ポリゴン | ナノ



  
苛まれる



「──たまにはいいよね、一人も」

ポカポカと暖かい日差しでほのかに温いコンクリート。袖をまくった腕と脚をそれにあて、白と青で構成された一つの作品のような空を見つめる。五限目、何だっけ。数学だっけ。国語だっけ。英語だったような気もする。何でもいいか。実テも終わったばかりでついつい気も緩んでしまう。くあ、とあくびをして目をこする。生理的に出た涙で視界が歪み、戻る。どこかの窓が空いているのか、微かに聞こえてくる教師の声。鳥の鳴き声。風の音。ただそれだけが耳に入る。賑やかではなく──静かでもない。心地よい音。まるで音楽のように、すんなりと耳に入り、抜けていくことの気持ちよさ。天候。気温。全てが全て、心地よい。心地よい、と言うよりも解放された気分になると表現した方が正しいだろうか。いや、正す必要さえ感じられない位に、楽な気持ちだった。

「もう6月か──」

早いものだ。
と思うと同時に、時間の流れを感じない程にわたしは高校生活を楽しんでいたのだろうかと疑問が浮かぶ。

楽しいのだろうか、わたしは。
楽しんでいるのだろうか。

確かに友達も出来て先輩にも恵まれ、クラス内でもそれなりに自分の居場所はある。クラスでも部活でも、特にこれといった不満はないし、あるふとした瞬間を『楽しい』と感じることはいくらかある。──たいていはバスケをしている時だけれど。

だとしたらバスケが楽しいのか。
うん、確かに楽しい。
好きだし、上手くなりたいし。
──でも、
──それでも、傍にあの人がいないというのに──わたしは楽しんでいるというのだろうか?
──時間を忘れてしまえる程に?

悲しくて、寂しくて辛かった。
全部自分の問題なのにそう感じるのは狡い。けど淋しかった。少なくとも高校に入るまでは、狂ったようにボールに触れる、あの時はそうだった。高校に入ってから、いや──井原先輩に出会い、バスケにもう一度触れてからは、もう止められなくなっていた。

あの人がいないのに。

井原先輩。
田原。
牧江ちゃん。
黄瀬くん。
あと黒子くんや火神くん達クラスの皆。
それにバスケ部の人達。
今のわたしの周りには、中学じゃ比べようもない位、たくさんの人がいるから──

慣れて、きたのだろうか。

あの人がいない事にも。
短い髪にも。
笑わないことにも。
泣かないことにも。
言葉に混ぜる棘にも。
わたしのバスケにも。
慣れてきたというのか。

だとしたら。
だとしたら、
それはあまりにも──

「──薄情なヤツだなぁ……」

それでもあの時の記憶は変わらずわたしの中で目が眩む程に輝いて、存在している。それは事実だった。

それに──
今だって、変わらず怖い。

あの子のように──
まっすぐには生きられないのだ。
曲がりくねって、
何度も迷って、
止まって、
泣いて、
いつまでも──うろうろと。

どうしてわたしは──
いつまでも。
どこまでも。
何から何まで。
どうしてわたしは、こうなんだろう。
どうすればわたしは──


「パンツ見えんぞ。不良女」

いつの間にか閉じていた双眼をゆっくりと開くと、青空しか映らないはずの視界にはわたしの大嫌いな人間が入り込んでいた。「……金を取りますよ」そう呟くと、膝に何か布のようなものがかかったのか、それまで好き自由風に吹かれていた脚が温かくなる。上体を起こして見遣ると田原の学ランだった。

「…………ども」
「金盗られても困るからな」
「ていうか。いーんですか、せっかく学校来たのに」
「オリャいーんだよ。今月のノルマはもー達成したからな」
「ノルマて」

正しくは出席日数。
……何て言い草だ。

再び畳んだタオルの上に頭を置くと、田原も少し距離を空けて──けれど『隣』と言って差し支えないだろう程度の横に、自分の腕を枕にして寝転んだ。どうでもいいけれど、近くにはカバンが放られている。教室に寄らずに来たのだろうか。今日は活動には出てくるのだろうか。学ランを脱ぐともうタンクトップしか着ていないのに寒くないのだろうか。そんなことが次々と浮かんでくるのは──多分、さっきまで一人でいたからだ。

「ホラよ」
「ん?……ゴクリ。だ」
「寝たあとって喉渇くだろ」
「って言っといてなんでアンタはおしるこなんですか」
「は?汁粉ナメんなよ。飲めるし腹満たせるし一石二鳥だろーが」
「いやいやいや」
「元はといや、テメーが買って来たんだろが。責任を取れ責任を」

こんな奴でも、
今は側にいて欲しいなんて。
自分から一人になった癖に。

「…………」
「奢って貰って礼の一つも言えねーのかテメーは」
「あざます。わざわざ一旦自販機のとこまで引き返してくれたみたいで」
「は?勘違いすんな。ココ来てテメーが爆睡してんの見て蹴り起こそうとした時たまたま喉が渇いただけだっつうの」
「『勘違いすんな』っての、今流行りのツンデレって奴の常套口らしいですよ」
「は?誰だそれ」
「…………」
「ウソに決まってんだろが」

なんて──弱い。




「#年下攻め」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -