ポリゴン | ナノ



  
他己紹介では礼儀よく



「おーい、涼ー」
「あ、環っち!井原っちも!」
「あれ?今声かけたのオレだよね?なんで水無ちゃんが先?あれ?あれれれ?これは?これはまさか?もしかして?」
「さようなら」
「あれ!?環っち帰るの!?なんで!?」
「何か今無性に帰りたくなったから」
「気のせい!気のせいっスよ!」
「…………」

場所は海常高校。時間は夜7時。ちょうどバスケ部の練習が終わりミーティングをして解散した頃合いを見計らい、わたしと先輩は開けっ放しだった体育館の扉から顔を覗かせた。練習の後なのにすぐさま走ってくるあたり、黄瀬くんのポテンシャルは侮れない。けれど感心したところで「環っちの私服かわいー!」と汗をかいたままの身体でこちらに寄ってくることを許容するつもりはない。持ってきた制汗スプレー(グレープフルーツの匂い)を黄瀬くん目掛けて吹き付けると、黄瀬くんは変な悲鳴を上げてしゃがみ込む。

「ちょ!なんスかコレ!」
「汗くさいから」
「……傷付くっスよぅ……」
「……何してんだ、オマエら」
「あ。センパイ」
「ユキちゃ〜ん」
「その女みたいな呼び方ヤメロっつってんだろが」
「うちの先輩が、すみませんね」
「おお。ウチの後輩も、ワリーな」
「うう……環っちとセンパイのバカー!」
「誰が」
「バカだ」
「いて!!!」

ワイワイ騒いでいるわたし達に気付いたのか、帰る人もいれば「何してんだ?」と集まってくる人もいる。その人達を見て黄瀬くんが「センパイ達」と言ったので、全員上級生なのだろう。わたしと先輩の肩を片手ずつで掴んで、自分の前に持ってきた黄瀬くんは「紹介するっスね」と笑った。

「こっちは井原っち。オレのたーいせつな友達っスよ!」
「涼……!オレうれじい……!」
「こっちは環っち。オレのだーいすきな女の子っスよ!」
「死んで?」
「二人とも誠凛との練習試合ん時いたから見たことあると思うスけど、二人は誠凛のストバス同好会で活動中っス!」
「おいおいおい黄瀬ちょっと待て。今その子、『死んで?』って」
「ああ。気にしなくていいス。これは環っちの特技、ツンデレっスよ!」
「殺す」
「えぇ!?ほ、褒めたのにっ!」
「今のはツンデレじゃないのか?」
「こ、これは本気で言っ……ギャー!ゴメン!ゴメンってば!」
「逃げるな!」
「──と追いかけっこを始めた二人は置いといて♪涼のダチの井原広輔!よろしく!」

3分後。わたし達がオニゴをして戻ってきた頃には井原先輩は海常の人達と和気あいあい、話に花を咲かせていた。相変わらず、誰とでも仲良くなれる人だな。「疲れたっス……」と、カバンにしまっていた水をガブ飲みする黄瀬くんの隣でそんなことを思っていると、人の輪の中から一人、海常の人が抜け出してきた。

「黄瀬!大丈夫か?」
「あ、森山センパイ」
「初めまして環ちゃん。オレは森山由孝、ポジションはシューティングガード。いやぁ黄瀬にこんな可愛い友達がいるなんて知らなかったな」
「……は?」
「ちょ、オレの心配は……?」
「オレはサルエルパンツをこんなに可愛く着こなす女の子に初めて出会ったよ。その髪型も可愛いね」
「…………」
「……環っち……言いたいことは分かるんスけどあの……オレを睨まないで」
「オレ、見ての通りバスケしかしてこなかった人間だからさ、お洒落とかよくわからないんだ。良かったら色々と教えてくれる?手取り足取り」
「黄瀬くん。あっちで1on1やろっか」
「あ、ハイっス」

初対面の年上の人が相手ということで少しの間迷ったけれど、目の前で饒舌に何か理解不能な言葉を羅列し続ける人を無視してパンプスを脱いだ。そして持ってきたスポーツバッグから体育館シューズを出し、それに履き換える。そもそも、今日はそのために来たんだし。井原先輩が既に説明したとは思うけれど、今日は第25回・黄瀬くんとのワンワン戦であり、前の回に負けた方のフィールドで勝負するというルールに基づき、黄瀬くんの要望と重なって今回は海常の体育館で行われることとなったわけである。でなければパンプスなど履いて来ない。シューズの紐を結び、待っていてくれた黄瀬くんに続いてコートに入る。「じゃ、オレら遊んでるんで。カギはちゃんと閉めますからー!」そう言って手をブンブンと、海常の人達に向けて振る黄瀬くん。次には片手で弄っていたボールを投げてきたのでキャッチし、わたしはその場から軽くシュートを打つ。危なげなく入ったそれを見て、まずまずだと一人で頷いた。

「今回は黄瀬くんボールだね」
「珍しいことにね」
「ぶつよ」
「えー……。──つか、悔しかったら連続で勝ってみろ、ってヤツっスよ」
「…………」
「いくっス──よ!」

