ポリゴン | ナノ



  
エサになるのかわからない



「みーずなーしちゃんっ♪」

この人の良くも悪い所は、
諦めの悪いところである。

「あーそびーましょお?」悪魔のよう(に見えるのは多分わたしだけだ)な笑みをモニター越しに見たわたしは受話器を戻して玄関へ行き鍵を開きドアを開いて外にいる人物を笑顔で出迎えてみせる、なんてことは全然なくわたしは自分の部屋へ行きベッドに乗り頭から布団を被り息を潜めた。その間も鳴り止まないピンポンの嵐は「はいはーい」と娘の心情を全く異に介さないお母さんが止ませたらしい。そして互いに挨拶し合っている声がドアと布団を隔てて聞こえてきて、少しすると足音に変わる。鍵など最初からついていないドアは呆気なく開かれ、丸まった布団は難無く先輩の両腕に捲られてしまうのである。

「つーかまーえたっ♪」
「何です何なんです放して下さいオンプつけて喋んないで下さい腰を触るな!」
「水無ちゃんちっこいよねー。ちゃんと食べてる?あ、チュッパいる?今オレの食べかけしかないけど!あは!」
「井原くん。お茶煎れたんだけど」
「あ、はーい。あざっす」
「お母さん!目の前で娘が今セクハラに遭ってるんだけど!」
「そんなことより環、帰りに牛乳買って来て。明日の分ないから」
「そんなことより!?」
「あ、お母さんオレ達今日プールでイチャイチャなんですよ。イチャイチャパラダイスなんですよ。イチャイチャイチャつく予定なんでビキニを出して下さい」
「プール?え、何です」
「そこの引き出しの一番下の右隅ね」
「勝手に場所を言うな!」
「あざーす」
「軽い!内容に対してお礼が軽い!」

もうやだ……。
何これ疲れる……。

げっそりと、促されるまま身体を起こして時計を見ると午前7時。せっかくの土曜日だというのに「スコーン、焼きすぎちゃったから」とお母さんに叩き起こされ、先輩により家から連れ出されようとしている理不尽。放っておくと勝手に引き出しを開けようとする先輩の取っ手にかけた手を思いっきり叩き、自分で水着とスポーツタオル数枚を取り出す。引き出しの中を覗こうと身を乗り出す先輩に睨みをきかせながら「プール練ですか」と尋ねた。

「ジムが休館日だからねー。午前いっぱい使うみたいよ」
「先輩も行くんですか?いつもは絶対来ないくせに」
「キッツいからね〜」
「じゃあ何で今日」
「エサに釣られた」
「エサ?」
「水無ちゃんの水着姿っ」
「…………」
「白い目で見ないでー!」

溜め息を吐く。
吐かずにやってられるだろうか。

「いってきまーす!」
「……いってきます」
「牛乳、忘れずにね」

…………。
………………。


「ストレッチはいつも以上に入念にねー。はい足から浸かって整列!」

はーい!と元気よく返事をした井原先輩に「ニヤけんなダアホ」と頭を叩く日向先輩。おお、さすがキャプテン。他クラブですが。わたしは飛び込み台のところに座り、頭を抑えながらもとても嬉しそうな笑顔でこちらに手を振ってくる井原先輩に小さく振り返し、次々に水に浸かって適度に距離を空け列ぶ様子を観察している。「まずはスクワットからね!50回!」と笛が鳴れば、日向先輩の掛け声で揃ってみんなスクワットを始める。田原はしょっちゅうのことながら筋トレ系に苦手意識を持つ井原先輩が珍しくもプール練に混ざったため、何だか男バスとストバスの合同練習みたくなっている。──お互い、一人ずつ不参加だけれど。火神くんはこないだの試合で痛めた足の怪我のために安静をとって、わたしは参加したくないためである。自分用のメニューぐらい自分で考えるし──したい時にする。

「黒子寝んなぁ!!つか浮くな!!」
「キ……キツイ!やっぱコレめちゃくちゃキッツイ……!も、もーダメ……!!何でこんなの毎週できんの……!?」
「おいポチ。何か言ってやれ」
「……きゃー、いはらせんぱーい。がんばってくださーい」
「っしゃぁあラブチャンス来たあぁ!!」
「…………」

まあ、とにもかくにも。そうやってストレッチの様子を眺めているうちに、ふとポケットに入れていた携帯が振動していることに気付いた。泳ぎもしないのに水着だけでは肌寒いためパーカーを着ているのだけれど、井原先輩はどうしてこの格好であそこまでご機嫌になれるのだろうかと不思議に思う。──と、携帯を出すと液晶に映し出されたのは『火神大我』であった。…………何か嫌な予感がする。

『…………』
『水無か?今から』
『戦わないよ』
『まだ言ってねーよ!』
『言わなくてもわかる。キミがわたしに用件って、今までそれしかないし』

というか、あれだけ毎日申し込まれ続けているのに何気に一度もバスケ、したことがない。突っぱねることに特に理由はないのだけれど、何となく、戦いたくない。それを理由に、わたしは火神くんと一度もバスケをしていない。

