ポリゴン | ナノ



  
来年また話しましょう



空は青い。
雲は白い。
そして、太陽は熱い。

「……はぁ」

なんでこうなっちゃったんだろう。

「水無ちゃーん。はい、ゴクリ」
「……どーもです」
「そんなに落ち込まなくってもさー」
「誰のせいだと思ってんですか」
「んー。オレら?」

コートの傍らにあるベンチでジュースを飲みながら話をする、わたしと井原先輩。その視線の先には、コート内でプレイする選手もとい大輝くんと田原。状況は田原の劣勢のまま勝負は進んでいる。ぼんやりとそれを眺めながら、何がどうしてこうなってしまったのだろう、と本日何度目かになる疑問を抱きつつ大きく息を吐くと、隣に座ってなっちゃんを飲む先輩は普段通りの人懐っこい笑みで「でもオレは水無ちゃんも悪いと思いうんだけどなー」と言う。

「なんでわたしが悪いんですか」
「青峰なんて胸熱な隠し球を今まで隠してた罪?」
「むねあつ……?」
「彼氏いるんならいるって、最初にちゃんと言ってくれないとさぁ」
「ぶっ」
「あーあ。涼も可哀想に。ん?いや、涼は知ってたっぽいのかにゃ?」
「か、彼氏じゃないんですけど!」
「ほーう?友達と、しかもバスケ繋がりの友達と遊ぶのに水無ちゃんがスカート履いてきたところをオレはまだ一回も見たことがないんだけどなー。おかしいなー。なんでだろーなー」
「そりゃ、今日はバスケするつもりじゃなかったし……」
「だから、デートだからでしょ?」

段々しどろもどろになっていくわたしの返答に対してズバリ。と切り返してきた先輩の言葉にあえなく沈黙。撃沈。時間を稼ぐためにジュースを一口、その冷たさが少しだけ上がった体温を下げてくれたのだろうか、「でも彼氏じゃないです」と呟いた声は少し落ち着いていてホッとする。「うんうんそーかそーか」と生温かい目でにんまりとこちらを見下ろしてくる先輩を総スルーして、しばらくはグレープフルーツのさっぱりした甘さと酸味を楽しむことにする。七月の太陽の下、動き回る彼らを見つめながら。

「……なにが一番悔しいかって、スカートを履いてきた自分ですよね」

どうせバスケをすることになるのならば、最初から諦めておけばこんな炎天下で二人をただ眺めるしかないなんてつまらなくなることはなかったというのに。この二人の(特に田原の)バスケへの執着とガキのような好奇心、加えて実はバスケ大好きっ子の大輝くん。その三人がご対面ともなればバスケは必須だろう。止められるわけがないだろう。なんでスカートを履いてきた。なぜサンダルをチョイス?そんなに映画が観たかったのか?否。うわーわたしって浮かれてたんだ、と再認識して再び顔が熱くなる。

「……くそう。まさか指くわえて見てるだけの凌辱を受けるなんて」
「うわーなんかオレ達ちょう悪者になってんねー」
「一旦家帰って着替えてきてもいいですかね」
「したら頭冷えた時、青峰が落ち込むよ。映画は昼からでも行けるでしょ?」
「んー……」

でもやっぱしたいなぁ、バスケ。
人がしているのを見ているだけしか出来ないなんて。
これは本当に苦痛。

「――にしても。なんで田原はあんなに嬉しそうなんですか」
「え、だってあんなに強い奴と出会えたからでしょ」
「いや。だってさっきまであんなに険悪だったじゃないですか。大輝くんと」

結構割となかなかに本気で相手をしている大輝くんは今じゃすっかり乗り気で、フォームレスのシュートまで出して田原を圧倒しているし、田原はシュートを止められはしないものの地上では大輝くんの動きに必死で食らいつけている。それでもシュートは止められないので点差は開くけれど、まだまだ!と声を張る田原はとても楽しそうだ。「楽しそうですね」と呟いてみた。やっぱり大輝くん格ともなれば、悔しさ余って楽しさ百倍なのだろう。

「なーに言ってんの。水無ちゃん」
「はい?」
「水無ちゃんとやってる時も、ゆーちゃんはすっごい楽しそうだよ」
「…………」
「……水無ちゃんは本当に、ゆーちゃんを何だと思ってんのさ」
「え、バスケ煩悩の塊?」

まあそれは。
奴だけに言えたことじゃないけれど。

三十分後。

「…………」
「…………」
「…………」
「……すみませんでした」

きちんと詫びられた。
ので、呆れる気も失せた。
「もういいよ」と返して苦笑してみせたのだけれど、大輝くんは肩を落としてハーッと大きなため息を吐いた。え、そこまで落ち込まれると、今度はこっちが申し訳ないなぁ。

「もういいよ、大輝くん。あれは先輩達がどうにか大輝くんとバスケをしたがって、ない知恵振り絞って必死で考えた策だったんだから仕方ないって。仮にもわたし達より一年長く生きてる分、悪知恵が勝っちゃったんだって」
「おれあんま人のこと言えねーけどよ……、スゲー言い草だな」
「わずかに感じていた敬意が今お留守でね」
「それより映画……」
「次のが……十二時四十五分からみたい」
「じゃあそれ観る」
「えっと……じゃあ先お昼食べちゃおうか。動いたから、お腹空いたんじゃない?」
「……ん。お前は?」
「アイスとか食べたい。冷たいやつ」

