ポリゴン | ナノ



  
バッシュは?



「……で、テープの幅分、全体に均等に圧がかかるようにして……」
「おぉー……」

切って終わり!そう言いながら手早くテープを切って、相田先輩はバシンとそこを叩く。わたしの足に衝撃が走った。「あ、ありがとうございます……」お礼を言って足を見下ろすと、シワも弛みもなく綺麗にテーピングされた足が目に入り、再び感心した。さすがマネ業務も兼ねる監督だ。

「ま、基礎的なテープの巻き方は以上かな。コツはテキパキやることね。あんまりモタモタしてると弛んでくるし、圧もうまく乗らないから」
「はい。ありがとうございます」
「にしても、何でいきなりテーピング?環ちゃんするの?」
「あ、いえ……何ていうか、その……例の、井原先輩の青春ごっことやらで」
「へーえ。また変なことやってんのねー」

……ごめん先輩。

「まあ環ちゃんが手伝ってくれるんだから、何でもいいんだけどね」
「……木吉先輩、今日から復帰なんですよね」
「うん。もう来ると思うんだけど」

と、話していたところで練習音に紛れて「チワス」と声がした。木吉先輩かと思ったけれど、火神くんだった。目が合ったので「やっほ」手を振ってみればスルーされ、火神くんに気付いた伊月先輩が声をかける。ウス、と短く答えた火神くんに、今度は日向先輩が尖った声で言う。「足はいいけどオマエ!来いよ練習!」全く練習に来ない火神くんに一度電話をしたらしいのだけれど、足が治ったら行く、の一点張りだったらしい。

「なんかあったのか?」
「……すんません」
「──いやだから!謝るぐらいならちゃんと……!」
「ウィース」

主将として言っておかなければならないらしい日向先輩の発言を遮るように、独特ののんびりした間抜けな声が体育館に響いた。あ、と相田先輩が視線を火神くんの後ろにやると、表情が固まる。不思議に思ってわたしも彼の背後を覗き込んだ。

「さあ。練習しようぜ」

見なければよかったと思った。
というか、今日来るんじゃなかった。
木吉先輩はユニフォーム姿だった。

「え〜と……久しぶりだな、木吉……」
「オウ!」
「いやなんでユニフォームだよオマエ!?」
「おそらく久しぶりの部活でテンションが上がり過ぎたのかと」
「お、なんだ環ちゃん。もうオレのこと完璧分かってんなー」
「おかげさまで、ボケ所はなんとなく予測できるようになりましたよ」
「ハハッ、さすがマネージャー!」
「違います!!」


「去年の夏から、ちょっとワケあって入院しててさ。手術とリハビリで今まで休んでたんだ」

木吉鉄平。193cm・81kg、ポジションはセンター。「よろしくな」と続けられたその自己紹介に補足として「わたし達の予想の斜め上を突っ走っていく大ボケに注意」と付け加えたくなった。今のうちにゼッケン用意しとこ、と動きながら男バス部のやりとりを耳に入れる。

「もう大丈夫なのね?」
「ああ!もう完璧治ったよ。ブランクはあるけどな。でも入院中何もしてなかったわけじゃねぇよ」
「おおっ……。何か学んだのか?」
「ああ。──花札をな」

ああまた何かすっとぼけたこと言ってるなあ。自分が部外者の場面では穏やかな気持ちでやりとりを窺っていられる。「だから!?」──今はちゃんと本家のツッコミ(日向先輩)がいるしな。初対面の黒子くんとわたし以外の一年生はいまいち木吉先輩をどう捉えていいかわからないらしく、火神くんまでもが呆然と木吉先輩を見ていた。「あー、あとこれだけは言っとかねえとな」

「まあ創部した時から言ってたことなんだが、なけなしの高校生活三年間を懸けるんだからな。やるからには本気だ。目標はもちろん……」
「…………」
「どこだ!」

何というか。
あんたはもう力むなと言いたい。


「……で。何でこうなるんですか!?」
「まあまあ環ちゃん」
「ああなったアイツは手ェつけらんねーよ」

どうどうと宥めてくる日向先輩には大変申し訳ないのだけれど、そう叫ばずにはいられなかった。

「手加減とかできねぇすよ」
「モチロンだ。本気で頼むぜ」

黄瀬くんといいせねがる人といい正邦といい緑間くんといい大輝くんといい、何でこう……火神くんはいっつもいっつもこうなるかな。しかも今回、木吉先輩は味方でしょうに。溜め息を吐いてそうぼやくと「オマエだって田原とやり合ったじゃねーか。それもウチのコート使って」と返されたのでそれには反駁できないけれど。

「火神くん。復帰第一戦目なんだから、くれぐれも無茶はしないよーにね」
「わかってるよ」
「あれ、環ちゃん。オレには?」
「お手並み拝見します」
「……ああ!頑張るよ」

にへら、と弛い笑みをまんべんなく振り撒いてコートに立つ木吉先輩に、再度溜め息を吐く。壁に背中を寄り掛からせて、ぼんやりと二人を見た。

「……上履きでどう頑張るつもりなのやら」
「何か言ったか?」
「いえいえ、ナニも」





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