ポリゴン | ナノ



  
ミスター・目立ちたがり屋の学園コメディ



「やっほー水無ちゃん!」
「あ」

ある日の休み時間。扉のところから大声+笑顔+両手ブンブンで顔を出したのは、井原先輩だった。2・3年生の間では周知の事実、そして1年生の中でも知る人ぞ知る、『ミスター・目立ちたがり屋』。そもそもストバスを始めた理由が『オレが普段より更にかっこよく見えるから』というのは、入学式、同好会ゆえにブースの場所すら確保出来ずわたしの手を引いて連れてきた人気ない桜の木の下で聞かされたことである。井原先輩は人のいい笑みのまま一番後ろのわたしの席に寄って来て、椅子に座ったわたしの目線に合わせるように屈み込んだ。もちろん、着席しているわたしよりも先輩の座高のが高いなんてことはありえないので、わたしの目線の高さでは先輩の明るい茶髪が今日もワックスで重力に逆らって主張している。

「どうしたんですか、先輩」
「んー、水無ちゃんがもしかして友達出来なくてサミシー思いをしてたらヤだなーと思ってね!様子を見に来たのだよ!」
「はあ。まあ、ぼちぼちですが」
「ぼちぼちかぁ。水無ちゃんクールだから、オレ心配になっちゃってね!」
「はあ。それは、どうも……」

掴みどころのない先輩だ。もしかすると、掴むところなんて最初からないのかもしれない。ヘラヘラーっとやっぱり笑って、それから先輩は「あとお知らせが一つあってね!」と指を一本立てる。首を傾げると、先輩はズボンのポケットを何やらゴソゴソし始めて、携帯を取り出した。ストラップがじゃらじゃらぶら下がっているのがなんともこの人らしいなと感じる。開いてしばらく操作して、ホイっと向けられたディスプレイに写っていたのはメール画面だった。

「『今日行くわ』『ゆーちゃん』?」
「ゆーちゃんってのは、こないだ話した相棒!」
「ああ、『2人の集い』の……」
「オレにストリートのかっこよさ教えてくれたの、ゆーちゃんだからねぇ。で、そいつが今日来んだって。水無ちゃん初顔合わせじゃん!ウチは顔出しフリーな会だけど、だから今日は絶対来てねっ!て言いに来たのサ!今日は3人で楽しくバスケしよーよねっ!?」
「先輩」
「ん?何だいベイビー」
「キャラが把握し辛いです」
「…………」

周りにいたクラスメート達が「ソコゆーか!?」とどよめいたのがわかった。何を騒ぐことがあるだろう、非常に的確な指摘だろうが。と内心思ったけれど顔には出さず。先輩は「そこがオレの持ち味じゃねーか」フッと笑いながらそんなことを言っていたけれど、会って間もないわたしに先輩のキャラを把握することは難しい。ハードル高すぎです先輩。

「じゃーソユコトで!来てね!あと友達を大切に!チュッパあげる!ジャージ着替えて来てねん!オレのことはいつかこーちゃんって呼んでねー!ばいばいきーん!」
「…………」

あっという間の出来事だった。先輩が去った後、机に放られたチュッパチャップス(4本ある)を見つめて呆気に取られたままのわたしを前の席から牧江ちゃんが「かっこいーけど……付き合うんは大変そーやなぁ」と苦笑してくれたのが、唯一の救いだった。「水無さん」と声をかけられ、隣を見ると黒子くん。牧江ちゃんが「うひょぅ!」と勢いよく後ずさる。彼の登場は元関西ビトには些か心臓に悪いらしい。なに黒子くん、と答えると、黒子くんの前の席、つまり牧江ちゃんの隣にいた火神くんが「オイ」と突然話しかけてきたので牧江ちゃんは「おわぁ!」と座ったままひっくり返ってしまった。彼の登場もまた、彼女の心臓には悪いのだろう。わたしはというと、火神くんと話すのは初めてで、それも話しかけられるなんて思っていなかったから、少し驚いていた。顔には、出ないけれど。

「何かな、火神くん」
「あー、えっと、オマエ……」
「水無さんですよ」
「あーそうそう。水無。オマエ、バスケやんの?」
「多少は。ルールとかは知らないけど」
「はあ?」
「ドリブルして、パスして、シュートして。そういうスポーツでしょう?バスケって」
「…………」
「それさえ分かってたら、他はいい気がするんだけどな。あとは個人がどれだけ楽しんでプレイするかでしょう」
「…………」
「あ。チュッパいる?」

ちょうど4本あるし、と火神くんに差し出すと、少したじろいだけれど受け取ってくれた。黒子くんにもチョコバニラを渡して牧江ちゃんは抹茶ラテをチョイス。

「さすが帰国子女」
「んあ?」
「チャプスをチュッパするの、さまになってるね」
「うっへ」
「──さっきの話の続きだけどね。色んな理由でバスケやる人がいると思うんだ。勝ちたいから練習する人、ただ楽しみたくてプレイする人、嫌いになれなくて続ける人。それこそ、『カッコイイから』ってだけで始めた人もいる。なんとなーくでバスケする人も、いるかもしれない。それでもその人が誰かに、何を言われたとしても、そいでいて自分の意思でそれを続けるなら、それはスタイルの一つだと思う」
「…………」
「…………」
「環ちゃん?」
「火神くん。火神くんは、なんでバスケをしているの?」

牧江ちゃんも黒子くんも火神くんも、目を見開いている。チュッパチャップスをくわえながら、というのは少し笑えるような気もするけれど。笑わずに、そう問えば、しばらくの逡巡のあと「……何かよくわかんねーけどよ」火神くんは頭をかく。

