「映画は十時半から始まるからね」 「おう」 「その前にストバスの先輩を紹介するけど」 「ああ」 「なにかと血の気の多いのが挑発してくるかもしれないけど、相手にしなくていいからね」 「はいはい」 「聞いてるの?」 「聞いてるよ」 「だったら今言ったこと復唱して」 「…………」 「聞いてないんじゃん!」思わず声を荒げるわたしに対し、隣を歩く私服の大輝くんは「聞いてたよ。お前の声を」しれっとそんな言葉を吐く。唐突にそんな口説き文句みたいなことを言われて咄嗟に何も言い返せないわたしを見下ろして、大輝くんは満足そうにわたしの頭を撫ぜた。……まったくもう。すぐそうやってごまかすんだから。待ち合わせに遅れてきた時もわたしの服装を褒めることでうまく収めちゃったし。 「……大輝くんはずるい」 「あ?何が」 「今日はわたし、頑張っておしゃれしてきたのに」 「かわいーっつったじゃん」 「何か軽いなぁ」 「思ったまんま言っただけだ」 「ほんとに?」 「ほんとに」 丸一日ふたりで出かけるのは初めてのことで、わたしは少々舞い上がってしまい、いつもはバスケばかりしているため滅多に履かないスカートやレース編みのニットカーディガン、装飾品に、靴もグラディエーターとか履いちゃったり。わたしのそんな精一杯のおしゃれを褒めてくれたのは嬉しいのだけれど、あまりにさらっとそういうのを挟むので悔しいやら恥ずかしいやら。まあなんだ、あれだ、心臓がもたない。大輝くんも今日は珍しくちゃんとした私服で。いつもの腰パンにだぼっとしたズボンじゃなくて、足長に合う細身のストレートジーンズ。胸元が大きく開けられた柄シャツの中はやはりタンクトップだけれど、シルバーのトップがついたペンダントがそこから覗いて、全体的に落ち着いて大人っぽい雰囲気が出ていた。背高いし体格とか顔つきとか肌色とか、元々が同年代より大人びて見えるのが際立っている。その証拠に、こうして並んで歩いていると通行人から向けられる視線が、……やばい。なんか、挫けそうだ。どうした、と覗き込んでくる大輝くんに何でもないと返し 、繋いだ手を軽く握る。 「お。あそこか?」 ああ、本当に気が重い。 見えてきたコートには既に人影があって。 足を止めて、思いっきり息を吐く。 そして、深く吸い込む。 「……じゃ、行こうか」 「ん」 「あ!水無ちゃん!おはー!」 「ちわです」 「んー!いつも可愛いけど今日は特別に女の子らしくてキュートだね!チューしてもいい?」 「お願いですからそういう絡みやめてください今日は本当に」 「えー」 普段通りにくっつきにかかろうとする先輩に牽制をして、目で隣に視線を促すと 「あー」と納得したような声を出して距離をとってくれた。悪びれず笑う先輩を睨む。「おお。来たか」と、やっとわたし達が来たことに気が付いた田原は近付いて来る。こっちを見下ろして、ふいっと見上げる。「ふーん」と言ってから再びわたしを見てニヤリと笑う。という、妙な行動に首を傾げていると。 「よく来たな、環」 は? 「つーか何でスカートだよ。バスケ出来ねじゃねえか」 「え、いや……今日はしないって言ったでしょう。ってか」 「コイツがお友達の青峰?あー、そういえば試合で何かチョロチョロやってたような気ィするわ」 「は?いやいや何言って」 「ど〜も。俺らの可愛いコーハイがいつもお世話になってます〜」 「敬語似合わなっ!!」 「んだとぅ?」 「だってホント……っぎゃー!!髪を触るな髪を!!」 「口の減らねーガキにはお仕置きだ」 「ちょっ!これセットにどんだけ時間かけたと……!!」 「ふはははは」 「キモい!!笑顔がキモい!!」 「うわーゆーちゃんがすごい楽しそうだぁ」 「先輩は見てないで止めて!!」 いつの間にか大輝くんと繋いでいた手は放れて、髪をぐちゃぐちゃにかき混ぜる田原に本気のパンチを入れていた。悪意を隠さない楽しげな笑みと、「オレも混ぜなさーい」と入ってきた井原スマイルを睨み付け、とにかく二人から離れる。なんなんだ今日は。田原に至ってはお前いつもそんな呼び方しないだろうがとかあんたらが紹介しろっつったんでしょうがとか突っ込みたいことが色々あるけれど、今はもう気疲れで言葉が出ない。息を調えるうちに怒りが収まると、次の瞬間ハッとした。 恐る恐る、隣を窺う。 「…………」 大輝くんがめちゃくちゃこっちを見ていた。 見ているだけというのが何かやけに怖い。 「…………」 「あ、あの、大輝くん?」 「…………」 「えっと……茶髪でぺらいのが井原先輩で、黒髪のキモいのが田原だよ」 「あれ水無ちゃん。失礼だなぁ」 「お仕置きが足んねーんじゃね?」 「あんたは黙ってろ!」 ピクリとも動かずにただ二人を凝視する大輝くんにもう一度呼び掛ける。大輝くんの腕を掴んで軽く引っ張りながら呼べば、やっと「ああ」と反応してくれた。 こちらを向いた大輝くんに目の前の二人をもう一度紹介すると、今度は不機嫌そうに二人を見る。……あ、これ印象悪いな。と感付いた。「よろしく」と、気持ち悪い爽やかな笑顔で田原と井原先輩が手を差し出して、大輝くんは無言で片手ずつそれを受ける。 「…………」 ぎり。 「…………」 ぎりぎり。 「…………」 みし。 「…………」 みしみしっ。 「…………」 ぎゅうううううううっ。 「……痛ってぇーッ!!」 しばらく続いた無言の握手に、真っ先に声を上げたのは先輩だった。ブンブンと思っきり手を振って、大輝くんと繋いでいたのをほどき涙目で手の平を見る。リタイアした先輩には目もくれず、大輝くんと田原は未だにぎりぎりやっている。 ……この人たち、何やってんの? 「……何してんの?」 「握手」 「こんな渾身の握手初めて見るんだけど」 「友好の証だ」 「人の悪そうなカオしてよく言う……」 思いっきり邪悪な笑みを浮かべて未だにお互い手を離さない二人を白い目で見てやると、最後にブン!と思いっきり腕を振るようにして離した。……なんで初対面でそこまで仲悪いのあんたら。とは思うけれど、わたしも田原の時はどっこいどっこい、人のことは言えないのかもしれない。となれば、なんだ、つまり田原の性格の悪さが外面に滲み出ているということで、仕方のないことなのかも。とかなんとか観察を終え、「大輝くん、そろそろ行こっか」と声をかける。紹介はとりあえず(妙な空気のまま)終わったわけだし、もういいだろうと大輝くんの腕を掴もうとした。互いにあまりいい印象はなかったようだけれど、とりあえず何事もなくつつがないまま、この邂逅は幕を閉じようとしていた。 「待てよ」 この男──ハイパーミラクルビッグバン級バスケバカがまた変なことを言い出すまでは。つまり田原だけれど。 「なあ」 「嫌です」 「まだなんも言ってねーよ」 「駄目です。無理です。わたし達はこれから映画を観るんです。半から始まるんです。もう時間がないんです」 「まあまあ水無ちゃん。映画ならオレといつでも行けんじゃん」 「大輝くん、早く」 「ちょっと遊んでこーぜ、青峰クン」 ……やっぱ来るんじゃなかった! ← → |