ポリゴン | ナノ



  
あいたいから



「えー!?水無ちゃん行かないのー!?」

決勝リーグ。IHに出場する高校を決めるリーグ戦が、三日連続、行われるらしい。男バス部とオトモダチな井原先輩とバスケバカの田原は当然のようにいつものごとく、応援という名の観戦へ行くらしいのだけれど。「……わたしは行きませんから」教室で帰る支度をしていたわたしの腕を掴んでいざ行かんとする先輩にそう告げると、先輩は唇をつき出して拗ねたようなカオをしたわけである。

「なんでー!行こーよ!ホラ!ね!行こーってば!行こ!」
「行きません」
「なんでー!!」
「あ、田原これレモン。渡しといて下さい」
「おう」
「ゆーちゃんももっと粘ろうよ!」
「いってらっさい」

そんな感じで先輩らを送り出したのが一時間前。

『来ないんスか?決勝リーグ』

家でゴロゴロしていると着信があり、黄瀬くんからだったので出てみるとそのように問い掛けられたので『行かないよ』と返したわけである。普段なら黄瀬くんも井原先輩にみたいにブーブー不平不満を言うものなのだけれど、黄瀬くんはいやに平静な声で『そっスか』と返してきただけだった。

『……黄瀬くん、どうしたの?』
『へ?な、にがっスか?』
『なんか、変』
『変って』
『妙に諦めがいいなって』
『…………』

一瞬、逡巡したように間が空いて『別に、そんなでもないスよ』と返ってきた。これは本格的に変だと思った。どうしたのだろうか。また具合でも悪くしたのだろうか。それとも別に何かがあるのだろうか。

『きーちゃん、変』

と、言ってみた。
それは、ほんの気まぐれ。
桐皇戦だから、
対戦校だから、
そう呼んでたなって思い出して。
ちょっとした悪戯心。
少し暗い声色だったから、
明るくしたくなって。

『…………え?』
『どうしたの、きーちゃん』
『え……え!?』
『驚き過ぎ』
『……桃っちに、会ったんスか?』

彼女以外にこの呼び方をする人間がいないのか、すぐに感付いた黄瀬くんに頷く。『可愛い子だよね。何か色々乙女だった』と桃井さんを思い出して言ったけれど、黄瀬くんはまた黙ってしまう。

『…………』
『黄瀬くん?』
『……会ったんスか』
『だから、そう言って』
『青峰っちにも、もう会ったスか』
『────』

息を飲んだ。
尋ねてはいない、
端から返答は分かっているといったような言い方だった。どうして言ってくれなかったんだ、と、少しだけ、責めるような詰るような、そんな含みの入った言い方だった。
そんな黄瀬くんに、わたしは戸惑った。
それに、意味が分からなかった。
だって話が繋がらない。
何で、桃井さんに会う事が彼に会う事に繋がる?

『……黄瀬くん?今日、なんか変だよ』
『だって、そういう事じゃないスか!』
『だから、どういう──』
『だって青峰っち、桐皇じゃないスか』

息が、止まった。

『それに桃っちは青峰っちの幼なじみだし……』

続きは聞いていられなかった。
気付けば電源を落とし、強く強く握りしめていた。気付けばベッドから起き上がり、部屋から出ていた。気付けば玄関で靴を履いていて、気付けば家を後にしていた。気付けば、


気付けば、走り出していた。


──なんでだろう。
なんで走ってるんだろう。
逃げていたのに、
なんで走ってるんだろう。
逃げていた、筈なのに。
今だって、逃げたい。
──怖い。

逃げて、逃げて逃げて。
裏切って、傷付けて、逃げて。
それなのに、
なんでわたしは走るんだろう。
会いたくないから、
近付くのが怖いから、
逃げた筈なのに。

髪も、笑顔も、
ひたむきさも素直さも可愛いげも、
あの人が褒めてくれた全部を捨てて、
ずっと逃げてきたのに。

なんでこんなに──


「──青峰くん」


いつだって会いたい。


「青峰くん!」


つんざくような歓声が両耳へ入って、抜けていく。階段を降りて、観客席の一番前へ、駆けた拍子にふらついて、手摺りに身体を預け、そのままコートを覗き込んだ。

「あおみねく──」
「──環っち!?」
「青峰くん、どこ」
「────」
「青峰くん、青峰くん、青峰くん」
「……環っち」
「青峰くん。青峰くん。青峰くん」

いない。
どこにもいない。
どこだ。
どこにいる。
どこに。

「青峰くん」
「……青峰っちは、遅れて来るっスよ」
「青峰くん」
「あとで、来るから」
「青峰く」

「環っち!!」

電撃でも走ったかのように身体が震えて、音が後から聞こえた。黄瀬くんの、声だ。顔を左へ向けると、すぐそばに黄瀬くんの顔があった。焦ったような、怒ったような、真剣なカオ。──ああ、今のは声に身体が反応したせいなのか。とぼんやり思った。「黄瀬くん」と呟くと、やっと黄瀬くんは表情を緩めた。それを見て、どこかホッとする。と同時に、足にドッと疲れが来た。途端に、力が抜ける。