なんとか方向切換えに成功。
出発進行。
それにしても、田原。
月曜日――覚えてろよ。


『で、映画は面白かった?』
『うん、なかなか。アクション物選んでよかったよ。やっぱ向こうのは迫力あるわ』
『その後は?どっか行ったの?』
『しばらくカフェでお茶してパフェ食べたり、ゲーセンで遊んだり。あ、ぬいぐるみとって貰った。くまさん』
『へー!青峰くんもちゃんとそーいうの出来るんだぁ』
『それで服見て……そうだ、インハイ終わったら海行こうってなって水着買った』
『海!?いーなー!』
『よかったらさつきちゃんも来る?』

電話口の声だけでもはしゃいでいるのが丸分かりの弾んだ声でわたしの報告を聞くさつきちゃんに、好意からお誘いしてみたのだけれど。『えー私お邪魔じゃん』と言われたので沈黙。べ、別に邪魔じゃないけど……。でもよく考えれば三人で海行くって微妙かもしれない。そういえばさつきちゃんと知り合って、まだ一ヶ月経ったか経ってないかくらいなわけだし。そんなことも感じさせないくらい、さつきちゃんはすごくフレンドリーでいい子だし、こうしてしょっちゅう連絡を取り合っているのだけれど。風呂上がりで濡れた髪を片手のタオルで拭きながらも携帯から聞こえてくるさつきちゃんの声に耳を傾ける。

『あーあ、私もデートしたいなー。テツくんと』
『まだ落ち込んでるみたいだけど』
『あーあ、デートしたい顔が見たい声が聞きたいアイス食べに行きたい海も花火も祭りも行きたいラブラブになりたいー!』
『煩悩の塊だね』
『なによう。いーよねー環ちゃんは。青峰くんとラブラブなんだからさー』
『ラブラブじゃないっ!』
『え、なに?嘘、じゃあ青峰くんの片思い?』
『え、あ、いや』
『いや?』
『いや……えっと……』
『うん』
『…………』
『…………』
『……あ。キャッチ』
『ウソ!!』
『ホントだって。切るね。この話はまた…………来年あたりに』
『なにその微妙なチョイス!!』

なんか前にも誰かに突っ込まれたような言葉を挟まれたけれどとにかくさつきちゃんとの通話を切って、再び通話。キャッチが入ったのは本当だ、別に嘘を吐いたわけでは決してない。……決して。

『……もしもし』
『あ、環っち?こんばんは〜』
『黄瀬くん、ナイスタイミング』
『は?』

思わずグッジョブと労ったわたしに首を傾げているのだろう、少々戸惑いながらも『環っちに褒められた!』と一秒後にはすっかり元の常時ハイテンションなトーンに戻って『で、どーだったんスか』と言う。

『どうって、何が?』
『デート』
『デートじゃないっ!』
『え、じゃー何なんスか』
『…………お昼食べて映画行ってお茶して遊んで買い物してイルミネーション見て帰っただけ』
『はいはい。デートね』
『だからっ』
『井原っちと田原っちとの対面の方はどーだった?つつがなく終わった?』
『いや、結局二人と勝負することになっちゃって……でもまあ、それ以外は特に何事も。海常のことも黙っててくれてるし』

これをダシに他にも色々と言いつけられるかと思ったけれど(特に田原)そんなことはなく、勝負を終えた二人は両方大輝くんに惨敗したにも関わらず、勝負前の態度の悪さは一体どこへやら、妙にスッキリしたカオでお礼を言ってきたのだ。別れる際にはポカンとする大輝くんの手を無理やり取って握手までしていた。これ以上の接触を図られるととても面倒なので大輝くんのメルアドは死守したけれど。インハイ終わったら別に普通に会わせてもいいんだけどねー。そこまで喋って、一つ息を吐く。

『そっか』
『井原先輩あたり、すぐ友達になれそうだよね。田原もまんざらじゃなさそうだったし。プレイしてる間は』
『そ……スか』
『なに、歯切れ悪いね』
『別に、そんなことは』
『…………』
『…………』
『…………』
『なんか……オレの位置、取られそうで』

間。

『あははははっ!』
『ちょ、笑わないでよ!』
『あははははははははっ!』
『笑いすぎ!!』
『え、なに?大輝くんに二人を取られるって思ったの?比べちゃったの?嫉妬しちゃったの?ヤキモチやいちゃったの?』
『う、うううううう』
『かわいいなー』
『可愛くないっ!』
『大丈夫だよー?みんなちゃんと黄瀬くんのこと好きだからねー?大輝くんと黄瀬くんは別人なんだからねー?比べる必要なんてないんだからねー?』
『な、なんスかその口調……っ』
『んー?いやいや、なんか、今まで黄瀬くんの弱いとこ見たことなかったから。なんか新鮮で』
『新鮮て。つか、オレの弱いとこなんか環っちいっぱい知ってるじゃんスか。オレ、いっつもイジられ役だし』
『や、それは黄瀬くんのキャラであって弱いのとは違うよ。黄瀬くん、いっつもなんだかんだ言って結構しっかりしてるし。芯が強いっていうか』
『えー。そっスか?』
『そっすよ。だからわたし、結構頼りにしてんじゃん』
『…………』
『なに?』
『今、電話なのが惜しい』
『どういう意味?』
『こっちの話』





BLコンテスト・グランプリ作品
「見えない臓器の名前は」
- ナノ -