ポリゴン | ナノ



  
相談しましょう



「交通費?」

土曜日。
例によって、海常高校体育館。

「あと、生活費ですかね」

うちの親、絶対に出してくれないと思うんで。と言うと、武内監督は眉を寄せて少し唸ったあと、コート内に向かって「おい、ちょっと集まれ!」と呼び掛けた。そうすると瞬く間にわらわらと集まってくる部員100人総勢。これはかえって効率が悪いと思ったのか大ミーティングをするような話題ではないことに気付いたのか、大半を練習や作業に戻した。残ったのはレギュラー陣五人で、指示により脇へ寄って円の形にみんな座った。

「……というわけなんだが」
「練習のジャマしてすみません」
「いやいや、それ結構重要な話っスよ」
「来れなくて困るのはオレらだしなぁ」

わたしが抱える問題は二つ。
一つは毎週土日、夏休みからは毎日通うとしてその交通費の問題。
もう一つは夏休みからの親がいない生活をどうするかという問題。
後者は完全に自分の問題であるから、こうやって相談してしまうのは情けないやら恥ずかしいやらなのだけれど。わたしの頭ではついに答を弾き出せなかったのだ。
「カントクッ!チャッ通はダメなんですかッ!?」勢いよく挙手に発言する早川先輩に、わたしが答える。

「恥ずかしながら……自転車持ってないんですよ」
「っていうか練習の前後じゃキツいだろ」
「確かに」
「あ!オレがチャリで二人乗りすればいんじゃないっスか?」
「疲れんのはお前も一緒だろ」
「あ。じゃー環ちゃんはアルバイトとして通うってのは?監督が交通費出せば」
「それと夏休みはコッチにアパート借りるとか。で監督が金を」
「交通費ぐらいなら何とかならんでもないが……」
「あー、財布見なくていいですから。そこまでしてもらうのは悪いですよ」

少し青ざめて財布を覗き込む監督にそうは言ってみたけれど、なるほど神奈川に一人暮らしは結構いいアイデアかもしれない。家から歩いて通える距離で、マンスリーかそんなんを借りてしまえば、たとえば夏休み前でも金曜の放課後に行って金・土とそっちに泊まれば土日の練習には普通に行けるわけなのだし。ふむふむ、と小堀先輩のアイデアに頷くわたしだったけれど、隣に座る黄色い人からは「ダメっス!!」と聞こえてきた。

「え、ダメか?黄瀬」
「お金の問題は健在だけど、わたしは結構いいアイデアだと……」
「ダメっスダメっス!女の子を一人で生活させるなんて!ましてや環っちを一人にするなんて!危ない以外の何者でもないっスよ!」

「何かあったらどーすんスか、何かあったら誰が責任取るんスか、責任取れるんスか!?」と、見たこともないすごい剣幕でまくし立てる黄瀬くんに「お、おぉ……?」タジタジの笠松さん。これも初めて見た。というか。

「黄瀬くん」
「なんスか」
「キミはお父さんか」
「あたっ」
「過保護」
「だ……って心配っスよ!練習で夜遅いし絶対クタクタになるしっ、したら危ない時やられちゃうっスよ!今は危険な時代っス!どこで誰が見てるかわからない!」
「わたしを見る人はいないと思う」
「そういう考えがまずダメっス!」
「ダ、ダメっすか」
「環っちみたいな可愛いコが一人暮らししてるなんて、知れたら狙われるに決まってるっスよ!」
「いやいや」
「オレなら襲う!」

…………。
黄瀬くんから3メートル離れた。
彼をシバく役は「な、何言ってんだバカが!」顔を真っ赤にした笠松さんが買って出てくれているので、わたしは身の安全の確保に回ったのである。バシバシ殴られながら黄瀬くんは「お、襲うって言ってもみんなじゃないスよ!オレが襲うのは環っちだけでっ──」「物騒なコト連呼すんじゃねえ今すぐその口を閉じろおおお!!!」やっぱり殴られ続けていた。

5分後、やっと解放された黄瀬くんはズタボロだった。「環っちぃ……」と弱々しく手を伸ばされたけれど、わたしは何となく体育座りのまま後ずさってそれを避けた。

「……マジメな話するっスけど、一日中部活あるんスよ?そっから家事してって環っち大変じゃないスか」
「まあ、そうだけどさ」
「いっそ誰かの家に泊まれば?」
「はあ?女子だぞ、んなモン」
「よし。その大役はこの俺が引き受けよう!」
「だめっス──!!!ダメダメ絶対ダメ!!ダメ絶対!!環っちはオレんちに」
「どっちもダメに決まってんだろー!!シバくぞオマエら!!!」
「あー。女子マネが居ればなー」
「あ。そういえばここ、マネージャーいないですよね」

ドリンクとかタオルとか準備とか、全部部員さんが交代でやってる。

「いやまあ、いたにはいたんだけど」
「コイツが入って来てから、女子共が妙に浮ついてな。ドリンクやタオルは争奪戦になるわ練習中はボーッとこっち見てるわ騒ぐわ仕事しねーわで」
「笠松が監督に言って全員辞めさせた」

さ、さすがキャプテン。
何というか……
お疲れさまです。

「──だからお前も休憩時間は多めに見ないこともないけど、練習中までデレデレして身ィ入んねーようだったらシバき倒すからなマジで!!」
「そう言いながらシバかないでくださいっスー!!」

話を戻す。

誰かの家に泊めてもらうのは申し訳ない(わたしが)でも一人暮らしは断固反対する人がいる。……さてどうするか。今のところ一番有効そうなのは、やっぱ一人暮らしなんだよなぁ。うんうん唸っていると、「……よし!」パン、と手を打つ音。見ると黄瀬くんが素晴らしい笑顔でわたしの両手を包み込むみたいにして握りしめる。

「環っち、オレいいこと思いついたっスよ!」
「…………なに」

なぜだろう。
嫌な予感しかしない。

「二人で暮らそう!」

オレが環っち養うから!喜色満面の笑みで自信満々にそう言い切ってみせた黄瀬くんに、わたしもさすがの笠松さんもみんなもポカーンだった。あれ、黄瀬くんって電波だったっけ?




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