「見送り、行くから」 「いらない。学校終わってすぐだし、車来るから」 簡潔にそう答えると、大輝くんはそれはもう不機嫌な表情を隠そうともせず前面に押し出した。つまり何かしら不満があるらしい。 「どうしたの」 「……何かよー」 「なに」 「冷たくね?」 「なにが」 「オマエ」 「……はぁ?」 拗ねたような、不満ありありなのがハッキリとわかる声でそんなことをボソボソと呟くものだから、思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。すると大輝くんは目だけをこちらへ向けて「ホラ、その態度が」と言ってくる。わたしはとりあえず、それまで目を通していたヨーロッパガイドの雑誌(リビングに置いてあった、多分お母さんが買って来たやつ)を脇へ置き、ベッドから起き上がって身体を完全に大輝くんへ向けた。つまり、今まではわたしも耳と目だけで会話していたわけだ。まあ大輝くんだって床であぐらをかいて少女漫画を読みあさっていたわけなのだけれど。 「態度が冷たいって言われてもな……」 「ふつう、客ほっぽって嬉しそうに旅行ガイド見るかぁ?一ヶ月も会えねーってのに。しかも、出発前夜」 「ふつう、出発前夜は忙しいものだっていうのに何食わぬ顔で部屋で漫画読んでる大輝くんに言われたくないよね」 「おばちゃん上げてくれたし。……おばちゃんって感じでもねーけどな、お前のかーちゃん」 「本人に言ってあげて。晩ごはん豪華になるかも」 「マジ?オレも食ってこっかな……じゃなくてだな」 「もう。なんなの?」 どうやらあっさりと他の話題に転換できるような主張でもないらしい。――の割には当人もなぜかまごまごとしていて、自身も言葉を探しているようですらある。 「言っとくけど、わたし、一応学校でもクールキャラで通ってるんだからね」 「キャラかよ」 「アイスドールとか毒吐きとか女王様とか呪いの市松人形とか」 「イジメられてんの!?いや、オマエがイジメてんのか……?」 「あ、最後のは田原だから。言ったらボコボコだから」 「女王様は?」 「井原先輩」 「最悪な先輩だな」 この間の一件で、『最悪』とまで称されてしまった先輩たち。……アーメン。仕方ない。けれど、どちらかと言うと、前に試合で見た大輝くんの先輩の方が性悪そうだったと思うのだけれど。ほら、あの、メガネのキャプテン。 「とにかく、これがわたしのフツウなの。今に始まったことじゃないし」 「ふーん……。昔はもっと色々、騒がしいヤツだったケドな」 「それはともかくとして。……別に、大輝くんだけに冷たいわけじゃないんだから、気にしないでくれると嬉しいな。みんな同じだよ」 「……それがヤなんだよ」 「え?」 よく聞こえなかった。と首を傾げると「何でもねェよ」再び漫画へ目を向けてページをめくり始めてしまった。はて、とわたしは数秒大輝くんを見つめていたものの、まあいっかと再びベッドへ寝転がるのだった。 「がっしゅく?」 「そ、合宿」 「海と山、夏の始めと終わりで二回やるんだと」 「で。せっかくだしオレらも混ざって浜辺の水着ギャルとひと夏のアバンチュール、常夏のラブラブランデブー!」 「相変わらず煩悩がだだ漏れてますね」 「あっ。水無ちゃんの前でちょっとデリカシーなかったかな……?いやでもオレは世界中の女の子のものだから、そりゃあ水無ちゃんは特別だよ?でも」 「わたしは喜んで欠席しますんでどうぞゆっくり永眠してきてください」 そんなこんなで終業式が終わり。 「じゃあ、行ってきまーす」 「いってらっしゃい。気をつけてね」 「環もね。くれぐれも粗相のないように」 「わかってるってば。そっちこそ、英語からっきしなんだから、迷子にならないようにね」 こんな感じでお父さんとお母さんと別れた。 駅まで乗せてってくれたお父さんに感謝して、切符を買って改札を通る。 土曜日に荷物は大方黄瀬くん宅へ移してあるので、学校帰りのリュックに入っているのは配布された宿題どもと女の子の身だしなみ(最低限)用品と飲み物とお気に入りのCDが数枚、それくらいだ。同室となるお姉様のお部屋のコンポを使用してもいいという許可を事前に頂いてあるため、『二週間コレを聴かねば、死ぬ』というモノだけを持ってきた。 「…………あと二週間、か……」 夏の全国大会、インターハイ。 全国から選りすぐりの猛者が集い、日本一を決める大会。ご存じの通り予選で上位二・三校しか通過することができないため、開催期間は一回戦から決勝戦まで、実質一週間といったところか。試合はトーナメント形式で、負ければそこでハイ終わり。 …………一週間、か。 誰よりも長くコートに立つあの人たちの姿をくっきりと思い浮かべ、電車に乗り込んだ。 あと一週間。 半月あまり続けてきたこの奇妙なタッグも、そろそろ仕上げの段階に達している。 「あっ!環−っ!」 「お兄ちゃんっ!」 ……この設定も、そろそろ板についてきた頃かな? ← → |