『それにわたし、今先輩達とジムにいるんだよね。練習混ざってんの』
『ハッ。つってもオマエはやんねーんじゃん』
『水着を着てそこに居ることに意味があるんだってさ』
『ハア?』
『井原先輩が。今、倒立腕立てで死んでるけど。あ。せんぱーい。がんばってー。……まあこんな感じで』
『はー……。何でもいーけどよ、約束はちゃんとしろよ。賭けなんだかんな』
『…………』
『つーかオマエ、オレや黒子とはやろーとしねーよな。何で?』
『何か嫌な予感しかしないから』
『は?嫌なって、負けるとかか?』
『や、まあ……うーん。それでいーよ』
『んだよそのハッキリしねー返事は』

というか、電話の向こうでずっとバウンズ音が聞こえてくることが問題だと思うんだけど……。相田先輩にバレたらまた海老反り食らうんじゃないだろうか。チラ、と練習の方に意識を戻すと……あれ?休憩中?というか、中心に見知らぬ女の子がいる。マネージャー候補の子か誰かだろうか。

『──で。足はどうなの?今から、とか言う位だから痛みはない感じ?』
『おー。もー治ってんじゃねー?ほら、シュートしても全然……ってぇー!!?』
『おばか』
『うるっせっ』
『ていうか、外にいるの?先輩の言うこと聞かなかったの?反抗なの?バカなの?死ぬの?』
『え?あ?う?ええ?』
『相田先輩に言い付けるよ』
『うわっ!それだけはマジ勘弁──』
『…………火神くん?』

…………?
声が途切れた。
通話が切れたわけではないのを、ディスプレイを見て確認する。もしもし?と再び携帯を耳に当て、微かに聞こえてきた声を探ろうとする。誰だテメー、とか、名乗りもしねーで、とか気にいらねーな、とか言う火神くんの声が聞こえる。わたしに向けて喋っていないことは明らかで、どうやら誰かが火神くんと対峙しているらしい。

『名前は聞いて──……けどそんな上から……素直に──なんて……』
『……フー。黄瀬と─緑間といい、キセキ……カンにさわる──けど、テメーは……でも格別だな』
『ブッ倒してやるよ』

しかもどうやらモメている。毎回毎回、対戦校の人とモメるのは彼の趣味なのだろうか。まあ今回は現在進行形で絡まれているのだろうけれど(奇しくもわたしが証人だ)。──それにしても出て来たワードから推測するに、またもや『キセキ』の一人。

『……水無』
『お。もしもし?』
『ワリーけど、オマエとは今度な』
『有り難いけど──バスケするの?』
『…………じゃ』
『足!』
『あ?』
『気をつけなよー』
『──ああ』
『じゃーね』

ピ、と通話を切る。正直火神くんの方から切ろうとしてくれたことに感謝している。『キセキ』とはなるべく関わり合いにはなりたくないのだ、わたしは。閉じた携帯をポケットに戻し、その場で膝を抱えた。プールの方に意識を戻すと、ストレッチを終えたらしく一旦プールサイドに上がっている。ぞろぞろとこっちに来るので、コースを使用したメニューに移るのだろう。体育座りを解いて、プールサイド側へ移動した。「あ!水無ちゃん見ててね!オレの勇姿に一目惚れしてちょーだい!」すれ違う際そんな風におちゃらける先輩は、何というかもう、放置した。

「相田先輩。次のに使うビート板、出しときますね」
「あっ!ありがとー」
「……あの、あそこで見てる人、マネージャー希望の人ですか?」
「え?あ、違う違う!彼女、次の決勝リーグで当たるガッコのマネージャー」
「ふぅん。そですか」
「で、黒子くんを好きな子」
「へ?」
「ていうか、話聞いてなかったの?」
「電話をしていまして」
「コラ」
「相手、火神くんでしたよ」
「え。何て?」
「あー……」

何て言おう。まさか現在進行形で『キセキ』とやり合っていますとは言えない。「早くバスケしたいー!って」そう何とか返すと「あのバカ」相田先輩は溜め息を吐いた。話はそこまでで終わり、笛をくわえ5コースに並んだ男子に向かう相田先輩。ベンチに座って見よう、とそちらを見遣ると、座っている女の子とバッチリ目が合ってしまった。逸らす意味もないので、軽く会釈をしてみた。手招きをされた。

「こんにちはー」
「……こんにちは」
「私、桃井さつきって言います。中学でテツ君……黒子テツヤ君のマネージャーしてました」
「中学で?──じゃ、帝光の」
「ハイ。あなたは水無さん、だよね?さっき、あの……井原サンから聞きました。ストバスやってるって」
「ああ、はい」
「それでテツ君の隣の席で、誠凛では一番仲のいい女の子だって」
「…………」
「…………」
「別に仲良くないですけど」
「えっ!?そーなの!?」
「…………」




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