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部活デビュー



「──随分とイメチェンしたっスよね」

体育館までの道のり、『純真無垢』『天真爛漫』を意識した笑顔を張り付かせたわたしの隣を歩く『お兄ちゃん』は、感心したような、感嘆するような声で囁いた。

「まさかここまで徹底的にやるとは……」
「かわいい?お兄ちゃん」
「か、かわ……っ!」
「妹相手に照れないでお兄ちゃん」

海常高校の指定スカート。
シャツにネクタイ、紺色のベスト。
荷物はまとめてリュックに。
胸下までの黒髪は二つに高く結って。
簡単に化粧をし。
極めつけには伊達眼鏡。

パッと見わたしだと分からないようなイメチェンついでにここぞとばかりに『幼さ』を演出してみせたのは、海常の制服に身を包んだだけのわたしを見た井原先輩が「水無ちゃんって独特のオーラ持ってるよねぇ」と呟いたからであり、「同代にしては大人っぽいんだよねぇ」とうそぶいたからであり、ならばあえて真逆を突っ走ってみようと結論付けたからであり、とどのつまり、悪ノリの結果である。

「ねえお兄ちゃん」
「な、何スか」
「敬語だめ」
「はい、あ、うん」
「どもらないの」
「……ごめん」
「早く慣れてねお兄ちゃん」
「環っ……環は慣れ過ぎ、だよ」
「実はちょっと楽しかったり」

「今日も練習頑張ろうね!」とニッコリ顔で黄瀬くんを見上げると、少々遅れて笑顔が返ってきた。女子の視線は相変わらず感じるものの、お兄ちゃんお兄ちゃんと連呼するわたしに刺さる視線は既に鋭さを失っている。小声で「環っちが怖いよ〜……可愛いけど」とふるえる黄瀬くんの半袖から伸びた肌を軽くつねって、わたしは笑った。周りに花でも飛んでいるだろうか。見上げて微笑むわたしを見て、黄瀬くんは顔を赤くした。わたしだって、ちょっとは恥ずかしいんだからね。

黄瀬くんと別れてジャージに着替え、「こんにちはでーす」若干高めのトーンを微妙に引きずったままで体育館に顔を出すと首を傾げられた。武内監督に挨拶や制服とジャージのお礼を言ってから、わたしも作業に移る。ミニゲームを始める班に用意したゼッケンを配り、タオルとドリンクを準備し終えると、わたしも髪を二つから一つへ縛り代えて眼鏡を外す。片面の更に半コートを使って、練習で汗をかいた黄瀬くんが息を調えるまでアップがてらのシュート練を始めることにした。

「おい黄瀬妹ー。ちゃんとサーキットからしろー」
「入る時にしましたよ。大丈夫です、マネージャー業務で結構汗かきますから」
「つか、よくその距離で入るよな……」
「お兄ちゃーん!まだー?」
「ぶっ」
「オイオイ。普通にしろよ」
「いきなりそんなのムリっスよ!だって環っちが、あんなに可愛い笑顔で……!」
「オイコラ和んじゃねーぞ!!」

本日も中々に騒がしいバスケ部の面々。主にレギュラー陣がワイワイやって、周りの部員が苦笑気味に見守る感じだけれど、でもやる時は真剣にやる。適度に身の引き締まる、いい部だ。いつの間にか準備の調っていた黄瀬くんを含めてミニゲームを始める様子を観察。しながら用意したスコアに記入していく。──このスコアだって、始めは書き方すらわからなかったんだもんなぁ。誠凛ではコーチングに関してプロまがいのスキルを持つ相田先輩が担っていたから、わたしは本当にマネージャー業務らしい業務の一部(それこそドリンクやタオル私とか練習の準備とか)だけで良かったのだけれど。ここではそれ以上を求められるし──自分から、もっと進みたいと思う自分がいる。レギュラーでないからといって、マネ業で部員の練習時間が削られるのも、どうかと思うし。というのは部活動をしたことのないわたしの意見だけども。
もうちょっと、
何かしたいなぁ。
してあげたくなる。

「…………」

無言で、隣に置かれている救急箱を見遣る。留め具を外して蓋を開くと覗くソレを、わたしは凝視した。


「……環ちゃんさぁ……」

深刻味を帯びた声が、ベンチで俯くわたしに降りかかる。森山さんは珍しく休憩時間に深刻な面持ちで、わたしと、同い年の部員である武藤くんを見下ろしているのだろう。わたしは申し訳なさやら恥ずかしさやら何やらで、顔を上げることが出来なかった。集まった部員達は恐らくみんな、そんな風なカオをしていることを見るまでもなく知っているからである。

「……環ちゃん」
「…………はい」
「……いくらなんでも……コレはないわ……。なあ小堀」
「あ、いやでも、水無だってほら、一生懸命やって」
「『黄瀬妹』だろ」
「あ、すまん」
「だ、大丈夫だよ環っち!んな気にするコト」
「いや、これは気にするべきだな。できねーっつう結果よりも、まずこの出来の悪さを」
「…………すみません」

笠松さんの一言で情けなくもなってきて、更に俯くと「あ、いや、」と慌てた声がかかる。ああ、わたし、慰めようとして慰められないほど、ダメなんだ。と思うともう泣きそうだ。

だって。
だってだって。

「……まあ、環っちがこんな不器用だったとは思わなかったスけどね……」黄瀬くんにすらこんな反応をされる、わたしのゴッドフィンガーが恨めしい。

「あ……えっと……妹!ありがとな!気持ちは嬉しい!……気持ちは!」

隣に座る武藤くんは、わたしの顔を上げさせようとして手をブンブン振って慰めてくれるけれど、その度に視界に彼の手が入ってきて、わたしは嫌でも己の未熟さを痛感せざるを得ない状況にあるということに彼は気付かない。

「大丈夫!すぐ覚えるって、テーピングの仕方ぐらい!」

そう。
テーピング。
テーピングなのだ。

テーピングとは、スポーツ選手が負傷予防、もしくは負傷箇所の悪化予防のために、関節や筋肉などにテープを巻き付け固定することである。特殊基布から構成された粘着テープを用い、身体の正常可動範囲を超えることなく傷害部分を保護する技法のことだった。予防のためのみではなく応急処置や再発防止のリハビリテーションのウェイトを担うものとして重宝されている。

──らしい。
ウィキペディアで調べた。
……さっき。

「なんでこんなになっちゃうかな……」
「ま、仕方ねーだろ。お前元々マネージャーじゃねんだからさ」
「簡単そうに見えました」
「そりゃナメてたなぁ」
「意外と手強いっスよね、コレ」

しっちゃかめっちゃか。としか表現の仕様がなくなった武藤くんの指。彼は元々予防としてテーピングをしていたらしいのだけれど、練習中にたわんで、とれてしまったため、わたしがテーピングを行ったわけなのだけれど──まあ、結果は見たまんまである。力になりたいと思った途端にこれか。「じゃあオレ、自分ですんね」の言葉にずーん、と落ち込むわたしを見兼ねて武内監督が頭をポンポンと軽く叩く。

「次、出来ればいい」

……練習しよう。
目一杯、練習しよう。

「はいはいはい!環っち、オレ練習台になるっスよ!」
「つーかお前はまず『っち』取れ」
「あ、もしもし緑間くん?あのさ、その完璧な指のテーピングってどうやってるの?」
「緑間っちに聞くの!?てか早っ!」
『努力と人事、あとは運勢の結果だな』
「人事と運いるんスか!?」
『黄瀬。お前はまだ世界の理を理解していないようだな……』
「呆れられた!え、オレが駄目なの!?」
「つか、答えてくれんのな……」





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