ポリゴン | ナノ



  
気が重い顔合わせ



『ところで、誠凛っていつから夏休み入るんスか?』
『20日に終業式』
『あ、じゃあウチと同じっスね。オレん家来るのも、じゃあ20日からってことでいっスか』
『うん。お世話になりますお兄ちゃん』
『心臓に悪いからやめてクダサイ』
『また持病?大変だね』
『…………。ガッコ終わったら迎えに行くよ』
『え、いいよ。練習あるし、海常までは一人で行けるから』
『荷物あるでしょ。荷物持ち』
『いやいや、尚更いらないから』
『いやいや、付き合わせてんのはこっちなんスから。環っちは大人しくエネルギー溜めててくださーい』
『……じゃあ。お言葉に甘えて。予定通り、ご家族には日曜にご挨拶に伺うから』
『オッケ。言っとくっス』
『あと、土曜なんだけど……ごめん。練習出られなくなった』
『え、なんで?』
『先輩と田原が、今回のこと黙ってる代わりに大輝くんを紹介しろって煩くて』
『あー……カントクにはオレから言っとくんで』
『ごめん』
『ん……じゃ、また』
『またね』

通話を終え、軽く息を吐「友達か?」…………っ!?

「よ。校内で会うの、なんか新鮮だな」
「……なんでそんな嬉しそうなんですか」

背後から突如として降りかかった声に勢いよく振り返り、顔を見て思い切り後退った。木吉先輩、と吐き出す声に疲れが混じっているのはこれからロスするエネルギー量を想像してのことだ。木吉先輩は両手いっぱいにパンを抱えていることから、この中庭から少し離れたところにある購買のパン争奪戦で見事勝利をおさめて帰還するところなのだろう。「環ちゃんは買わないの?」と、携帯とは別の手に持っている財布を見て首を傾げる先輩に肩をすくめる。

「早めに出て来たんですけど、タイミング悪く電話が鳴っちゃって」
「なら、早く行かないとなくなっちゃうぜ」
「わたしにあの死線は掻い潜れません」
「なるほど」

お腹は空いたけれど仕方がない。二年の教室に行って井原先輩がいればお菓子でももらおう。捕まらなければ放課後まで待って部室に保管されているおやつボックスから適当に発掘して食べよう。そう考えて、ジュース買って戻ります、と続けようとしたわたしの前に、木吉先輩が右手を差し出す。大きな手はメロンパンを持っていた。

「はい」
「……はい?」
「あ、メロンパン嫌い?」
「メロンパンは大好きですが」
「じゃあ、どーぞ?」
「……あ、ありがとうございます」

ごく自然に差し出されたメロンパン慌てて受け取る。「一個じゃ足りないか」とパン山から二三個わしづかみする先輩に首を振り一つで充分ですと告げ、頭を下げた。

「ありがとうございます。助かりました」
「ん、いやいや。──そうだ環ちゃん。よかったら昼、一緒に食わない?」
「……え?」


「おう、遅かったな」
「いやー悪い悪い。混んでて」
「ん?おい、ポチじゃねえか」
「…………」

屋上の一角を陣取っていたのは田原だった。なんだ、田原と一緒に食べるのか。てっきりバスケ部二年ズで仲良く食べてるのかと思ってたけれど。わたし達に気が付いた田原は片手を上げる。木吉先輩が近寄るので仕方なくわたしもついていく。屈んだ木吉先輩が田原にパンを手渡して隣に座る。「なんでお前が?」と不思議そうに見上げる田原にさっき貰ったメロンパンを見せてその隣に座った。

「木吉先輩、どうして田原なんかとお昼食べてんですか?友達いないんですか?」
「オレなんかってどういうことだコラ」
「委員会の集まりらしくってさ。それに田原がガッコ来てるの珍しいし」
「なるほど。苦肉の策ってやつですね」
「オイ」

貰い物のパンを頬張りながらの会話。
行きがけに買った紙パックのオレンジジュースで喉を潤し、お腹を満たしていく。この場に井原先輩がいないというのが少し違和感だけれど、まあ井原先輩は誰とでもうまくやっていけるのだろうし。A組は伊月先輩がいたっけな……、などと思考を飛ばしながら、二人の意外と穏やかで平凡な会話を聞き流す。短気で横柄で偉そうな田原だけれど、木吉先輩とは普通にスムーズな会話が進んでいる。

「お前、昨日火神と戦り合ったんだって?」
「ああ。スゲー強かった」
「聞いたぞ、上履きのことも」
「ハハ。うっかりなぁ」
「で、なんでいきなりワンワンだよ。何か企てでもあるわけ?」
「いやいや、ちょっとした興味っつーか。でもやっぱ腕は鈍ってたなぁ」
「相田が特練組んでんだろ?」
「部練メニューについていけるよう、頑張るよ。また練習付き合ってな」
「おー。あんま無理すんなよ」
「11月まで、あっという間なんだろうな。入院生活は楽しかったけど、一年は長かったよ」
「うし。今日は特別に部練付き合ってやる」
「サンキュ」

田原が普通に友好的だ……と妙に新鮮に思えてしまう。なるほど、この組み合わせは斬新だ。パンを咀嚼しながらそんなことを考えていると、「そういや環ちゃんさ」不意に話をふられて少し慌てる。

「なんです?」
「あの二人と同じクラスなんだよな?」
「ああ──はい。火神くんと黒子くん、ですよね」
「うん。環ちゃんから見て、あの二人ってどうなの?」

つまりそれが聞きたかったのか、と気付く。「質問がいやに抽象的ですけどね」
そう返してから続ける。

「今の二人は見事にすれ違ってますよ。黒子くんはどんどん思い詰めていくし火神くんは口下手だし。火神くんは黒子くんを信じているので黙ってる感じで、それが黒子くんを更に誤解させちゃってるんですよね。一番やっかいなのが、それでも火神くんが口を開く気はないこと」
「へえ。広輔が聞いたら喜びそうな展開だな」
「あの人昼ドラも好きですしね」
「んー……どうにかならないかな」
「それは当事者達でどうにかするところでしょう」
「つかお前、いつ会わせてくれんだよ」
「え、誰と?」
「……なんで今このタイミングで言うんですかあなたは。空気よめないんですか?KYなんですか?」
「うっせえな、黒子と火神で思い出したんだよ」
「二人にとっては最悪な連想のし方ですね」
「で、いつ」
「今週の土曜。コートに連れて来んで、ちゃんと来てくださいよ」
「誰を連れて来るの?」
「よしよし。オレがいっちょサシで試してやろうじゃねーか」
「誰が戦わせるって言いましたか。会わせるだけですよ」
「あぁん?会わせるっつーことは、バスケするっつーことだろうが、普通」
「チラッと顔見せて紹介してついでにあっちにも紹介して終わりです。わたし達はその後映画を観に行くんですから。それに」
「それに?」
「あの人がそんなかったるいことするわけないじゃないですか」
「わかってねーな、お前は」
「……はい?」
「お前に惚れてる男が、オレらの勝負に乗らないわけねーだろーが」
「…………」
「え、だから誰が?」





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