ポリゴン | ナノ



  
身体が資本です



「──あ。起きた?」

綺麗な顔を眺めていると、眉間にシワが寄った。やはり少し辛いのか、んん、と少し唸ってから、両目を開いた黄瀬くんを見下ろしてそう言えば、彼はきょとん顔になりまばたきを数回してから、マヌケな声を上げた。

「…………は?」
「先輩、ダメです。黄瀬くん、日本語が理解出来なくなってます」
「オイオイ。病院行かなきゃヤベーんじゃねーの?」
「りょおー!!死ぬな涼ー!!」
「イヤイヤイヤちょっ分かる、分かるって環っち!井原っち苦しい……つか、え、やっぱちょっと待って!?」
「救急車呼びます?」
「負ぶってった方が早い」
「じぬなー!!」
「待って!待って待って待って!何この状況!?え!?何で環っちの顔がこんな近くに!?」

何でって。
そんなの、コートで田原とワンワンしていた黄瀬くんがいきなりずっこけたあげく地面に頭をぶつけて気絶したからに決まっている。軽い脳震盪だろう、と判断したのは田原で、無理に動かすのは得策ではないととりあえず地面に寝かせたまま、頭を保護するためにクッション代わりになるものを敷いたのだ。

「足しびれた……もう退いてもいい?」
「え!?アレ!?──何この天国!!環っちの膝枕……!オレ、生きてて良かったっス!」
「バカじゃないの」
「アイタッ!あ、頭打った!また打った!もっかい!もっかい膝枕を!」
「先輩。大丈夫みたいですよ」
「りょおー!!!」
「うわっ!い、井原っち痛い痛い痛い」

意識が戻ったのならもう大丈夫だろう、と黄瀬くんを膝から退かし、少し離れて立ち上がった。先輩は心配し過ぎたのか安心からくる涙目で黄瀬くんにしがみついている。わたしに助けを求める黄瀬くんを無視してわたしはコートを出て、近くにある自販機でジュースを買う。戻ってきた時には黄瀬くんは先輩にのしかかられていた。わたしの目の錯覚でなければ、柔道かプロレスの寝技でもかけられているような体勢に見える。まあ田原がカウントをとっているのでプロレスなのだろう。さっきまで昏倒していた人間相手によくやる、と溜め息を吐いた。

「はい」
「……ポカリ?」
「水分とか塩分とかアミノ酸とか諸々。ちゃんと採っときなよ」
「あ、ありがと。ス」
「……まだ脳揺れてるの?」
「や、脳ってか、心臓が……」
「何ぃ!?発作!?発作なのか!?」
「心マしてやれ、心マ」
「へえ。黄瀬くんって持病あったんだ」
「ちょ、井原っち田原っち、ジャマしないでよ!環っちがまた鈍感っぷり発揮しちゃったじゃんスか」
「えー」
「知らねーよ」
「早くポカリ飲みなって」

とにもかくにも。
一応復活したらしい黄瀬くんはポカリを半分ほど喉に流した後、立ち上がって伸びをし「じゃ、続きやろっか」と笑った。わたしは全く笑わず、黄瀬くんの頭をはたいた。

「イタッ」
「黄瀬くんはあっちで休憩」
「えー」
「よっし、じゃゆーちゃん、オレとやろっか」
「いーけど、ちったあ食らいつけよ?」
「おっしゃ!じゃー水無ちゃん、涼よろしくねん」
「あいさ」

不服そうな黄瀬くんの金髪をわしづかみにしてサイドラインにまで避難すると、寝てる間ずっと放置されていたボールを手に、激しく衝突し合う先輩達。

「オレ、まだやれるっスよ」
「そのガッツは部活で見せなよ。今見せる必要ない。明日練習で見せるために、今日はもう帰って寝たらいい」
「──あの、環っち?もしかして、お、怒ってる……?」
「当たり前だよあほう」
「ア、アホ……」

連日練習。休日モデル。空いた時間も自主練やわたし達との遊び。バスケモデルバスケバスケバスケ。5月から予選大会で試合の連続、インハイの出場が決まっても、全国を相手に練習はより苛酷なものになっているに決まっている。というか、出場が決まった今だからこそ、気が緩んだのかもしれない。身体が強制的にこれ以上の運動をシャットダウンしたのだろう。──だからいつも『休め』と言っているのに。

「……あのね。休日っていうのは疲れた身体を休ませるためにあるんだよ。黄瀬くんみたいな働き方してたら、むしろこうなるのが当たり前。今までやってこれた方が奇跡」
「それでもオレは、全部もやりたいんスよ。バスケもモデルも皆と遊ぶのも。楽しーし」
「それは──光栄なことだけど」

黄瀬くんから聞くところによると、さっきずっこけたのは本当に汗で滑っただけらしいけれど。それは良かったけれど、『良かった』だけで済ませてもいいことなのだろうか。普段はこうして並んで話をすることはよくあるけれど、今ほどコート内のプレイそっちのけで向かい合ったことはない。

「環っちって、本当に分かりやすくツンデレで可愛いスよね」
「え、死にたいって?」
「だだだだだってっ、心配してくれてんでしょ?オレのこと!それは素直にうれしーんスよ」
「ふーん。死ね」
「機嫌直してよ〜」
「……もっとワガママ言っていいんじゃない?」

と、これはモデルの方の話ね。
そう繋げてから続ける。

「黄瀬くんがしなくちゃいけないのは明らかにインハイに向けての準備でしょう。それはバスケ始める時からマネージャーさんだって承知してるわけだし。だから夏が終わるまでは仕事減らすとか、そういう主張をするとか。それが無理なら、やっぱりこっちにはあまり来ない方がいい」
「んー……ま、IH期間はどっちにしろ休み貰う予定なんスけどね。確かに今、オレちょっとショックなんスよね。結構充実した生活してたつもりなのに、身体がついてこないってのに」
「どんなに才能があったって、身体は高校生なんだからね。準備期間に資本壊したら意味ないし」
「はーい。わかったっスよ、環先生」
「先生?なにそれ」
「女医さん的な?──だって環っち今、看病してくれてんじゃん」

看病。
膝枕。
付き添い。
水分提供。
診断。
──確かに看病か。
まあ──わたしとの勝負にこだわったり、ストバスの面々の練習に付き合わせたりして日々休む時間を削らせてしまったという負い目も兼ねて。とか何だかんだ。言い訳のようにごまかす。

「……気ィ使わないでね」
「え?」
「言ったでしょ。オレ、仲間ハズレとかヤなんスよ」
「…………」
「環っち達といんの、楽しいんス。だから、その時間取らないで」

「お願い」と言って、笑った。
その笑顔もやはり綺麗で、
その笑顔はやはり眩しくて、
その笑顔が懐かしかった。

憧憬。
羨望。
その感情を思い出す。




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