クロスオーバーからレッグスルー。に、ついて行き、ボールを奪おうと手を出す──と、スピンムーブでかわされる。そのまま逆サイドから抜けドリブルでゴール近くまで走る黄瀬くん──に追い付き、横からボールを打ち、奪う。

「むぅ――」
「遅いよ」
「……ハハッ!相変わらず環っちは速いスねぇ」

「ど」ボールをつく。
ボー「う」ルをついた。
ぼーる、「だ」つい、て、
ボールをつく。
つ「か」いた、
ついて、
「────」つくと、
つく、
つ、「ね」

「う──お!?」

駆け出す。と、黄瀬くんは一瞬その場で膠着し、「またっスか!」それからターンで抜こうとしたわたしに手を出す──と、ボールを一旦背後にやりクロスオーバー、視界から一瞬ボールが消えたところで面食らった黄瀬くんを抜く。──が、先程のわたしと同じように追いかけてくる。ゴール下のパワー勝負じゃ勝てない。──ので、後ろとの距離が縮まる前に、シュートを打った。もちろん、入る。

「黄瀬!ッバーン!!」

コートの外から声がした。バーン?と一瞬首を傾げたけれど──シュートを決められても変わらず走ったままの黄瀬くんにハッとし、わたしも着地してリング下に走る。スリーだったから、取りに行くのとジャンプしていたのとでタイムラグがあり、ボールに辿り着いたのは黄瀬くんの方が先だった。バックボード裏からシュートは難しいのか、黄瀬くんはわたしのガードの隙間から一旦ボールを放り、反転しながらわたしを摺り抜け走り出す。一瞬集中が切れたわたしもすぐに追いかけ、ボールを手にした黄瀬くんからボールを奪おうとする。──が、黄瀬くんはそのままシュート体勢に入ろうとする。……っんにゃろう。このままシュートを打ったところで、たとえわたしがブロックに跳んで手を伸ばしたところで、届かないのだ。ダンクだったならばボールを掴んだ手はリングという高さまでと決まっているためにブロックしやすいのだけれど──それにしたって力で競り負ける──ただのジャンプシュート、それも距離のある外からのそれならばいっそう困難になってしまう。跳んだ黄瀬くんに舌打ちをし、リング下へ向かう。もちろん、リバウンドに。その間もあわよくば落ちろと念じるけれど、黄瀬くんはたいてい外さない。──ネットをくぐり落ちて来たボールを手に、距離を詰めて構えてきた黄瀬くんに、手が滑ったと見せかけてボールを転がす。反応した黄瀬くんに対し、逆の手でチェンジ・オブ・ディレクション。そのままドリブルしてちょうどいい位置へ動こうとする。

「──させねっスよっ」

まだ──ついて来る。
反射的に、大きく踏み込み『ついて行く』体勢になった黄瀬くんの股の間にボールを通す。直前に、クロスオーバーでフェイクを入れておいたので反応出来なかったらしい──スタートの出遅れた黄瀬くんに構わず、跳ぶ。黄瀬くんはリングとの間に入り防ごうとするも、──入れない。右サイドから直接叩き込むダンクで、これで5点目。──と、3プレイ終了か。

「環っちっ……フツーっ、横から両手っ、で、するっ!?」
「入る隙間、ない、ように、て」
「コワすぎ……っ」

「心臓バクバクっスよ」と胸を抑えて深呼吸をする黄瀬くん。わたしも息を調えて、てんてんと転がり出したボールを拾う。──黄瀬くんは強い。強いから、精神を削る。だから疲れる。1プレイに結構な気力を削ぐことに気が付いたわたし達は、よくこうして休憩を挟む。持ってきたバッグからスポドリを出そうとコート外へ身体を向けたわたしに、タイミングを計ったように何かが放られた。反射的に受け取ってしまう。あ。これ、ゴクリ。だ。

「…………?」
「水無ちゃーん。おつかりー」
「せんぱい」
「ココそれ売ってんだってよ」
「あ、ありがとうございます……」
「つーか黄瀬!!テメー、ウチのエースが負けてんじゃねえぞ!!」
「センパッ……まだいたんスか!?」
「黄瀬ー!負けたっ帰っパシっだかっなー!」
「何言ってるか不明っス!」
「成る程……可愛い上に強いのか。よし笠松、彼女をウチのマネージャーにしよう!」
「森山センパイは黙って下さいっ!!」
「森山……お前、部のこと、そんなに考えて──」
「小堀センパイどんだけ!?」

観ていたらしい。ありがたくゴクリ。のフタを開けて喉を潤していると、それまで騒いでいた海常の人達は「うし、やるか」と顔を見合わせ、直してあったボールを出して、各々リングに向かってシュートを打ち出す。井原先輩はニンマリ笑顔で『ユキちゃん』こと笠松さんに絡み(相手をし)に行ってしまった。残されたわたし達は喉を潤し空気を取り入れ、一息つくと立ち上がる。今日は勝てるだろうか。いや、勝とう。ボールを渡し、相手と向き合った。




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