「つえーヤツと戦って、ただひたすら戦って、血が沸騰するような、すげえゲームがしたいから、オレはバスケすんだ」
「……うん。いいね。黒子くんは?」
「ボクは、バスケが好きだから。ただそれだけです」
「うん。それもいい」
「──オマエは?何のためにバスケしてんの?」
「わたし?わたしはね──」

忘れたくない。
忘れるつもりもない。
逃げたかったけど、
それ以上に楽しかったから。
あの人とのバスケが楽しかったから。


カバンのヒモを肩にかけて、教室を出る。牧江ちゃんはHRが終わるとダッシュで飛び出して行き、黒子くんと火神くんもそのすぐあとに続いた。やれやれ元気だな、と思いつつ、わたしも渡り廊下を渡って2年の校舎へと歩き出す。井原先輩のいつもながらのハイテンションなお誘いを思い返して、もう一人の先輩、いわく『ゆーちゃん』なる人物が一体どんな人間なのか想像を巡らせ、正確さはイマイチだけれどスピードとキレのあるプレイをする井原先輩の相棒と、バスケをするキッカケになった人物ということでちょっとだけ期待を胸に抱き、先輩いわくほとんど使用されていないらしい東多目的室へとたどり着く。ほんの少し緊張しながら、扉を開けた。

「失礼します……」
「…………」

中には人がいた。井原先輩じゃなくて、黒髪の背の高い人が、こちらを鋭い目つきで見つめている。この人が『ゆーちゃん』なのだろうか。わたしを見て、「誰アンタ」と言った。心底、不審げではなく、忌ま忌ましげに。眉を寄せて。…………。あれわたし、この人ムカつくかもしれない。

「…………」
「誰アンタってきーたんだけど。耳ついてんのか?オイそこのオカッパ」
「……井原先輩から勧誘を受けて『ストバス同好会』に入った、水無環ですけど。テメーこそ誰ですか先に名乗れよ無礼にも程があるだろーが」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「ちーっす!ゆーちゃんおっひさー!」
「…………」
「…………」
「あり?なーんだ2人ともいんじゃん。何見つめ合ってんの?ラブ?ひょっとしてラブシーンなんですか?一目惚れってアリですか?オレって邪魔モノなんですかーっ!?」
「…………」
「…………」
「あり?ツッコミなし?」

ごめん先輩。
今そーいうのマジウザい。

それでもわたしと『ゆーちゃん』とかいう無礼な男が沈黙していると、先輩はこの険悪なムードをようやく読みとれたのか「あっ。そうそう」とわたしの背後に回って肩に手を添えてきた。

「ひっさしぶり、ゆーちゃん。家族旅行はどうだった?」
「あー楽しかったとも。バスケも出来たしな。ンなことより広輔。テメー、オレのいねー間に何勝手してくれてんだ。何だ同好会って」
「あっ。そうそう、この子!水無環ちゃん!水無ちゃんが入ってくれたからめでたく3人!同好会に昇格でーす。ぱちぱち」
「オマケに、よりによって、女!を!誘いやがって!ブッ殺されてぇのかテメー!」
「だぁってビラにプリントしたオレの勇姿、ジッと見つめてんだもん。かわいくてさー。水無ちゃん、オレそんなにかっこよかった?」
「え。あ、まあまあ。です」
「しかもこんな、山田花子が名前みてーな、日本を代表する女子みてーな髪型のヤツ入れやがって!」
「えー?おかっぱかわいーじゃんかー」
「…………」
「オレはなぁ、日本人形がでーっきれぇなんだよ!!ばーちゃんちにあった市松人形!髪が伸びすぎてケースの中でモンジャラみたいになってたわ!」
「え、日本人形ってホントに伸びんの!?見たい見たーい!モンジャラってポケモンだよね。なっつかしー」
「…………」

呆然と成り行きを見守る。というか、完全に蚊帳の外。二人の慣れきった空気と間合いに介入することが出来なくて数分ほど、黙って会話を聞いていた。っていうか黙って聞いてれば、言いたい放題だなこの男。そんなにわたしが入部(入会?)したことが許せないのか。なるほど女嫌いと日本人形怖いのケがあることはわかったけれど、それでもこの態度は頂けない。年長者という事実を差し引いてもムリだ。イライラと怒鳴りちらす件の男と、ほわわんとかわす井原先輩。男はもう既にブチ切れているのが一目で瞭然だった。……この二人、本当に友達なのだろうか。しばらくして無礼な男も井原先輩には何を言っても無駄だということに気が付いたのか、チッと舌打ちを一つして、わたしを睨んだ。わたしも睨み返した。

「…………」
「……?」
「…………」
「……わっ」

ふ、と、宙に浮く身体。足が地につかず、腰に何かが巻き付く感覚だけがした。気付くと、井原先輩がわたしを見上げている。「ゆーちゃん!?」と驚いたカオ。何が、と思って視線をさ迷わせると、黒髪とガクランが目に入る。そして、腰に回った手。…………担がれている?

「ちょっ、何すんですか!」
「ゆーちゃーん。いくら可愛いからって誘拐はさぁ……」
「うるせーアホウ」
「離れろ!放して!」
「テメーもうるせーよ」

そしてその体勢のまま歩き出す、非常に無礼な男。いきなり何をするんだ。そして何処へ行く。

「ハッ!ひょっとして二人っきりに!?いやんそんなハレンチな!ラブですか?フォーリンラブなんですか?学校でまさかのラブラブなんですかー!?先輩そんなの許しません!オレも混ぜて!」

……だから。
そーいうの、
今マジいりません。




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