「……おー。今日はコッチか」 放課後、ジャージを着たわたしがドリンクの用意をしているとクラスで日直の仕事に捕まっていた火神くんが体育館に入ってきた。挨拶をしながら近付いてきて大きな手で頭をわしづかみにされたので思いっきり足を踏んでやる。「いでっ!」と声を挙げたけれどバッシュの上だから大したダメージはない。わざとらしい声で「おーいて」と言いながら屈む火神くんを眺めた。 「マネじゃないよ」 「はあ?仕事してんじゃん」 「暇つぶし」 「オイ」 「ウチの先輩待ってんの」 言いながら、ベンチ下に置いてあったボールを投げてやる。片手ですんなりキャッチして、腰周りでぐるぐる回し始める。じきにアップ一巡分を終えるようなのでその後から入るのだろう。全員分のドリンクを入れ終え、お盆に乗せてジャグを片す。「相田先輩もいないでしょ」と言うと、火神くんはキョロキョロと体育館内を見回した。気付いてなかったのか。 「ホントだ」 「遅いよ」 「どうしたんだ?」 「居残り勉強」 「……や、ねーだろ」 「田原のね。サボってた日に課題プリントが出て提出今日だったんだって」 「オイオイ」 怒った先生から特別課題をプレゼントされて、先日の実力テストで見事首位を陣取った相田先輩はちっとも進まない田原の勉強を見るようにと言いつけられたという訳だ。井原先輩は『そんな王道的ラブロマンスを黙って始まらせる訳にはいきません!オレも混ぜて!』と共に教室にいるらしい。どうでもいいけれど、混ざったら三角関係が始まるのでは。と思ったり。呆れたような目を何故かわたしに向けてきた火神くんをスルーして、首から下げたホイッスルを思い切り吹く。 「次、セットBから2回!」 相田先輩に頼まれた指示を再生すると、陣形が変わり部員の面々はパッと次のメニューへ移る。相変わらずキビキビ動くなぁ、と『部活動』というものに少し感心してしまう。火神くんも入りなよ、と言う前に火神くんはわたしにボールを押し付けて駆け足でコート内へ入って行った。挨拶をし、すぐさま練習へ移行したのを確認して、わたしは立ち上がって体育館倉庫へ向かった。ボールの詰まったカゴを押し、空いたスペースへ置いておく。再びベンチへ座り、前屈みに頬杖をついて練習を見学する。 「ラダー100行くぞ!」 「オウ!」 「黒子寝んな!!」 「……はい」 創部──二年目だっけか。 部活としてのバスケのことなどわたしにはよくわからないし、わかりたくもないと思うけれど、ここの基礎練の密度はかなり凄いものだと思う。予選トーナメントはあれよあれよと勝ち進んでいったし、王者相手にも何だかんだで勝ってしまった。明後日の決勝リーグだって、四校中三校がIHに出場できるというのだから──これはもしかしたらもしかする可能性だって無きにしもあらず。の筈である。桃井さんの学校は当人いわく強いらしいし、桃井さん本人も何かタダモノじゃない感じもする。あの日、別れ際桃井さんにメールアドレスを聞かれた。教えなかったけれど。教えても別に良かったのだけれど、大して考えもしないまま、結局教えなかった。 「…………」 桃井さん。 明るくて、 可愛くて、 人当たりがいい。 いつも笑顔でいて、 何より、バスケが大好き。 「……ちょっと似てるな」 だからかもしれない。 と思い、「また会えたらね」と適当に流した時の、桃井さんの残念そうな表情を思い出す。 少し申し訳なくなった。 「休憩でーす」 笛を吹いてそう告げれば、途端に暑くて堪らないという顔になった部員達がベンチに寄ってくる。各々が全身から熱気を放出しているのでそれが一ヶ所に集まると、その、何というか。暑苦しいどころではない。わたしはベンチから脇の開けっ放しになった扉のところまで移動した。 「あぢー」 「ドリンクくれー」 「お疲れさまです。皆さんあそこから取って下さい」 「えー。環ちゃん渡してくんねーの?」 「暑い暑い暑い近寄るな」 「え、ヒドくね?」と伊月先輩は肩を落としたけれど、わたしはマネージャーではないので別に酷くはない。そのかわりにとタオルを頭へ被せるように投げると、「サンキュ」と笑ってくれた。「お。