「っ、環っち!」
「つ、かれた」
「大丈夫スか?何でこんな……」
「………はしった」
「走って来たの!?」
「つかれた」
「たり前っスよ!もー!」

その場に崩れ落ちそうになったわたしを支えて、黄瀬くんはいつものように抱き着いてきた。肩で息をするので精一杯で、引きはがすことが出来なかった。引っ付く黄瀬くんと、力の入らない手で握る手摺りに捕まった状態で、コートを見る。──やっぱり、いない。

「…………」
「──青峰っちは、遅れて来るみたいっスよ」
「……そう、なの?」
「また寝坊じゃないスかね」
「『また』……」
「今、第2Qが始まったトコで25対21。桃っちのデータDFで苦戦してるみたいっス」
「…………」

ベンチにいる桃井さんに目をやった。真剣な目。しっかりと試合を──『観て』いる。この間会ったばかりだけれど、バスケが大好きなのはすぐに分かった。好きな人(黒子くん)が相手であれば尚更──全力でかかる筈だ。やはり自負するだけあって試合は桐皇が圧してるか。と試合を観ながら思う。誠凛は──火神くんがベンチに引っ込んでいて、相田先輩のテーピングを受けているところからすると、やはり足に問題があるのだろう。──と、ちょっと待て。じゃあこの前、火神くんの電話口にいたのは──

「──『タマキ』は見つかったか」
「────!」
「あ。緑間っち」

緑間真太郎。
しっかりとテーピングが施された十本の指に、何故かびっくり箱を持っている。凝視していたらしいわたしの顔を見て、息を吐いた。

「……やはり君だったか、『タマキ』は」
「…………」
「ちょっ、何で名前呼びなんスか!」
「青峰が授業中に寝言で呼んでいた」
「え、そーなんスか!?ってか、オレのが青峰っちと席近かったのに」
「お前も授業中は寝ていただろうが」
「あり。そーだっけ……?」

中学時代の回想話で若干空気が和やかなものになってきたところで恐縮なのだけれど、わたしは話題を元に戻すべく、緑間真太郎に片手を差し出して、名乗った。

「……初めまして、水無環です」
「緑間真太郎だ」
「…………」
「黄瀬くん、なんでむくれてんの」
「……オレには握手なんて、してくんなかったのに」
「…………」

面倒臭い奴だな。と思いつつ適当に流す。一々付き合っていたら、聞きたいことが聞き出せない。わたしは緑間くんへ向き直った。

「一つ、聞いていい?」
「何なのだよ」
「なんで、わたしが『タマキ』だって分かったの?」
「──写真だ」
「写真?」
「前に、奴が大事そうに持っているのを見た事があるのだよ」
「…………」

写真。
──そうだ、
確かに、二人で撮ったのが一枚だけ。

「だが──最初は人違いだと思ったのだよ。髪が短いし、表情も雰囲気も……写真のものとは全然違っていたからな」
「…………」
「あっ!また取られたっス!ほら環っち見て!」
「あ──うん」

肩を捕まれて、緑間くんからコートの方へ向かされると、試合がよく見えた。火神くんの代わりに小金井先輩が入ったけれど、得点源の日向先輩は思うように動けず水戸部先輩のフックも知られて、伊月先輩の攻撃パターンも読まれて対応される。DFはというと火神くんが抜けてタッパ面でもブロックやリバウンドがうまくいっていないようだ。少しずつ点差は開き始めて、誠凛はメンバーチェンジからまだ一得点も出来ていない。

「……オレからも聞きたい事が二、三あるのだが」
「──緑間っち」
「何を守るためかは知らんが──これだけ彼女の近くにいながらあえて触れずにここまで来たお前も、気にならん訳ではないだろう」
「…………」
「なぜ君は、青峰のそばからいなくなったのだ?」

目を、コートへ向けたままでいてくれる事だけが唯一の幸いだった。今、正面から向き合って問われれば──きっと、

「わたしは──」




「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -