎだろう。 ……と、いうことはだ。 『青峰っちに勝ったら、オレと付き合って』 ……アレの結果も、明日? …………、 ………………。 「かーさーん、明日11時集合なんで昼食ってから行くから」 「あらそう。じゃあ早くできるもの考えとくわね」 早えええええええええ!! 「ちょっと、明日アレなんでしょ。因縁の対決なんでしょ?頑張ってね〜」 「因縁ってか……まあそうだケド。姉ちゃんに素直に応援されるとかなんかコワイ」 「あぁん?」 待って! 待って待って待ってちょっと待って! え、明日?もう明日? ホントハンパないなインターハイ! さすが青春! え、付き合うの? わたし黄瀬くんと付き合うの? 付き合っちゃうの? 「あれ、どーしたんスか環っち」 「うわわわわなんでもないっ!!」 いつのまにかバッチリ目が合っていたようで黄瀬くんがにゅっと顔を近づけてきたので勢い後ずさるとソファに座っていたことを忘れて思いっきり転げ落ちた。始めはきょとんとしていた黄瀬くんも「ははーん」と嫌な笑顔になってニヤニヤしだす次第である。 「さては、オレに見惚れてたっスね?」 「それはない」 「……そーいうトコ、さすが環っちっスよね」 持ってきた着替えセットを投げつけて踵を返した。あははは!一刀両断!と笑い転げるお姉様を視界の端に捉えつつ階段を上がり部屋へ向かう。途中、「もうちょい動揺してくれても……」ぶつぶつと続ける黄瀬くんを見下ろして、口を開く。 「黄瀬くん」 「ん?」 「……明日」 「…………」 「が、がんばっ……て。ね」 これくらいなら、許されるはずだ。 いや、許されるって誰に。 ――ていうか何を。 いやいや、そもそもこれはそういった意図ではなくただ協力者としての純然たる純粋な共感からくる応援の気持ちなのであって。 とか、そういう悶々など全く気にした様子もなく。数秒きょとんと目を見開いていた黄瀬くんは、 「うん!」 屈託なく、笑った。 ← → |