いーなー伊月」と小金井先輩が言ってくる(どこがいいのだろうか?)ので彼にも投げる。あちーあちーと繰り返しながら座り込んでドリンクを飲み干す人もいるので、ああ練習大変だなぁと何となく思った。多分、練習量なら全国でもトップクラスなのではないだろうか。決勝リーグへの気合いの入れようが何となく伝わってくる。 「……日向先輩」 「ん?何」 「これ、食べます?」 「…………」 差し出したのは透明のタッパー。青春ごっこがしたい!という井原先輩のリクエストにより、バスケの後に食べようと思って作って来たレモンのハチミツ漬けを見せて尋ねてみた。けれど中身を見るなり日向先輩は沈黙してしまう。……あれ。何か失敗したかな。洗って切って漬けただけなんだけど。 「あ、いりません?」 「いや!いる!!超もらう!!」 「超って」 「オレは……オレは感動してんだよ!初めてだ!こんなマトモな差し入れは!!」 「……はあ」 「おいお前ら!マネージャーがハチミツレモンくれたぞ!」 「おおおっ」 「この幸せを噛み締めて食え!!」 「いただきまーす!」 「オレもオレもー!」 「女の子からの差し入れ……!!」 「…………」 「あ、どういたしまして」 日向先輩が休憩中の部員全員に若干キャラ違いのテンションで呼びかけると、部員──というかほとんど先輩達も途端に声のトーンが上がり、タッパーを持つわたしのところへ駆けて来て、レモンを見て感極まったような声を上げてから微かに震えた手で一切れをつまみ上げ、キラキラした目でしばらく見つめてからバクリと一口に食べた。水戸部先輩ですら声すら上げないが爛々としているし、何回もお辞儀をしてくる動きがそわそわしている。…………なんで皆こんなテンションなんだろうか。 「あー!うめー!」 「生きた心地がする!」 「やっぱこーでなくちゃなー!」 「…………!」 「青春バンザーイ!!」 「マネージャーありがとう!!」 「は、はあ」 マネージャーではないですが。と最早ツッコミを入れる間すら与えずにバクバク食べるので、気味悪くなったわたしは、わたしの手の上からタッパーを掴んでいた伊月先輩に完全にタッパーを預けて、とにかく二年生の集団から抜け出した。わたしが抜けても相変わらず感動したように貪り食っている二年生は、何ていうか、かなり、変だ。雪山を遭難して何日も飲まず食わずの生活をしていた人が奇跡の生還を果たした、みたいな感動と喜びのオーラがそこにはある。意味がわからない。 「あ、あのー主将、オレらも……」 「年功序列!まずオレ達からだ!!」 「まずって、ソレ今にもなくなりそうっすよ!?」 「あーうまい!」 「聞いてない!?」 首を傾げるのはわたしだけではないようで、一年生は全員、揃って何か奇妙なものを見るような目で先輩達を見つめていた。「何だろう、この温度差……」という視線には全く気付かず、彼らはただレモンを食べ続けた。 「ごっそさん!」 「あ、ども」 「どうもありがとう!!」 「オレらのために、こんな……っ」 「つかの間の青春を味わえたぜ……!!」 「何で泣いてるんですか?」 「違う!これは汗だ!」 「…………。あ、そうですか」 「明後日の試合、ぜひ観に来てほしい!!レモン付きで!!」と詰め寄ってくる先輩方にドン引きしていると「ごめーん!お疲れ様!!」という声と共に正面扉が開かれた音がした。見ると相田先輩が手を振って駆けてくる。その後ろには井原先輩と田原がついていた。 「お待たせー」 「井原先輩。田原の付き添いというクソつまんない任務、お疲れ様でした」 「よし殺す」 「さっき順ちゃんたちに取り囲まれてたよね?あれ何?」 「さあ。レモンのハチミツ漬けを差し入れしただけなんですけど、二年生は何故か皆テンションがハイになっちゃって」 「あー……」 「なるほどな」 「何がなるほど?」 「ってかレモン!?レモンってまさか」 「あ。あげちゃいました」 「ノ────!!順ちゃーん!オレにもレモンー!!」 「ハッ。もーねーよ」 「ノ────!!」 「ゴメンゴメン、さっ練習始めよっか」 「えぇ!?カントク、休憩あと一分」 「3on3からいくよー」 「…………ハイ」 恐ろしいな。 ← → |