ポリゴン | ナノ



  
憶えられない少年



「1-B、5番!火神大我!!『キセキの世代』を倒して日本一になる!」

突如として降りかかった謎の大声の方を見上げると、赤い髪の男子生徒が屋上の柵に立って、胸を張っていた。びっくりしたー、ナニアレ?、よくやるー、など様々な声がまわりから飛び交い、それでもそんな反応はわたし達一年生だけで、遠くの二年の方からは「またやってらーな」「今年もバスケ部じゃんね?」と笑い混じりの声がする。どうやら去年もやっていたらしい。ざわめきに紛れて朝礼のために作った列からこっそりと抜け出し、二年生の列へと向かう。最前列を歩くと本来ならば教師に呼び止められて注意されるところだろうけれど、今はアッチに注意が向けられており、何人かは屋上へ行ったらしく自由に動き回ることが出来る。A組のところまで行くと、わたしの姿に気付いたとある先輩が「お。水無ちゃん」片手を上げた。

「はよーざいます。井原先輩」
「はよ。いやースゲかったねー。まさか屋上から叫ぶとは。どだった?今の」
「阿呆がいますね」
「くっはー。今日も朝から手厳しーねー!そこがかわいんだけど!」
「先輩がメールで言ってたの、これだったんですね。面白いコトって」
「去年もやってたしねー。主将とカントクは友達だし」
「はあ。にしても、夢持ちすぎでしょうよ。『キセキ』倒しとか」

阿呆がいる。と本気で思った。それも、1-Bってうちのクラスじゃん、とも気付いた。まだまだ収まらない校庭と屋上(怒鳴り声が聞こえるので説教されているらしい)の喧騒に紛れて溜め息を吐く。さっきの赤髪の男子はもうひっこんだみたいで見上げても姿は見えないけれど、そういえば、あんなのがクラスにいたような気がする。もちろんそれと同じくらい、いなかったような気もするのだけれど。先輩はわたしの発言に少し驚いたようなカオをした。

「水無ちゃんって、『キセキ』知ってんの?ストリートじゃない、男バスのコトなのに」
「特集の雑誌を一度、見たことがあります」
「へー」
「あと、試合を一度だけ」
「ほー」
「プレイは、腐るほど」
「ふー……ん?」
「今日はルームにいますか?」
「え?ああ、うん。今日はコート、別んに先越されちゃったし。外でやるかもだけど」
「はぁい。……じゃ、そろそろ戻りますね。周りも鎮静し始めてますし」
「ん。また放課後ねー」
「はい。ではでは」

先輩に手を振って、自分の元いた列に戻った。ちょうどその時、男バスの新入部員(であろう)男子達と女子生徒が一人、名前も知らない先生に連れられて校舎から出て来るのが見えた。「あ、カガミタイガだ!」と誰かが言って笑っている。出て来た彼らは朝礼の時間中、ずらりと並ぶ列の一番前で正座させられていた。「環ちゃん環ちゃん」校長先生の話をぼうっと聞いていたわたしの肩を軽く叩いたのは、後ろにいた牧江ちゃんだ。こっそり振り返る。「先輩んとこ行ってたんや?」彼女は両親の転勤で関西から引っ越してきた、元大阪ビトである。

「うん」
「井原先輩てかっこいーよね。イマドキて感じやし、あと、ストバスするんやろ?見てみたいわー」
「外にリング並んでるとこあるじゃん。いつもそこで遊んでるみたい。あとコートとか。……なんなら牧江ちゃんも入る?ストバス同好会」
「んにゃ。ホラ、あっしにはバレーがあるし?仮入もしちゃってるしー」
「そ。まあ、同好会だしね。メンバーも、井原先輩ともう一人先輩がいるらしくて、その人とはまだ会ってないけど。それとわたしだけだし」
「3人かあー。て、同好会は3人から成り立つんやんな?」
「うん。今年わたしが入ったから、『集まり』が同好会に昇格」
「メシアやメシアー」
「先輩にはすごく喜ばれた」
「まー、バスケっていっぱいあるからなぁ。男バス女バス、バスケの同好会、それにストバス同好会。そら定員割れるわ」

