ポリゴン | ナノ



  
大輝くん



「おかえりー。散歩にしては随分遅かった…………。ね」

こんなに驚いてるお母さんを、わたしは生まれて初めて見た。まあ無理もない、と若干言葉を濁したただいまを言って靴を脱いだ。時刻は午後九時。夕方血相変えて家を飛び出してから帰って来ない娘がやっと帰宅したというのに『散歩にしては遅かったね』で済まそうとしていたこの母親、目を丸くしてしばらく沈黙していたのはむろん、わたしに対してではない。

「ども」

わたしの後ろでニコニコ顔を携え直立している青峰大輝を見て驚いているのである。……帰り道、前みたく近くまででいいって言ったのに彼は頑として聞き入れず家の前までついて来て、ついでに家の中にまでついて来たのだ。「ちょっくら挨拶に」とわたしの背中を押し、無理矢理中へ入り込んだと言ってもいい。

「あなたは?」
「初めまして。オレは」
「青峰大輝くん。お友達。部屋でお茶飲んだら帰るから」
「…………あ、そうなの」

被せるように割り込んで強引に青峰くんを紹介すると、お母さんは「いらっしゃい」と来客用のスリッパを置いた。「んだよー」不満そうにこちらを見る青峰くんをスルーして部屋に向かえば、大人しくついて来た。扉を開けて、誘導すると部屋に入り、「おー」と何だか感心したような声を上げてキョロキョロ見回すものだから少し恥ずかしい。

「……お茶、いれてくるから適当に座って待ってて」

青峰くんと話をしていることが夢みたいで、足元が浮いているみたいにふわふわしている。何とかそれだけ言って扉を閉め、キッチンまで早足で行ってコップにお茶を注いだ。動揺だとか興奮だとか高揚だとか、色んな感情が入り混じり、思わずその場でため息を吐いた。

「環」
「お母さん。なに」
「さっきお父さんからメールあったから、家着くの一時間後ぐらいね」
「…………あっそう」
「ごゆっくりー」
「すぐ帰らせるから」
「あ、冷蔵庫に昼間作ったケーキが」
「すぐ帰るから!」

終始ニヤニヤしたお母さんに噛み付くような返答でかわし、また部屋へ戻る。男の子なら先輩や田原も家に入ったことがあるけれど──先輩達とは違った雰囲気を感づいていたらしい。まったく抜目ない母親だ、と内心ぼやきながら部屋へ入る。

「おかえりー」

青峰くんはわたしのベッドにねっころがってマンガを読んでいた。

「……何してんの」
「マンガ読んでる。これおもしれーな。何巻まであんの?」
「…………10巻」
「今日中に読めっかな」
「帰れ!」

色々な感情は消えうせた。
何だコイツ。
今まで会った人間の中で一番空気読めない奴だ。こんなんだっけ。え、こんな人だったっけ?と必死に記憶の中の青峰くんをあさった。……まあ、デリカシーはない人だったかな。という答えは弾き出されたけれど。でもまさか、こんな状況でこんなことするか?

「……お茶、どーぞ」
「お、サンキュ。な、コレ貸して。明日返すから」
「読みきれるの?」
「屋上で寝る時間使えば楽勝」
「授業を受けろ」
「つか明日土曜じゃん。ラッキー」
「ていうか明日決勝リーグじゃん!」
「ん?……ああ、ホントだ」
「あんたは忘れちゃダメだろ!」

思わずツッコんでしまった。
ああもう、何かよくわからないけど何かが台無しにされた気分。乱暴にお盆をテーブルに置くと青峰くんは起き上がっておいしそうに飲んだ。……なんか、疲れるなこの人。少なからず気落ちして床に座り、青峰くんを見上げる。わたしの視線に気付いた青峰くんはニッと笑う。…………くそう。

「……もう、それ貸すから。返すのいつでもいーし。帰れ」
「口悪くなったよなーオマエ」
「誰のせいだ」
「オレのせいかよ」
「……うーん」
「悩むなよなー」

──あ、これちょっと懐かしい感じ。
気付けば「あはは」と笑っていた。

「……んー」
「ん?」
「可愛いは可愛いな」
「……な、何言ってんの」
「やっぱ変わってねーなぁ」
「……そうかな」
「バスケは随分様変わりしてたけどな」
「練習したの。いっぱい」
「……ふーん」

やっぱり──嬉しい。
こんな風に、また二人で話すことが出来るなんて。ポケットに入っている携帯を思い出す。道中『携帯出せ』と言われて出したら奪われたそれは青峰くんのと赤外線された。しばらくして返されたそれには『青峰大輝』がしっかり入っていて、かなり嬉しくなったのを覚えている。まあ、その後『オマエ黄瀬とメールしすぎ』『コイツ誰だ』と散々文句を言われたわけだけれど。そうだ、青峰くん帰ったら黄瀬くんにちゃんと謝っておかないと。「それにしても、ストバス部ねぇ」と呟く青峰くんに意識を戻す。

「同好会だけどね」
「盲点だったわ」
「盲点?」
「探させてたんだよ、女バス部員で『環』って名前の奴を」
「ああ──それは見つからないよね」
「バスケはぜってーやってると思ってたからよ」
「……それは、どうも。──ねぇ。探させたって、もしかして桃井さんに?」
「知ってんのか」
「誠凛にね、来た時に会った。話し込んで先輩に怒られちゃったけど」

そういえば黄瀬くんが幼なじみだとか言ってたっけな。わたしは聞いたことがなかったけど。とりあえず骨を折らせてしまった桃井さんにも謝らなければ。青峰くんは「あー?あー……ああ」何かを思い出して得心したように一人で唸っている。どうしたの、と聞けば「さつきが言ってたのってお前の事かよ」と返す。

「わたしのこと?」
「ミズナシサンがカワイーカワイーってそればっか。今度メアド聞くだの黄瀬に聞こうかだの、うるせーのなんの」
「……ちょっと待って。何でそれでわたしって気付かない?苗字言ってんじゃん」
「お前の苗字忘れてた」
「…………。へえ」
「怒んなよ」
「わたしはちゃんと覚えてたのにな」
「お前は苗字呼びだからだろ」
「名前だって覚えてるもん。大輝くん」
「…………」

沈黙した青峰くんに首を傾げた。どしたの、と聞こうと口を開いた瞬間、今日何度目かになる力がわたしの腕に加わって──何度目かになる抱擁で、また胸が熱くなった。青峰くん、と名前を呼べば「大輝でいい」と熱っぽく囁かれて、……ちょっとだけ困った。


『もしもしー?』
『あ、桃井さん?』
『え、水無さん!?ウソなんで!?』
『大輝くんに聞いた。さっき』
『ええええー!?どゆこと!?』
『……水無環です』
『タマキ?え、タマキ?…………環!?』
『ごめん。何か……探させたみたいで』
『え?ああ、うん?いいよ、気にしないで……えええぇ……?』
『桃井さん、大輝くんの幼なじみなんだって?』
『うん』
『あの調子だもん、大変でしょ』
『まあねー。練習には出ないし試合は遅刻だしテキトーだし』
『…………』
『あ、でもこれからはちょっと楽になるかもかなぁ』
『なんで?』
『環ちゃんの名前出せばいいんだもん』
『……うん?』
『あ。環ちゃんって呼んでいい?』
『うん。あ、わたしもさつきちゃんって呼びたい』
『いいよ!あ、そーだ明日試合来る?』
『んー……行かない』
『えー!来よーよ』
『大輝くんにも言われたけどね。やっぱり行かない』
『どうして?』
『観ても、燃えないから』
『あー……』
『やっぱわたしは自分でする方が好きだしね』
『そっかぁ。今度見てみたいな、環ちゃんがバスケするところ』
『うん。また今度ね』
『その時は色々遊ぼーね!』
『うん。──じゃ、夜遅くにごめんね。おやすみ』
『おやすみー』




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