入学式の日、怒涛のビラ配りに圧倒され押し付けられた大量のビラの中で、ひときわ目についたのが、今わたしが所属する『ストリートバスケ同好会』のそれだった。固まって、食い入るように見つめていたわたしに先輩が気付いたのは、あの騒ぎと人混みの中ではキセキだったと言えるだろう。ストバス、興味あるの!?と、腕を掴まれた時に見た笑顔は忘れられない。その割に、新入生にビラを押し付ける時はあまり印象には残らなかったのだけれど。

「うちは環ちゃんがバスケするってコトに驚いたけどなー。それもストバス」
「だって、カッコイイじゃん。見てて面白いし、やって楽しい」
「まぁね。うちはバレーのが燃えるけどなー」
「白鳥の湖?」
「アタックNo.1」

それからもしばらく牧江ちゃんと会話を続け、同じクラスで席だって前後なのに何をそこまで必死に隠れて言うことがあるのだろうというくらいに続け、まだまだ続けるムードの中「これで生徒朝礼を終わります」という機械的な声が響いた時、やっとわたし達はおしゃべりをやめた。これから教室に戻って授業だと思うとかったるくて、だから今のうちに喋っておこうと、やっぱりわたし達は口を開く。ああ、女子高生って恐ろしい。


「よっ!日本一になる男!」
「勇者のお帰りだ!」
「やー笑った笑った!」
「屋上禁止になったらオメーのせーだぞー」
「お前らウッセエ!!」

現場でのお説教に加えて全校生徒の前で正座、果てには職員室に連行され再び怒られてきたらしい男バス達が教室に入ってくると、クラスの男子が彼ら(主に火神くん)を喧しく出迎えた。男子ってあっという間に仲良くなるよなあ、と眺めながら、カタンと椅子を引く音がしたので隣を見る。黒子くんだった。

「おはよう、黒子くん」
「おはようございます」
「黒子くん、今朝のアレは何?っていうか、黒子くんバスケ部入ったんだね」
「ああ……。入部条件として、叫ぶんです。学年とクラス、名前、あと今年の目標を」
「でも黒子くんは叫べなかったね」
「……どうしましょうか」
「知らないよ」

正座している中にいたから、彼も男バスで、みんなで入ってきただろうけれど、火神くんらがまだ男子に囲まれているというのに。影が薄い、って一言で済まされていいのだろうか。コレは。わたしだって隣の席でなければ、多分その存在すら覚えていないだろう。入学式から今までだって『よろしく』『こちらこそ』くらいしか話したこともないのだし。「水無さんはクールですね」と、黒子くんは全く気にしてないように言うけれど、黒子くんの淡々とした無表情の方がクールだとわたしは思っている。

「黒子くんも倒すの?『キセキ』。火神くんは叫んでたけど」
「……そうですね」
「そうなの」
「日本一、目指します」
「…………」
「それはそうと。水無さん」
「うん?」
「今のニュアンス……、『キセキの世代』を知っているんですか?」
「またこの質問……」
「また?」

首を傾げる黒子くん。いや何でもない、と首を振って。「わたしが知ってるのは、『キセキ』じゃない」いやもちろん、『キセキ』のことは知っている。ただの単なる情報として。「わたしが知ってるのは、その中の一人だけ」そして『彼』のことは、存在として知っている。嫌でも目に、耳に、胸に、キオクに、焼き付いていて離れない。

離れてくれない。

「へぇ……。誰ですか?黄瀬君?緑間君?紫原君?赤司君?青峰君?性格的には緑間君あたりと馬が合いそうですよね。お互いクールで」
「えーっと……ってなに、黒子くんは『キセキ』と知り合いだったりするの?」
「まあ。チームメイト、でしたし。コンビも組みましたし」
「…………」

しばらくの沈黙の後、
「え、帝光中?」と尋ねた。
首肯。
「バスケ部?」
首肯。
「組んで、プレイ?」
首肯。
…………。
いたっけ?

「水無さんは帝光じゃないですよね。受験組にいなかったし……大丈夫ですか?」
「ああ、うん。……ちょっと記憶を遡ってただけ」
「で、誰を知ってるんですか?」
「あ。先生来ちゃった」
「…………」

助かった。
なんとなくそう思った。




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